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三都幻妖夜話(3)神戸編 26-91 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
26-91 トオル
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
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26-91 トオル
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
は、ばれてへんと思っていたらしい。
茂
(
しげる
)
ちゃんな、アキちゃんのおとんの絵に、こっそり
加筆
(
かひつ
)
していたらしい。 それは絵を殺すためや。絵の中の何かが、勝手に
漏
(
も
)
れ
出
(
で
)
て
来
(
こ
)
んように、
疵
(
きず
)
を付けていた。 その
一筆
(
いっぴつ
)
で、生きていた絵が死んで、
一段
(
いちだん
)
落ちた、まるで生きているみたいな絵へと、
無難
(
ぶなん
)
に変わるように。 それは別に、アキちゃんのおとんの絵に
嫉妬
(
しっと
)
して、
壊
(
こわ
)
したろうと思ってやったことやない。
茂
(
しげる
)
ちゃんは、本家のオバチャマたちの
手先
(
てさき
)
やったんや。
可哀想
(
かわいそう
)
にな。 そりゃまあ、しゃあない。
怜司
(
れいじ
)
兄さんに言わせればやで。
茂
(
しげる
)
ちゃんは本家の
養
(
やしな
)
い
子
(
ご
)
、弱い立場やねんから。 ババアどもが、
暁彦
(
あきひこ
)
様のお
供
(
とも
)
しろて命じれば、
嫌々
(
いやいや
)
でもついていく。 夜明かし飲んだくれる
祇園
(
ぎおん
)
のお
座敷
(
ざしき
)
へでも、決死で
鬼
(
おに
)
斬
(
き
)
る
修羅場
(
しゅらば
)
にでもや。
暁彦
(
あきひこ
)
様も、
茂
(
しげる
)
やったらまあええかと、
妥協
(
だきょう
)
したからや。 ヘタレの
茂
(
しげる
)
は弟みたいなもん。 たとえババアの手先でも、それさえちょっと
忘
(
わす
)
れといてやれば、まあまあ
可愛
(
かわい
)
いもんやった。
暁彦
(
あきひこ
)
様にとってはな。 ついてくるのが
鬱陶
(
うっとう
)
しいて、
邪魔
(
じゃま
)
やと思えば、がっつり酒飲まして
巻
(
ま
)
いてまえばよかったんやし、
茂
(
しげる
)
もそれは、よう分かってる。
大人
(
おとな
)
しく
酔
(
よ
)
いつぶれていた。 お前は
遠慮
(
えんりょ
)
せえと、アキ
兄
(
にい
)
が思うてる時には、いつもよりピッチの速い
酌
(
しゃく
)
を、
拒
(
こば
)
みはせえへんかった。 そんなお前が
可愛
(
かわい
)
いと、
暁彦
(
あきひこ
)
様はお思いやったらしいで。
茂
(
しげる
)
は
可愛
(
かわい
)
いやつやと、
朧
(
おぼろ
)
様にはゲロってたらしい。まるで弟みたいやと。 ……あのなあ、それって、あれやん。
皆
(
みな
)
はもう、知ってんのやろ。
秋津
(
あきつ
)
の
血筋
(
ちすじ
)
の悪い
癖
(
くせ
)
やねん。 アキちゃんかてそうやん。
忌
(
い
)
まわしくも
爛
(
ただ
)
れきった
近親
(
きんしん
)
相姦
(
そうかん
)
のお
血筋
(
ちすじ
)
なんや。 弟でも妹でも、おかんでもおとんでも関係あらへん。なんでもありやねんから。 アキちゃんはワンワンのこと、弟みたいで
可愛
(
かわい
)
いんやって。そこが犬のチャームポイントやねん。 弟みたい、て。
普通
(
ふつう
)
はそれ、
俺
(
おれ
)
はお前には気がないという意味の
台詞
(
せりふ
)
やで。 それが
秋津
(
あきつ
)
の
皆
(
みな
)
さんにとっては、
真逆
(
まぎゃく
)
の意味や。
茂
(
しげる
)
は
可愛
(
かわい
)
いなあ、まるで弟みたいやと、
暁彦
(
あきひこ
)
様は
困
(
こま
)
ってたらしい。 血は
繋
(
つな
)
がってへんのに、
餓鬼
(
がき
)
の
頃
(
ころ
)
から同じ家に住んでるもんやから、まるで
血筋
(
ちすじ
)
の子みたいに思えちゃうんやろ。 そういう意味やで。つまり。
暁彦
(
あきひこ
)
様はヘタレの
茂
(
しげる
)
に
食指
(
しょくし
)
