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26-80 トオル
「昔は、こいつらを食う妖怪 も、街に普通 におったんや。でももう、そういうのが減 ってきてもうたから、増 えるばっかりでなあ。都会の夜には、闇 がないやろ。妖怪 どもも、暮 らしにくい世の中なんや」
しみじみと話し、酒を飲んでる大崎 茂 は、いかにも鬼道 の世界の人間やったけど、藤堂 さんはポカーンやったやろうな。
こんな席での話でなければ、大崎 茂 は頭がおかしい客やと、藤堂 さんは結論 づけたやろう。
実際 に、妖怪 変化 や神やら鬼 が、自分とこのホテルで立食 パーティーしてる、今みたいなシチュエーションでなければな。
「お前がさ、チビの頃 に、天使 が見えると言うていたやろ」
急に思い出したみたいに、藤堂 さんは遥 ちゃんに訊 いた。
鬼嫁 はそれに、むすっとしていた。
「言ってましたよ」
「あれ、まさか、ほんまやったんか?」
遥 ちゃんは、パパの友達 の藤堂 さんにも、そんな話をしてたんか。
藤堂 さんはそんな遥 ちゃんを、さぞかし、変な子やと思ってたんやろなあ。
「まさか、って……信じてへんかったんですか? 信じる言うてたやないですか。卓 さん、僕 、天使 が見えるねんて話したら、それはすごいなあって、褒 めてくれてたやないですか!」
遥 ちゃん、さらに不機嫌度 アップしたらしい。眉間 に皺 がくっきりはっきり出ていた。
そんなことあったんや。
昔、神楽 遥 と藤堂 卓 は、日曜日の教会でのミサの時、隣 り合わせる家族のメンバーやった。
ただし遥 ちゃんは、半ズボンはいてる小学校低学年で、オッサンはすでにアラフォーや。どうせ真面目 には話聞いてへんかってんて。
「そんなこと言うたかなあ……」
気まずそうに目を逸 らしつつ、藤堂 さんは大崎 先生に注 いでもらった酒を、ぐびぐびいってた。
俺と東山 におった時には、この人あんまり酒は飲まんかったけど、それは病気やったからなんやろな。
ザクザク、菓子 でも食うてるみたいに、いっぱい薬飲まなあかんかったし、酒飲む余裕 なんかなかったよな。
それが今では、けっこう、いける口みたいやった。
日本酒なんか水やみたいな、ええ飲みっぷり。
俺も藤堂 さんといっぺんくらい、飲みに行きたかったな……。
って、おっと、その件 については、アキちゃんには内緒 やで。焼 き餅焼 きやねんから、俺のツレ。
「嘘 やったんや。信じてへんかったんや。僕 、卓 さんは信じてくれたと思って、喜んでたのに。嘘 やったんや!」
遥 ちゃん、がっつりと、狐 が差し出してきたぐい飲みを、キャッチしていた。飲む気まんまんみたいやった。飲まなやってられへんみたいやった。
神父 って、酒飲んでええんやっけ? かまへんのやで。別に。
日本の坊主 は、一応 酒は控 えろみたいな話になっとるけども、キリスト教の神父 は、別にあかん訳 やない。
ワインはキリストの血やし、修道院 でウィスキーやビール作ってるとこもある。生臭 い部類 では、飲んだくれてアル中みたいな神父 もおるんや。そのへんユルい。
そして遥 ちゃんも、いける口やった。日本酒一気飲 みやった。
白い喉 を反 らせ、ごくごくごくーって、あっと言う間に飲 み干 して、もう一杯 注 げって、狐 に強請 っていた。
「美味 しいですね、伏見 の酒って」
ぷはあみたいに息ついて、遥 ちゃん、青い目が据 わっていた。
それを藤堂 さんは勿論 のこと、なんでか、うちのツレまで、あんぐり危 なっかしそうに、うっすら慌 てて見ていたわ。
「大丈夫 かお前、そんな飲み方して。今、曲 がりなりにも仕事中なんやろ?」
やめとけって、やんわり諭 す声で、藤堂 さんは遥 ちゃんを止めた。
「平気 です。素面 ではやってられません。悪魔 のツレが神父 の服着て、神道 の儀式 に参加しとうのですよ。まともな神経 やったら死んでます」
死んでます宣言 で、神楽 遥 は狐 が注 いでやった伏見 の『神聖 』二杯 目も、ぐびぐび飲んでた。
遥 ちゃん、すごいなあ。酒強いんや。
「ええ飲みっぷりやなあ、神父さん(ファーザー)」
気に入ったみたいに、大崎 茂 はにこにこしていた。
たぶん、神楽 が美形 やからやろ。美形 好きやねん、この爺 さんも。
そのへん、さすがは面食 いの秋津 家で育っただけのことはある。
「お堅 い人やと思うてたけど、そうでもないなぁ、あんた」
「お堅 くなんかないですよ。お堅 くしてへんかったら、生きてられへんかっただけです。厳 しいんですから、ヴァチカンは。僕 も僕 なりに、必死で頑張 ってたんです」
なんか、アフターファイブの居酒屋 みたいになってきてる。
遥 ちゃん、ものすご愚痴 モード入ってる。
「あのね、大崎 先生。僕 、子供 のころから、悪魔 や天使 が見えるんです。なんや得体 の知れん妖怪 みたいなのも見えます。そいつらが話しかけてくるんです。お前の血は美味 そうやなあとか、そういう話です」
「ほうほう……」
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