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26-95 トオル
「そうか。そうやろなあ。お前も偉 なったらしいやんか。そやけど茂 、お前には、男子一生の仕事があるやろ。秋津 の覡 として。お前は俺が死んだ後、なにをしとったんや。寝 とったんか、ヘタレの茂 。このドアホ! 仕事もせんと無駄飯 食うな!」
紙人形に怒鳴 られて、ヘタレの茂 は、怖 いらしかった。びくっとしてた。
ただの紙やで。それがただ、アキちゃんのおとんの声で、喋 るだけ。
それでも大崎 先生、へろへろなってた。
「なんで神戸 を封鎖 でけへんかったんや。このヘタレ! お前のせいで人がぎょうさん死ぬんやで。わかっとんのかアホ」
めちゃくちゃ言うてる、おとん。言うてええんや、天下 の大崎 茂 に。アホ言うてええんや。
だって大崎 先生、ぜんぜん逆 ギレしてへんで。正座 して聞いてるもん。正座 やで。
「ごめん、アキちゃん……俺、頑張 ったんやけど」
「聞きたない、お前の言 い訳 は。時間もないんや。引 っ込 んどけ茂 。暁彦 はどこいった」
お前より、息子 が可愛 い。そんなふうな冷たさで、押 し返 されて、茂 ちゃんはシュンとしていた。
ちょっぴり可哀想 やった。
そこに正座 したまま、大崎 茂 は押 し黙 った。
アキちゃんが黙 れ言うんやから、黙 るしかないっていう、そんな感じ。
当 の息子 は、青い顔して、そんな大崎 茂 と向き合っていた。
秋津 暁彦 と書いてある、紙人形を間にはさんで。
「蛇 はおるか、暁彦 」
蛇 います。
いきなり話振 られて、俺もソファから落ちそうになった。
びっくりした。なんで俺が話に出てくるのん?
「え……亨 のことか?」
アキちゃんも意外やったみたいで、答える声が上ずっていた。
「そうや。その亨 ちゃんや。まさかもう別れたりしてへんやろな?」
「し、してへん……」
なんで、どもるの、アキちゃん。別れてへんやろ!?
別れたん、俺ら!? 別れてへん!
「ちゃんといます!!」
黙 ってられへんで、俺も叫 んだ。
「よかった、おるな。暁彦 モテるらしいから、もう居 ないていう可能性 もあるなあて、今朝 気付いて、おとんブラジルで慌 てたわ」
冗談 やんね? と亨 ちゃんが微笑 むようなことを、舅 殿 はほがらかに言うた。
冗談 ですよね、お父 さん。
居 ないわけないじゃないですか。
亨 ちゃん、アキちゃんの運命の相手なんですから。
結婚 までしてるんですから。
そういえばその事、まだお父 さんに挨拶 してませんでしたね。
すみません、申 し遅 れまして。
ちょい前から亨 ちゃん、アキちゃんの正式な配偶者 ですから。
よろしくお願いしますよ、お父 さん。僕 らもう家族やないですか。
「暁彦 、その子が鍵 や。絶対 、側 から離 したらあかんで。縛 り付 けてでも、お前のもんにしとけ!」
ナイス命令! お父さん!!
真面目 に言うてる紙人形の声を聞き、俺は感無量 で、へたっているアキちゃんの背中 に、がしーっと抱 きついていた。
離 さへん。離 さへんからアキちゃん。俺のもの!
「な……なんで?」
アキちゃん、俺にがっつり抱擁 されながら、朦朧 としておとんに訊 いてた。
なんでって、何がなんでやの! 愛してるからやろ! 愛!
「その蛇 、掘 り出 しモンやで、暁彦 。名のある神や。お前はえらいもん拾 った。大当たりや。でかしたで!」
道ばたで、お宝 でも拾 ったみたいに、おとんは俺のことを褒 めていた。
そらまあ、しゃあないか。そういう感覚か。
おとんにとっては俺は、ただの式神 。縛 り付 けて、使役 するための下僕 なんやしさ。
そうやって、両手の指でも余 るような数の式神 を、戦争で使い果たしてきた、そんな放蕩 なご当主 様やねんからさ。
アキちゃんとは違 う。俺のアキちゃんとは。
「お登与 とグアテマラで、そいつの名のひとつを突 き止 めた。戻 ったら教えてやる」
そういうことや。おとんとおかんは、俺の名前を調べにいってたんや。
息子 のツレは水地 亨 やと、それだけでは納得 いかず、俺様 の霊的 な氏素性 を、おとんは知りたかったらしいわ。
なんで名前が必要なんか。
俺を隷属 させるためや。
そして使役 するため。
名前を支配 するのは魔法 の基本 。秋津島 の呪術 でも、それは有効 やったんやろな。
名のある者なら、その名を支配 することで、使役 に答えるようになる。それは鬼道 の常識 。
ぼんくらのアキちゃんは、知らんやろけど。でもそれは、常識 やねん。
外道 にとって、自分の真 の名を教えることが、どんだけハイリスクか、アキちゃんは知らんかった。
「そんなん……グアテマラまで行かんでも、もう知ってるわ」
困 ったように、アキちゃんは答えた。
それにおとんは、はあ? とか、ああ? とかいうような、よう分からん声で答えた。
「どないして知ったんや」
「どないて……こいつが教えてくれた」
俺をふりかえって、アキちゃんは戸惑 う声のまま、おとんに答えた。
「教えるわけあらへん。名のある古い神が、ただで真 の名を教えるわけはない」
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