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26-94 トオル
ぱくぱくしてるアキちゃんを尻目 に、紙人形は、何かを振 り返 るような仕草 をして、ものすご甘 いような猫 なで声 で、そう言った。
アキちゃんに言うてる訳 ではないようやった。
その証拠 に、向き直った紙人形は小声 で言うた。
「お登与 や。まだ知らんのや、詳 しいことは。お前も言うなよ。おかんに要 らん心配かけるもんやない」
要 らん心配て……。息子 が死ぬかもしれへん場合、おかんは知っといても損 はないんとちゃうの?
つまり知らんかったんや、お登与 はな。
鯰 が暴 れ出 して、えらいことになりそうやとか、龍 が現 れて、アキちゃん食うかもしれへんなんてことは、気付いてなかった。
だってそんな話になるずっと前から、おかんはハネムーンで留守 やったんや。
それは、秋津 暁彦 も同じはず。
せやけどおとんは、知っていたらしい。神様やからかな。
それとも蔦子 さんと会 うたから?
蔦子 さんは旅立つ前に、従弟 でかつての許嫁 、今や英霊 となり神となった秋津 暁彦 の霊 と、会見 していた。
そのとき、おとん大明神 は、稀代 の予知 能力者 、海道 蔦子 から、何か予見 を聞かされたんやないか。
「結界 張 っとかなあかんなあ。あいつは耳がええから」
ぶつぶつ言うて、紙人形はなんかしてるっぽかった。
どこか遠くで、おとん大明神 が、お登与 の耳をちょろまかすための、結界 を張 ったんやろう。
悪いおとんや。そうまでして、妻 に秘密 を持とうとは。
「暁彦 、初戦 からして大仕事やな。心配するな。お前ならやれる」
おとん、アキちゃんの何を知ってんのや。
そんなふうに、俺が心配になってくるぐらいの、めっちゃ確信 に満ちた励 まし方やった。
ただの親バカとしか思えへん。
アキちゃんにもそう思えたんやろう。ジュニア唸 ってた。
感動したわけやない。信用でけへんと思って、思わず呻 いたんや。
「何をやれんねん……! まるっきりアホやのに、何をやれっていうねん。絶対 無理。絶対 に失敗する。絶対 あかん!!」
アキちゃん、100%の自信を持って、完膚無 きまでの自己否定 やった。
確 かに、そこまで思うんやったら、絶対 あかんやろ。
アキちゃんの自己暗示 、相当なもんやねんから。あかんと思えば、できる事でもでけへんのやろ。
まして、できそうもない事なんやしさ、そら無理や。
120%の確率 で失敗するわ。
「そんなん言うな、ジュニア。おとん悲しなってくるわ。俺の子なんやろ、お前。できるできる」
おとん、超 軽い。深刻 さの欠片 もない。
「それに、まるっきり一人 ってわけやないやろ。お蔦 ちゃんもおるし、茂 もおるやろ? おらんのか?」
すぐ目の前でわなわな来てる、大崎 茂 が見えへんのか。おとん人形はきょろきょろしていた。
それはまるで、辺りを見回しているような仕草 なんやけど、どうもお人形さんには、目はないようやった。
喋 れるくせに、見えてない。
声が聞こえへんかぎり、その場に誰 がおるかは、わからへん。電話と同じや。
「茂 はおらんのか?」
不思議 そうに、紙人形は言うた。
その声で呼 ばれて、大崎 先生、なんや腰 でも抜 けたみたい。
これまたソファからずり落ちるみたいに、ぺたんと床 に座 って、恐 る恐 るなふうに、秋津 暁彦 と書かれた紙人形を、覗 き込 んだ。
「おるで……アキちゃん」
「なんや、おるやないか。それなら当座 、心配いらへん」
声だけ聞くと、紙人形は納得 したように、アキちゃんのほうに向き直って言うた。
「アキちゃん。一体。どこにおるんや」
その目と耳を、もういっぺん自分のほうに向かせたいように、大崎 茂 はぽつりと訊 ねた。
人形がまた、声のしたほうを向いた。
「ブラジル。さっきグアテマラから戻 ってきたとこや。すごかった、グアテマラ」
きっぱりあっさりと、紙が答えた。
「なんでそんなとこに居 るんや、アキちゃん。帰ってきてくれ。お前の息子 が、難儀 しとんのやで……」
いつも偉 そうやったくせに、大崎 茂 は急に、しおらしかった。
恐 る恐 る、龍 の逆鱗 に触 れんようにと、気をつかうふうに、ひっそり喋 っていた。
「わかってる。俺には俺の考えがあんのや。もうじき帰る。それまでお前が何とかしとけ」
顎 で使って当たり前。そんな響 きのする声で、紙人形は大崎 茂 に命令していた。
天下の大崎 茂 やで。
儂 を誰 やと思うとんのや。世界でも、上から数えたほうが早いような、大金持ちの会長様やで。
俺はもう、アキちゃんよりも偉 くなったでって、さっきは言うとったくせに、茂 ちゃん、めっちゃ大人 しかった。
「何とかって……アキちゃん。そんなんさせるつもりなんやったら、前もって言うといて。俺かて暇 やないねん。仕事もあるしな……会議もあるし……急に言われても、困 るんやで」
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