が動いたんや。 せやけど手はつけへんかった。その理由もまた、弟みたいやったからやろう。 実の妹とデキてもうてる、あの
非常識
(
ひじょうしき
)
な
舅殿
(
しゅうとどの
)
にも、
常識
(
じょうしき
)
は
一応
(
いちおう
)
あったんや。
幸
(
こう
)
か
不幸
(
ふこう
)
か。それがヘタレの
茂
(
しげる
)
にとって、ええことやったかどうかは、別としてな。 「気がついてへんのかと思うてたわ。なんも言わんのやもん」 絵に
一筆
(
いっぴつ
)
入れていたことについて、
茂
(
しげる
)
ちゃんはバレてへんつもりやった。
普通
(
ふつう
)
やったら
許
(
ゆる
)
せへん、そのことを、
暁彦
(
あきひこ
)
様が
見逃
(
みのが
)
していたせいや。
茂
(
しげる
)
やったらしゃあないかと、
許
(
ゆる
)
してた。気がついてないふりをして。 「気がつかへん
訳
(
わけ
)
ないやんか、
茂
(
しげる
)
ちゃん。自分の絵に
誰
(
だれ
)
かが
一筆
(
いっぴつ
)
入れててやで、わからん
絵描
(
えか
)
きがどこにおる」
悔
(
く
)
やむような
苦笑
(
にがわら
)
いで、
朧
(
おぼろ
)
様は
暴露
(
ばくろ
)
していた。 ヘタレの
茂
(
しげる
)
がこの七十年以上も、バレてへんと信じていたことを。 「
怒
(
おこ
)
ってたんか、アキちゃん」 今さらそれに青ざめてきたんか、
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
は
酔
(
よ
)
いが
醒
(
さ
)
めたような顔つきやった。 「
怒
(
おこ
)
ってへんけど。でもイラッとはするやろ。そんなんされたら、
誰
(
だれ
)
かて
嬉
(
うれ
)
しくはないわ。せやから
隠
(
かく
)
れて外で
描
(
か
)
かれんのやんか」 「この世に
俺
(
おれ
)
が見たことないアキちゃんの絵があるやなんて……」 どこか
呆然
(
ぼうぜん
)
としたふうに、
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
は
呟
(
つぶや
)
いていた。 それに
朧
(
おぼろ
)
様は、なにが
可笑
(
おか
)
しかったんか、
椅子
(
いす
)
で
悶
(
もだ
)
え、あっはっはと
喉
(
のど
)
をそらして笑っていた。 「そんなん、いっぱいあるで
茂
(
しげる
)
ちゃん。山ほどある。別にええやん……それくらい。何が不満なんや。
餓鬼
(
がき
)
のころから、ひとつ屋根の下、どこへ行くにも
腰巾着
(
こしぎんちゃく
)
で、
正味
(
しょうみ
)
、十七、八年も、べったり
甘
(
あま
)
えたんやろ。それがなんで
出征
(
しゅっせい
)
の時まで
大喧嘩
(
おおげんか
)
やねん。しんどいで、
暁彦
(
あきひこ
)
様も。ああもう、ほんまにかなわん、
茂
(
しげる
)
の
子守
(
こも
)
りはしんどいわ……」
誰
(
だれ
)
かの口調を
真似
(
まね
)
るような
口振
(
くちっぷ
)
りで、
朧
(
おぼろ
)
はぼやいた。 何やしらん、
邪悪
(
じゃあく
)
な冷たさやった。 それに
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
はむっとして、
蔦子
(
つたこ
)
さんは、むむっという顔をした。 「
怜司
(
れいじ
)
」 きりっと
厳
(
きび
)
しい、ご主人様の
声色
(
こわいろ
)
で、
蔦子
(
つたこ
)
さんは
怜司
(
れいじ
)
兄さんを
叱
(
しか
)
った。 それには兄さん、おとなしく首を
垂
(
た
)
れていた。
蔦子
(
つたこ
)
さんには
逆
(
さか
)
らわんらしかった。 ため息一つで、
蔦子
(
つたこ
)
さんは
怜司
(
れいじ
)
兄さんを
許
(
ゆる
)
した。 「いろいろありますなあ、
坊
(
ぼん
)
。
秋津
(
あきつ
)
の家にはなあ。その
当主
(
とうしゅ
)
を
務
(
つと
)
めるというのは、大変なことどすわ」 しみじみ
同情
(
どうじょう
)
したふうに、
蔦子
(
つたこ
)
さんはアキちゃんに言うた。 まるで
他人事
(
たにいごと
)
みたいやった。
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椎堂かおる
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