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26-93 トオル

 一同(いちどう)の耳を(はばか)るような、一段(いちだん)落とした声で、水煙(すいえん)はアキちゃんに(たず)ねた。  水煙(すいえん)にとっては目の前で、暁彦(あきひこ)様の話をしたくない面々(めんめん)やったらしい。(おぼろ)も、蔦子(つたこ)さんも、ヘタレの(しげる)もな。 「なんもない」  ()ねた声を無表情(むひょうじょう)(かく)し、アキちゃんは断言(だんげん)していた。 「そうやろうか。でも俺は、胸騒(むなさわ)ぎがするんや」  水煙(すいえん)はそれを、確信(かくしん)してるっぽかった。  アキちゃんのおとんから何事(なにごと)かコンタクトがあると、宇宙人(うちゅうじん)なりの(かん)察知(さっち)していたらしい。  UFOからの通信でもあったんか。母星からの電波でもキャッチしたんかな。  (するど)い。  そしてそれは水煙(すいえん)と、アキちゃんのおとんとの、(いま)だに切れてない(えん)作用(さよう)なんかもしれへん。  (みな)のおかんにも、そういうのないか。家族の(だれ)かが帰ってくるとか、電話かけてくるのを、その直前で察知(さっち)するという、超能力(ちょうのうりょく)。  なんか(こま)ったことある時に(かぎ)って、突然(とつぜん)電話かけてきたり、今月ピンチ飯も食えへんていう時に、偶然(ぐうぜん)宅急便(たっきゅうびん)冷凍(れいとう)煮物(にもの)送ってくるような、神通力(じんつうりき)。  それは本来、人間なら(だれ)でも持っている力。いわゆる第六感。虫の知らせや。  水煙(すいえん)(むね)()んでる虫が、知らせたらしい。アキちゃんのおとんから、なにか連絡(れんらく)があると。  果たしてそれは、大正解(だいせいかい)。ど真ん中。大当たりやった。  まさしく大当たり。  (みな)車座(くるまざ)(すわ)る、()()っかなソファセットのど真ん中に、その矢は()()った。  一体どこから飛んできてん。  どこから()たんやっていう、ものすごいど真ん中に、ものすごい速さで、白羽(しらは)矢羽根(やばね)をつけた矢が、がつーんと()()さった。  うわあ、と一同(いちどう)()()った。  その驚愕(きょうがく)の真ん真ん中で、白羽(しらは)の矢はびいんと、低い(うな)りをあげて(ふる)え、その(じく)()わえ()けられている紙人形を、ぶるぶる()るわせていた。  (みな)があっけにとられる目の前で、紙人形は自分で自分を結びつけている、赤い糸をごそごそ()いた。  けっこう手間取(てまど)ってから、糸はほどけ、はらりとテーブルの上に()()ちた白い人型の紙切れは、なんつうかこう、()物酔(ものよ)いした人がゲロってるみたいな、しんどいわあっていう、()つん()いのポーズでふるふるしていた。  その(はら)んとこに、字が書いてあるのが見えた。  秋津(あきつ)暁彦(あきひこ)、と。 「()うたわぁ……」  息も()()えみたいな声で、おとんが言うた。  いや、その、紙人形が言うたんや。 「おとん!?」  意外にも、この場の(だれ)よりも早く、アキちゃんが(さけ)んだ。 「おとんか!? おとんやろ!?」  アキちゃん、ソファから転げ落ちる(いきお)いで、コーヒーテーブルの上でがっくり来ている紙人形に、すがりつかんばかりに()()っていた。  かなり異様(いよう)素早(すばや)反応(はんのう)やった。 「そうや……おとんやけど……ジュニア。俺、()きそうやねん。あかんかったわ、この方法は」  返事しとるで、この紙人形。おかしいなあ。  普通(ふつう)の手紙はさ。普通(ふつう)言うても、霊能力(れいのうりょく)便が普通(ふつう)とは言いづらいけども、通常(つうじょう)、おかんから(とど)いた(やつ)とかは、まず伝言(でんごん)をする。  それがこいつらの存在(そんざい)理由なんやしさ、伝言(でんごん)を伝えるために力を(あた)えられてるんやもん。  せやけど、おとんから来た矢文(やぶみ)の人形は、伝言(でんごん)滔々(とうとう)と伝えはじめるような気配(けはい)はこれっぽっちもなく、普通(ふつう)にアキちゃんと会話していた。 「これやったら(じか)に話せるし、ナイスアイデアやと思うたんやけどな。ものすご()きそうやで……」 「電話すりゃええやん、おとん! なんで携帯(けいたい)電源(でんげん)切ってんの!?」  別にでかい声で話す必要ないんやで、アキちゃん。遠い電話やないんやから。  せやのに、うちのツレ、なんかもう必死みたいに、でっかい声で紙人形と話すんやもん。  ()つん()いでやで。  そんな姿(すがた)若干(じゃっかん)幻滅(げんめつ)している俺がいる。 「圏外(けんがい)やってん……」  息も()()えみたいに、()いている紙人形は言うた。  どこに()るのん、おとん。人外魔境(まきょう)か。  携帯(けいたい)の電波(とど)かへんとこに()るのん? 「それより大丈夫(だいじょうぶ)かジュニア。ひとりで、あんじょうやってるか」  まだ()きそうな声のまま、おとんは親らしいことを言うた。 「やってへん! やってるわけないやろ! なんやねんこれ!! 俺死ぬらしいで、おとん!」  ぎゃあぎゃあ(わめ)いているアキちゃんに、おとん紙人形は、ああ、そのことか……と言うた。気怠(けだる)そうに。水でも飲んでるみたいな声やった。 「心配せんでええ。おとんがなんとかしたる」  ごほごほ言いつつ、秋津(あきつ)暁彦(あきひこ)人形は()()った。  そして、よっこらしょみたいに、コーヒーテーブルの上に胡座(あぐら)かいた。 「大体なんやねん、男の子が、ちょっと死ぬくらいで、そんな泣きそうな声出すな。格好悪(かっこうわる)いと思わへんのかお前は……」  ちょっと死ぬぐらいでか。そうやなあ。(たし)かに格好悪(かっこうわる)いねんけどさ。 「えっ。ああ、なんでもない。言葉の(あや)や。なんもないから心配せんでええよ。風呂(ふろ)入るんか。うんうん、かまへん。ゆっくりしとき」

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