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26-85 トオル

 (おどろ)くようなことばっかりやな、藤堂(とうどう)さん。  はよ()れなあかん。今後も(よめ)(よう)ちゃんと、仲良うやっていくつもりなんやったら。  こいつも異界(いかい)片足(かたあし)()()んでいる、()一般的(いっぱんてき)(やつ)なんやしな。 「祇園(ぎおん)小唄(こうた)()わしてもらいます。(おぼろ)ちゃん、お囃子(はやし)(はやし)、よろしゅうお(たの)(もう)します」  ほんまもんの女としか思えへんような、可愛(かわい)らしい(すず)()る声で、秋尾(あきお)はそう言い、ご主人様の大崎(おおさき)(しげる)に、一番よう見えるような立ち位置で、長い長い()(そで)胸元(むなもと)にかき合わせ、(あま)いシナを作って(すわ)る、()(はじ)めのポーズで音楽を()っていた。  そりゃあもう、完璧(かんぺき)なまでに、ほんまもんの舞妓(まいこ)さんやった。  今、目の前で秋尾(あきお)が化けたのを見ていても、これが本物やのうて(きつね)が化けてる(やつ)やなんて、()()みにくい。  秋尾(あきお)の変化(へんげ)は大したもんや。  ()えかなお(こう)がほのかに(かお)る、綺麗(きれい)(そで)(かげ)で、うっとり目をとろめかす、その仕草(しぐさ)可愛(かわい)いけりゃ、小さく(べに)をさしている、白塗(しろぬ)りの顔も可愛(かわい)い。  それがちょっと、アキちゃんのおかんの登与(とよ)(ひめ)に、よう()ているような気がしてな、俺は複雑(ふくざつ)やった。  大崎(おおさき)(しげる)子供(こども)みたいに、大好きな登与(とよ)ちゃんそっくりな(きつね)舞妓(まいこ)が、(おど)りを(おど)ってくれているので、満足しているようやけども、秋尾(あきお)はどうやろ。(いや)なんちゃうか。  我慢(がまん)している。(あきら)めている。そういう心境(しんきょう)なんやないかと、俺は空想(くうそう)した。  お前が好きやて、大崎(おおさき)(しげる)はこの(きつね)に、ちゃんと言うてやってんのやろか。  それとも、そんなことは関係なくて、ただ(たん)にご主人様と、その式(しき)で、お前は俺に(つか)えてナンボやろって、そんな横柄(おうへい)さで()()られてんのかな。  もしもそうでも、秋尾(あきお)は平気なんやろか。  平気でにこにこ、(おど)ってやるし、伏見(ふしみ)の酒の(しゃく)かて、とってやる。  それで満足、先生死ぬなら、てめえも殉死(じゅんし)という覚悟(かくご)でやな、必死のご奉公(ほうこう)。  そんなん、不公平(ふこうへい)やないか。  俺には到底(とうてい)、そんなことはできへん。  それをやれと、アキちゃんに(のぞ)まれても無理や。  俺も(いや)やねん。()(まま)言いたい。  (よう)ちゃんみたいに。それが俺の当然の権利(けんり)として。  俺のもんやでアキちゃんは。(だれ)にもやらへんて、駄々(だだ)こねたい。  だってそれが、当然やんか。アキちゃんは俺のツレなんやから。  それがあかんて言うんやろうか。秋津(あきつ)のやつらは。  水煙(すいえん)や、秋尾(あきお)みたいなのが、ええ式神(しきがみ)で、そうでない相手は、ご当主(とうしゅ)様にはふさわしくないんか。  俺や、怜司(れいじ)兄さんみたいなのは、あかんてことか。  俺を愛して。  神事(しんじ)なんて。お(いえ)(つと)めなんて。そんなもん()てて、俺と()げてくれって、そういう(よこしま)(やつ)では、あかんのか。  上機嫌(じょうきげん)なふうに、綺麗(きれい)な声で歌うとうてる怜司(れいじ)兄さんを、俺は見るともなく、じっと見つめた。  おとんはこの人を、なんで()てたんやろう。  アキちゃんも俺を、()てたやろうか。  神事(しんじ)なんかやめて、俺と()げようって、必死で(さそ)ったら、俺より血筋(ちすじ)(つと)めとやらを、選んだんやろうか。アキちゃんは。  おとんがそうやったように、俺を()てて、水煙(すいえん)を選んだか。  それともアキちゃん、()げてくれたかな。  俺と一緒(いっしょ)に。どこか遠い、地の()てまで。  それを想像(そうぞう)すると、俺は(せつ)ない。  その気持ちが分かるのか、俺がぎゅうぎゅう(いだ)いていた黒ダスキンのポチも、悲しそうに、低くキュウキュウ()いていた。  (さび)しいよう、アキちゃんて、こっそり手を(にぎ)りにいくと、アキちゃんはふと俺を見たけど、うっすらとにっこりしただけで、そのまま俺の手を(つつ)むように、(にぎ)り返してくれた。  冷たい手やなあ(とおる)って、(あたた)めてくれてるような指やった。  なんか変やけど、それだけのことで、俺は満たされた。  (さび)しいのんが、ちょっとずつ()えて、アキちゃん好きやで、(むね)があったかくなってくる。  これがないと、俺はもう、生きていかれへんやろう。  (さび)しいて(たま)らんで、(こご)えて死んでしまうやろう。  俺にはアキちゃんがいて、よかったな。  そう思いつつ、俺は少々気まずく、そして気恥(きは)ずかしく、優雅(ゆうが)()っている秋尾(あきお)(なが)め、美声(びせい)で歌う怜司(れいじ)兄さんの声を()いていた。  それはこんな歌やった。  昔、昭和の初めの(ころ)に、白黒映画(えいが)主題歌(しゅだいか)やったとかで、えらい流行(はや)って、祇園(ぎおん)のお座敷(ざしき)でも()(かえ)し歌われ、()われてきた、お座敷(ざしき)遊びの定番曲やで。  ()いたら(みな)も知ってるかもしれへん。  知らんでも、()けば、これこそまさに祇園(ぎおん)風情(ふぜい)やなあって、思えるような曲や。  月はおぼろに東山(ひがしやま) (かす)夜毎(よごと)のかがり火に  (ゆめ)もいざよう(べに)(さくら) しのぶ思いを振袖(ふりそで)に  祇園(ぎおん)(こい)しや だらりの(おび)作詞(さくし)長田幹彦(ながたみきひこ)、作曲:佐々紅華(さっさこうか)、昭和5年  それは祇園(ぎおん)四季(しき)(うた)った歌で、せやし四番まである。  春から始まって、夏、秋、冬と続く。  祇園(ぎおん)に時たま遊びに来る男を待っている(こい)のことを、(うた)った歌やで。  あるいはそうして自分を待ってる(だれ)かのことを、(おも)って(うた)う歌かもしれへん。

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