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26-87 トオル
そら、あるわ。ご主人様やねんからな。
怜司 兄さんを飼 うてんのは、今はアキちゃんなんやしさ、幸せになってくれって、蔦子 さんかて言うてたやん。
怜司 兄さんの面倒 を、見るともなく見てた蔦子 おばちゃまから、あの人もらってきたんやから、今度はお前が面倒 みなあかんのやで。
「でも、どないすんねん、そんなの。おとんに電話すんのか? 携帯 も持ってへんのやで、うちの親」
くよくよ言うてるアキちゃんの話で、俺は今さらピンと来た。ピーンと来た!
「それやん、アキちゃん! おかん携帯 持ってるんやんか! 電話すりゃええんやん!」
「アホか、海外やねんから……通じへんよ」
「そんなことないで、今時、海外でも普通 に通じる携帯 かてあるんやで?」
知らんのかジュニア。お前はそんなことも。
知っとけ現代人 やろ。昭和ヒトケタのおとんとは、違 うんやろジュニア。
「通じる携帯 やないと思うで。何度かかけてみたけど、電源 切れてるらしいもん」
俺にかくれて、おかんに電話しとったんかいジュニア。
情 けない。お前はほんま情 けない!
でも、とにかくそれで、おとんとの連絡 手段 が無いことは判明 した。
ただひとつ、アレを除 いてな。
憶 えてるか、皆 ?
紙人形飛んでくるやつ。霊能力 便 みたいなやつ。
微妙 にハリーポッターとネタかぶってるっぽいやつ。
しゃあない、あれも外国の巫覡 のお話なんやしな。
あれを飛ばせばええんやないか。フクロウ便 を。
いや、それやのうて、紙人形を。
あれも式(しき)やねん。いちばん基礎的 な式神 や。
ただの紙切れやったもんに、人型 を与 え、役目 を与 えると、主 のご命令に従 って、飛んでいって話す、そういう式神 なんや。
アキちゃん、これだけ霊能力 ダダ漏 れなんやから、紙人形くらい飛ばせるやろ。
おとんがブラジルにいようが、イスカンダルにいようが、あの式神 は、おとんに伝えろと命じれば、どこへでも飛んでいくらしいで。そういう呪術 なんや。
「手紙書けばええやん、はよ戻 ってこいって」
「そうやけど。それはもう、伝わってると思うんやけどな」
アキちゃん、ぶちぶち言うてた。
祈 ったのに、おとんからのリアクションがないから、それにも少々、スネてるっぽかった。
そんな、しょうもないことで親子のいざこざやってる場合か。
「神頼 みしたからか? おとん聞こえてへんのとちゃうの。登与 ちゃんといちゃつくのに忙 しゅうて、守護神 モードのスイッチがオフになってんのとちゃう?」
「そんなのにオンとかオフとかあんのか。勘弁 してくれよ」
「手紙書けって。いっぺんやってみろって。案外 できるって。苦手意識 があるからあかんのや。俺にはでけへんて思うてるから、でけへんのや。何事にも挑戦 や、アキちゃん」
俺が励 ますと、アキちゃんは難 しい顔をして、そうやなあ、と言った。
「うるさいッ。なにをぼそぼそ話しとんのや、若造 が!!」
いきなりキレてた茂 ちゃんが、俺らを睨 んで怒鳴 った。
歌聴 いて気持ち良うなっとんのに、ひそひそ話すな、うるさいわって事らしかった。
すんません。
俺もアキちゃんも、ひいってなってた。だって茂 ちゃん、声でかいんやもん。
「まあまあ、茂 ちゃん。ええやんか。若 い二人には内緒 の話がいっぱいあんのや」
俺らが何の話してんのか、全く知らんらしい様子 で、怜司 兄さんはにこにこと、茂 ちゃんを窘 めてくれていた。
「次なに歌おか。秋尾 ちゃん、もっと踊 るか?」
「いや、もう、ええわ。暑いもん。それに腹 減 ったわ。いなり寿司 食いたい」
狐 が化けてる舞妓 さん、にっこり笑って、お稲荷 さん食いたい言うてた。
そうして笑った糸のような目の、目尻 に挿 してある赤い紅 が、いかにも狐 みたいで、今にも尻尾 出てきそうやった。
「お寿司 もありますよ。ビュッフェに。いくつかお持ちしましょうか?」
にこにこ可愛 らしい、舞妓 姿 の秋尾 に、藤堂 さんは優 しかった。
なんか急にホテル従業員 モードやった。
こう言うたら何やけど、藤堂 さんは女に優 しい。フェミニストやねん。
そいつは西欧 仕込 みのダンディズムなんかもしれへんけども、ほぼ脊椎 反射 や。
秋尾 が女の格好 になったとたんに、何かのスイッチ入ったらしいで。
そんなツレの姿 を、遥 ちゃんはまさしく鬼 か悪魔 のような目で、じろりと見ていた。
「優 しいですね、卓 さん。僕 にもなんか持ってきてくれますか」
むかつくんやったらお前も女装 しろ、神楽 遥 。
思わずそう罵 りたくなるような、あからさまな焼 き餅 面(づら)で、神楽 は嫌 みったらしくそう言うた。
それに藤堂 さんは参 った顔をし、秋尾 はソファの、大崎 茂 の隣 に座 り、けらけら笑 うた。
「後が怖 いんで、僕 は寿司 くらい自力 でとりにいきます、支配人 さん」
「深い意味はないんやけど……」
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