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26-89 トオル

 何をどういう焼(や)き餅(もち)か、大崎(おおさき)茂(しげる)はまるで妬(や)いたような声色(こわいろ)で、ぷんすか言うてた。  一体誰(だれ)に妬(や)いてんねん、おじいは。  人間関係ややこしすぎやで、秋津(あきつ)の皆様(みなさま)。  それにしても恐(おそ)るべきは、暁彦(あきひこ)様の吸引力(きゅういんりょく)や。  秋津(あきつ)のおかんや、骨(ほね)の髄(ずい)までやられちゃってる怜司(れいじ)兄さんはもちろんやけど、大崎(おおさき)茂(しげる)や海道(かいどう)蔦子(つたこ)のことも、未(いま)だにがっつりハートを捕(つか)まえちゃってるみたいやで。  一体何をどうすれば、そんなことができるんやろか。  確(たし)かに、格好(かっこ)ええおっさんやったけど、俺はちらっとしか会(お)うたことないもんな。  俺から見たら、あっちがアキちゃんに生き写しなだけで、別におとんに興味(きょうみ)はないもん。  全然無いと言えば嘘(うそ)かもしらんけどさ、やっぱ敢(あ)えて見んようにはするで。  アキちゃん、めちゃめちゃ気にしてるんやもん。おとんのことをさ。 「あら、支配人(しはいにん)さん、もう行かはるの? いややわあ、ウチが来たから逃(に)げるみたいやないの」  立ち去ろうという藤堂(とうどう)さんに、蔦子(つたこ)さんは冷やかすような声をかけてた。 「飲み物でもお持ちしましょうか、マダム」  困(こま)ったらしい藤堂(とうどう)さんは、そう答えたけども、蔦子(つたこ)さんは首を横に振(ふ)っていた。 「そうしていただきたいけども、結構(けっこう)どす。うちの不足はこの子らが満たしますよって、よそさんのお手を煩(わずら)わすことはおへん」  ずらり控(ひか)えたイケメンたちを、蔦子(つたこ)さんは顎(あご)で示(しめ)して、藤堂(とうどう)さんはそれに、感服(かんぷく)したようやった。  世の中、いろんな客はおるけども、これだけ沢山(たくさん)侍(はべ)らしたオバチャマも、珍(めずら)しかったやろう。  蔦子(つたこ)さんが連れてる式(しき)は、みんなお揃(そろ)いの服を着ていた。  従者(じゅうしゃ)やから狩衣(かりぎぬ)でええわと、大崎(おおさき)茂(しげる)が言うてたやんか。俺に平安コスさせる時にさ。  それが、なるほどと思えるような、全員ずらりの狩衣(かりぎぬ)集団(しゅうだん)やった。  眼鏡(めがね)の氷雪(ひょうせつ)系(けい)も、真っ白い狩衣(かりぎぬ)を着て、蔦子(つたこ)様にお仕えしていた。  他(ほか)のもそうや。なんと赤い鳥さんまでが、そんなキャラに合わん格好(かっこう)をさせられ、しょんぼりとしていた。  見るからに打ち萎(しお)れたような、がっくりきている猫背(ねこぜ)で、青い顔して、愛(いと)しい兄貴(あにき)に肩(かた)を押(お)されていたものの、それは肩(かた)を抱(だ)くというより、そうやって押(お)してやらへんと、鳥が一歩も歩けへんからみたいに見えた。  めっちゃ凹(へこ)んでる。がっくんがくんやで寛太(かんた)。大丈夫(だいじょうぶ)か。  俺はアキちゃんの横で、無言で内心慌(あわ)てた。  俺が慌(あわ)てたところで、どないもならへんのやけど、なんかアワアワしてもうた。  か、寛太(かんた)! 大丈夫(だいじょうぶ)かお前、ほんまに。  なんや影(かげ)まで薄(うす)なってもうてるけど、虎(とら)が死ぬより先に、お前が死ぬんとちゃうか。  白い服着て、あたかも亡霊(ぼうれい)みたいやで。しっかりしろ! 「茂(しげる)ちゃん、あんた、食事はしましたんか。食べずに飲んでばっかりやと、あきまへんえ」  お姉(ねえ)ちゃんみたいな世話(せわ)焼く口調(くちょう)で、蔦子(つたこ)さんは大崎(おおさき)茂(しげる)にビシビシ言うた。  それをうるさそうに聞き、大崎(おおさき)茂(しげる)はソファで狩衣(かりぎぬ)のまま、お行儀(ぎょうぎ)悪く足を組み、腕(うで)まで組んでいた。 「そんなん言われんでも、これから何か食うがな。ちょうど腹(はら)減(へ)ったなあいうて話してたとこやないか」  ぶうぶう口答えする弟そのものの口調(くちょう)で、じじいは蔦子(つたこ)さんに口答(くちょごた)えした。 「うちのに何か取りに行かせましょう。何がよろしか、茂(しげる)ちゃん」 「秋尾(あきお)がいなり寿司(ずし)食いたいらしいわ。誰(だれ)かとってきてやってくれ」  腕組(うでぐ)みしたまま、にこりともせず、じじいは蔦子(つたこ)さんの式(しき)たちに、そう命じた。  それに言われて、イケメンの群(む)れのうちの一人(ひとり)が、一礼して車座(くるまざ)を抜(ぬ)けた。すうっと、その場から消えるみたいに。  藤堂(とうどう)さんはそれにも、ポカンとするのを我慢(がまん)せんとあかんかった。  お客様のお連(つ)れ様が、突然(とつぜん)すうっと掻(か)き消(き)えても、びっくりしたらあかん。失礼やからな! 「それでは私共(わたくしども)はこれで。大崎(おおさき)先生、伏見酒(ふしみざけ)、ごちそうさまでした」  さっさと消えよと、藤堂(とうどう)さんは思ったらしかった。  これ以上、この変な人らに付き合(お)うてたら、頭おかしなると、オッサンは思ったんかもしれへん。  嫁(よめ)連れて、さっさと退散(たいさん)しようとしていた。 「チェックアウトまで無事やったら、お前にはまだ話があるで。狐(きつね)の絵の軸(じく)、なんとしても売ってもらうよってな。とっくり価格(かかく)交渉(こうしょう)に応(おう)じてもらおうか」  藤堂(とうどう)さんが、画商(がしょう)西森(にしもり)から気まぐれに買(こ)うて、今も所蔵(しょぞう)しているという、狐(きつね)のエロ絵やろう。  よう憶(おぼ)えてるな、大崎(おおさき)茂(しげる)。  その絵をよっぽど買い取りたいようやった。  ガミガミ言うてる大崎(おおさき)茂(しげる)に、苦笑(くしょう)を隠(かく)さず頭をさげて、藤堂(とうどう)さんはその売買(ばいばい)に、応(おう)じんでもないような気配(けはい)で去った。  まったく縁(えん)は異(い)なものや。  アキちゃんのおとんが描(か)いた秋尾(あきお)のエロ絵が、今じゃ藤堂(とうどう)さんちにあるというんやから。  そういえば俺も、アキちゃんのおとんの絵は、見たことがない。

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