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三都幻妖夜話(3)神戸編 26-85 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
26-85 トオル
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
659 / 928
26-85 トオル
驚
(
おどろ
)
くようなことばっかりやな、
藤堂
(
とうどう
)
さん。 はよ
慣
(
な
)
れなあかん。今後も
嫁
(
よめ
)
の
遥
(
よう
)
ちゃんと、仲良うやっていくつもりなんやったら。 こいつも
異界
(
いかい
)
に
片足
(
かたあし
)
を
突
(
つ
)
っ
込
(
こ
)
んでいる、
非
(
ひ
)
・
一般的
(
いっぱんてき
)
な
奴
(
やつ
)
なんやしな。 「
祇園
(
ぎおん
)
小唄
(
こうた
)
、
舞
(
ま
)
わしてもらいます。
朧
(
おぼろ
)
ちゃん、お
囃子
(
はやし
)
(はやし)、よろしゅうお
頼
(
たの
)
み
申
(
もう
)
します」 ほんまもんの女としか思えへんような、
可愛
(
かわい
)
らしい
鈴
(
すず
)
振
(
ふ
)
る声で、
秋尾
(
あきお
)
はそう言い、ご主人様の
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
に、一番よう見えるような立ち位置で、長い長い
振
(
ふ
)
り
袖
(
そで
)
を
胸元
(
むなもと
)
にかき合わせ、
甘
(
あま
)
いシナを作って
座
(
すわ
)
る、
舞
(
ま
)
い
始
(
はじ
)
めのポーズで音楽を
舞
(
ま
)
っていた。 そりゃあもう、
完璧
(
かんぺき
)
なまでに、ほんまもんの
舞妓
(
まいこ
)
さんやった。 今、目の前で
秋尾
(
あきお
)
が化けたのを見ていても、これが本物やのうて
狐
(
きつね
)
が化けてる
奴
(
やつ
)
やなんて、
飲
(
の
)
み
込
(
こ
)
みにくい。
秋尾
(
あきお
)
の変化(へんげ)は大したもんや。
和
(
あ
)
えかなお
香
(
こう
)
がほのかに
香
(
かお
)
る、
綺麗
(
きれい
)
な
袖
(
そで
)
の
陰
(
かげ
)
で、うっとり目をとろめかす、その
仕草
(
しぐさ
)
も
可愛
(
かわい
)
いけりゃ、小さく
紅
(
べに
)
をさしている、
白塗
(
しろぬ
)
りの顔も
可愛
(
かわい
)
い。 それがちょっと、アキちゃんのおかんの
登与
(
とよ
)
姫
(
ひめ
)
に、よう
似
(
に
)
ているような気がしてな、俺は
複雑
(
ふくざつ
)
やった。
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
は
子供
(
こども
)
みたいに、大好きな
登与
(
とよ
)
ちゃんそっくりな
狐
(
きつね
)
の
舞妓
(
まいこ
)
が、
踊
(
おど
)
りを
踊
(
おど
)
ってくれているので、満足しているようやけども、
秋尾
(
あきお
)
はどうやろ。
嫌
(
いや
)
なんちゃうか。
我慢
(
がまん
)
している。
諦
(
あきら
)
めている。そういう
心境
(
しんきょう
)
なんやないかと、俺は
空想
(
くうそう
)
した。 お前が好きやて、
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
はこの
狐
(
きつね
)
に、ちゃんと言うてやってんのやろか。 それとも、そんなことは関係なくて、ただ
単
(
たん
)
にご主人様と、その式(しき)で、お前は俺に
仕
(
つか
)
えてナンボやろって、そんな
横柄
(
おうへい
)
さで
押
(
お
)
し
切
(
き
)
られてんのかな。 もしもそうでも、
秋尾
(
あきお
)
は平気なんやろか。 平気でにこにこ、
踊
(
おど
)
ってやるし、
伏見
(
ふしみ
)
の酒の
酌
(
しゃく
)
かて、とってやる。 それで満足、先生死ぬなら、てめえも
殉死
(
じゅんし
)
という
覚悟
(
かくご
)
でやな、必死のご
奉公
(
ほうこう
)
。 そんなん、
不公平
(
ふこうへい
)
やないか。 俺には
到底
(
とうてい
)
、そんなことはできへん。 それをやれと、アキちゃんに
望
(
のぞ
)
まれても無理や。 俺も
嫌
(
いや
)
やねん。
我
(
わ
)
が
儘
(
まま
)
言いたい。
遥
(
よう
)
ちゃんみたいに。それが俺の当然の
権利
(
けんり
)
として。 俺のもんやでアキちゃんは。
誰
(
