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26-88 トオル

 嫁(よめ)に咎(とが)められたせいで、自分の優(やさ)しさが恥(は)ずかしなってきたんやろ。  藤堂(とうどう)さんは、悔(く)やむような顔をして、照(て)れていた。  おっさん、反省(はんせい)したんか。  今までずっと、自覚(じかく)はなかった天然(てんねん)の、誰彼(だれかれ)かまわぬ口説(くど)きビームも、今後は遥(よう)ちゃんに逐一(ちくいち)チェックされんのやな。  可哀想(かわいそう)。  まったく、焼(や)き餅(もち)焼きの嫁(よめ)なんか、もらうもんやない。  俺(おれ)は自分のことは棚(たな)あげで、その時、そんなことを思うてた。 「あらまあ、茂(しげる)ちゃん。あんたまだお酒飲んでんのか」  そんなニヤケたムードの真(ま)っ赤(か)なソファ席の車座(くるまざ)に、外から声をかけてきた、艶(つや)っぽい京都弁(きょうとべん)の女の美声(びせい)があった。  蔦子(つたこ)さんやった。  水占(みずうら)の神事(しんじ)の時には、蔦子(つたこ)さんは確(たし)か、着物姿(きものすがた)やったような気がしていたけども、いつのまにやら別の装束(しょうぞく)に着替(きが)えてきていた。  いつかホテルの部屋(へや)で見たような、古代の巫女(みこ)さんルックやで。  どうもこれが、秋津(あきつ)の女子の正装(せいそう)らしいわ。  地模様(じもよう)のある、純白(じゅんぱく)の筒袖(つつそで)の着物に、腰(こし)から下だけ、目の醒(さ)めるような真(ま)っ青(さお)と金銀の、青海波(せいがいは)の模様(もよう)のスカートみたいな裳(も)をつけて、真新しい血のように赤い、透(す)ける緋色(ひいろ)の領巾(ひれ)を、ゆったりと長く、肩(かた)から腕(うで)にまとわりつかせていた。  出たよ、飛鳥時代(あすかじだい)ルック。  それにはまた藤堂(とうどう)さんが、ぽかんとしていた。  しかしや。お客様がどんなコスプレで現(あらわ)れようと、びっくりしたらあかん。失礼やからな。  たとえ大阪(おおさか)のオバチャンたちが、ヒョウ柄(がら)のスパッツはいて到着(とうちゃく)しようとも、ようこそマダム言うて、礼儀正(れいぎただ)しく出迎(でむか)えなあかん。  たとえそれがどんなに藤堂(とうどう)さん的にNGな格好(かっこう)でも、今日(きょう)も素敵(すてき)ですねマダム言うてやらなあかん。  それが客商売のつらいところやで。  藤堂(とうどう)さんはほとんど本能的(ほんのうてき)と思えるさりげなさで、自分の席をあけ、鬼嫁(おによめ)・神楽(かぐら)遥(よう)にも席を立たせた。  新しく現(あらわ)れた客たちが座(すわ)れば満席になりそうな、赤いソファ席の片側(かたがわ)を、海道(かいどう)蔦子(つたこ)様とそのお連(つ)れ様たちに明(あ)け渡(わた)す素振(そぶ)りやった。  蔦子(つたこ)さんが、一人(ひとり)でウロウロするわけはない。  山ほど式(しき)を連れていた。  全部イケメン。脇(わき)に控(ひか)える眼鏡(めがね)の氷雪(ひょうせつ)系(けい)は、すでに筆頭(ひっとう)の式(しき)やという面(つら)で、控(ひか)え目(め)に侍(はべ)り、その後に続く連中(れんちゅう)も、何事かあれば姐(ねえ)さんを、身を挺(てい)してでも守るというような、一分の隙(すき)もないハーレム陣形(じんけい)やった。  そんなムフフな輪の中で、蔦子(つたこ)さんは、これまたコッテリ正装(せいそう)させた竜太郎(りゅうたろう)の手を引いていた。  大崎(おおさき)茂(しげる)やアキちゃんと同じ、衣冠(いかん)やで。  ちびっ子サイズにわざわざ誂(あつら)えたんか、新品ぴかぴかの漆黒(しっこく)の絹(きぬ)で、ちらりと赤く鮮明(せんめい)な、深紅(しんく)の肌着(はだぎ)が襟元(えりもと)に見えていた。  そんな格好(かっこう)していると、竜太郎(りゅうたろう)の顔立ちの、いかにも外来(がいらい)みたいなのが、やけに目立った。  こいつは確(たし)かに半分、秋津(あきつ)の血をもらったやろけど、それでも父方の血のほうが濃(こ)いみたいやで。  おかんの蔦子(つたこ)さんや、又従兄弟(またいとこ)のアキちゃんとは違(ちが)って、秋津(あきつ)家独特(どくとく)の、なんとはなしにキリッと硬(かた)いようなところが全然あらへん。  ちょっと気後(きおく)れしたように、おかんに手を引かれ、はにかむ笑(え)みで突(つ)っ立(た)っている様子は、可愛(かわい)かった。  竜太郎(りゅうたろう)は少々、気まずいらしかった。誰(だれ)にって、アキちゃんにやで。  意識(いしき)しとんのやろ。死にかけたところを、霊力(れいりょく)人工呼吸(じんこうこきゅう)で救われちゃって。  アキ兄とキスしちゃったとか思うてんのやろ。  してへん、あれは人工呼吸(じんこうこきゅう)やから。勘違(かんちが)いすんな中一。 「もう元気なったんか、竜太郎(りゅうたろう)」  アキちゃんもなんか気まずいんか、その裏返(うらがえ)しみたいに、やけに優(やさ)しい親戚(しんせき)の兄(にい)ちゃんみたいな声で、まず竜太郎(りゅうたろう)に声をかけてやっていた。 「お陰様(かげさま)で、どうもないようどす。昨夜はゆっくり休ませましたし、もう心配おへんわ」  もじもじしている竜太郎(りゅうたろう)に代わって、蔦子(つたこ)さんが答えた。  そして、竜太郎(りゅうたろう)の手を引いたまま、車座(くるまざ)の中へしずしずとやってきて、蔦子(つたこ)さんはまるでそれが当然みたいに、すとんとアキちゃんのすぐ隣(となり)に座(すわ)った。  俺(おれ)にはなんかそれが、不思議(ふしぎ)な気がした。  当初(とうしょ)あんだけアキちゃんを、ビシビシ冷たくあしらっていたオバチャマやのに、なんか急にな、馴(な)れ馴(な)れしいねん。  近いねん、座(すわ)ってくる距離(きょり)が。  それはどうも、アキちゃんのコスプレのせいらしい。  おとんコスやろ。  蔦子(つたこ)さんには、おとんそっくりなアキちゃんが、おとんの服着てんのが、懐(なつ)かしかったらしいねん。 「ほんまに、生き写しやわあ、アキちゃんに」  それに惚(ほ)れ惚(ぼ)れしたように、オバチャマはそう言うてた。  アキちゃん、それに、どないしてええのかリアクションに詰(つ)まったのか、珍(めずら)しくも愛想笑(あいそわら)いを見せて、じわじわ俺(おれ)の居(お)るほうへと、にじって逃(に)げてきていた。  身の危険(きけん)を感じたんか。オバチャマに食われるんちゃうかという、そんな危機感(ききかん)あったんか。 「なんやねん、お蔦(つた)ちゃん。そんな顔して、小娘(こむすめ)みたいに。旦那(だんな)に言いつけるで!」

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