だれ
)
にもやらへんて、
駄々
(
だだ
)
こねたい。 だってそれが、当然やんか。アキちゃんは俺のツレなんやから。 それがあかんて言うんやろうか。
秋津
(
あきつ
)
のやつらは。
水煙
(
すいえん
)
や、
秋尾
(
あきお
)
みたいなのが、ええ
式神
(
しきがみ
)
で、そうでない相手は、ご
当主
(
とうしゅ
)
様にはふさわしくないんか。 俺や、
怜司
(
れいじ
)
兄さんみたいなのは、あかんてことか。 俺を愛して。
神事
(
しんじ
)
なんて。お
家
(
いえ
)
の
務
(
つと
)
めなんて。そんなもん
捨
(
す
)
てて、俺と
逃
(
に
)
げてくれって、そういう
邪
(
よこしま
)
な
奴
(
やつ
)
では、あかんのか。
上機嫌
(
じょうきげん
)
なふうに、
綺麗
(
きれい
)
な声で歌うとうてる
怜司
(
れいじ
)
兄さんを、俺は見るともなく、じっと見つめた。 おとんはこの人を、なんで
捨
(
す
)
てたんやろう。 アキちゃんも俺を、
捨
(
す
)
てたやろうか。
神事
(
しんじ
)
なんかやめて、俺と
逃
(
に
)
げようって、必死で
誘
(
さそ
)
ったら、俺より
血筋
(
ちすじ
)
の
務
(
つと
)
めとやらを、選んだんやろうか。アキちゃんは。 おとんがそうやったように、俺を
捨
(
す
)
てて、
水煙
(
すいえん
)
を選んだか。 それともアキちゃん、
逃
(
に
)
げてくれたかな。 俺と
一緒
(
いっしょ
)
に。どこか遠い、地の
果
(
は
)
てまで。 それを
想像
(
そうぞう
)
すると、俺は
切
(
せつ
)
ない。 その気持ちが分かるのか、俺がぎゅうぎゅう
抱
(
いだ
)
いていた黒ダスキンのポチも、悲しそうに、低くキュウキュウ
鳴
(
な
)
いていた。
寂
(
さび
)
しいよう、アキちゃんて、こっそり手を
握
(
にぎ
)
りにいくと、アキちゃんはふと俺を見たけど、うっすらとにっこりしただけで、そのまま俺の手を
包
(
つつ
)
むように、
握
(
にぎ
)
り返してくれた。 冷たい手やなあ
亨
(
とおる
)
って、
暖
(
あたた
)
めてくれてるような指やった。 なんか変やけど、それだけのことで、俺は満たされた。
寂
(
さび
)
しいのんが、ちょっとずつ
癒
(
い
)
えて、アキちゃん好きやで、
胸
(
むね
)
があったかくなってくる。 これがないと、俺はもう、生きていかれへんやろう。
寂
(
さび
)
しいて
堪
(
たま
)
らんで、
凍
(
こご
)
えて死んでしまうやろう。 俺にはアキちゃんがいて、よかったな。 そう思いつつ、俺は少々気まずく、そして
気恥
(
きは
)
ずかしく、
優雅
(
ゆうが
)
に
舞
(
ま
)
っている
秋尾
(
あきお
)
を
眺
(
なが
)
め、
美声
(
びせい
)
で歌う
怜司
(
れいじ
)
兄さんの声を
聴
(
き
)
いていた。 それはこんな歌やった。 昔、昭和の初めの
頃
(
ころ
)
に、白黒
映画
(
えいが
)
の
主題歌
(
しゅだいか
)
やったとかで、えらい
流行
(
はや
)
って、
祇園
(
ぎおん
)
のお
座敷
(
ざしき
)
でも
繰
(
く
)
り
返
(
かえ
)
し歌われ、
舞
(
ま
)
われてきた、お
座敷
(
ざしき
)
遊びの定番曲やで。
聴
(
き
)
いたら
皆
(
みな
)
も知ってるかもしれへん。 知らんでも、
聴
(
き
)
けば、これこそまさに
祇園
(
ぎおん
)
の
風情
(
ふぜい
)
やなあって、思えるような曲や。 月はおぼろに
東山
(
ひがしやま
)
霞
(
かす
)
む
夜毎
(
よごと
)
のかがり火に
夢
(
ゆめ
)
もいざよう
紅
(
べに
)
桜
(
さくら
)
しのぶ思いを
振袖
(
ふりそで
)
に
祇園
(
ぎおん
)
恋
(
こい
)
しや だらりの
帯
(
おび
)
よ
作詞
(
さくし
)
:
長田幹彦
(
ながたみきひこ
)
、作曲:
佐々紅華
(
さっさこうか
)
、昭和5年 それは
祇園
(
ぎおん
)
の
四季
(
しき
)
を
詠
(
うた
)
った歌で、せやし四番まである。 春から始まって、夏、秋、冬と続く。
祇園
(
ぎおん
)
に時たま遊びに来る男を待っている
恋
(
こい
)
のことを、
詠
(
うた
)
った歌やで。 あるいはそうして自分を待ってる
誰
(
だれ
)
かのことを、
想
(
おも
)
って
詠
(
うた
)
う歌かもしれへん。
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椎堂かおる
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