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26-96 トオル
おとんが言うてる声を、アキちゃんがちゃんと聞いてたんかどうか。
聞いてはいたやろうけど、アキちゃんはじっと、俺を見ていた。俺の顔を。困 ったような、切 ない目して。
「教えてくれたで」
「そうか……それなら、その名を使って、そいつの神威 を蘇 らせろ。龍 への供物 として、その子を捧 げるんや」
なんや、お父 さん、そんな事を考えてはったんですか。残念です。
俺はアキちゃんの背 にすがりつきながら、そう思ってた。
それが普通 なんかもしれへん。巫覡 なんて。
使うだけ使 うて、あとはポイ。式神 なんて、消耗品 やていう、そういうのが。
でもアキちゃんは違 う。俺のアキちゃんだけは。違 う。
そう思いたいけど。でも本当に、そうやろか。
「それは……できひん。それは無理や」
アキちゃんは小声 で、おとんにそう頼 んでいた。それだけは、堪忍 してくれって。
「無理やと? ほな、どないするつもりや。他 に供物 のあてがあるんか」
厳 しく問 われて、アキちゃんは絶句 していた。そして固まっていた。思考停止や。
あてはあるやろ。
俺は思わず、苦い顔で、ソファの向こうにいる水煙 の、青い無表情 を振 り返 った。
水煙 は、いかにも涼 しい顔のまま、小さく顎 をあげて、俺に促 していた。お前が言えと。
「水煙 や、おとん。龍 への生 け贄 には、水煙 をやるんやで」
石みたいに黙 っている、言えるわけないアキちゃんの代わりに、俺がおとんに教えてやった。
それに、ひいって、引きつったような悲鳴が聞こえた。蔦子 さんの口から。
びっくりして、俺が振 り返 ると、蒼白 な顔をした蔦子 さんが、自分の口元を白い両手で覆 い、卒倒 しそうになっていた。
「……アホッ!! なんやそれは! どこのどいつが考えたんや! 暁彦 !!」
こっちも卒倒 しそうというか、ものすご怒 っている声で、紙人形が怒鳴 っていた。
その、抑 え込 まれた取 り乱 しぶりに、俺は驚 き、ちょっと呆 れた。
もしもここに、秋津 のおかんがいたら、おかんも仰天 したんやろうか。あの人がビビるとこなんて、俺にはぜんぜん、想像 もつかへんのやけど。
水煙 を生 け贄 にするというのは、秋津 家の大人 達 にとって、とにかく魂消 る発想 らしかった。
ビビってへんのは、ヘタレの茂 くらいや。
お前も秋津 の覡 やろうと、おとんは言うてたけども、大崎 先生は、やっぱり他人や。血が繋 がってへんのや。
せやし、わからへんのや。この青い宇宙人 に執着 してる、秋津 のやつらの怨念 が。
「俺が考えたんや、アキちゃん。そう驚 くことはないやろ」
遠巻 きに、さしたる気合いもみなぎらせず、水煙 はさらりと言うた。
その車椅子 を押 している、犬は気まずそうやった。
水煙 から何やかんや、道々聞かされたんかもしれへん。
俺が水煙 から聞かされたような、アキちゃんをよろしくっていう話を。
「水煙 ……なんでや。式(しき)は他 にもいる」
確 かにいる。俺とか、ワンワンとかな。
朧 様とか。
おとん、それには、気付いてへん。
だって怜司 兄さん、うんともすんとも言わんのやもん。
死んだみたいに呆然 の顔して、完璧 固まってる。息もしてへんのやないかと思えるような、静まりかえりかたやった。
「龍 は鯰 と違 うて、食えりゃなんでもええというような、悪食 な神やない。巫覡 を人身御供 に出されへんというのなら、それに代わる、ええもんでないと」
さすがは水煙 様や。まるで自分がいちばん、ええもんやっていうふうに、平気で言うてた。
そう言うてめえも、鯰 様には嫌 われて、金気(かなけ)は食わへんて偏食 されてもうてるくせに、龍 はどんだけグルメやねん。
ケッと思うが、それはほんまの話やった。
龍 はグルメというより、神格 が高い。そこらの蛇 ならいざ知らず、天にも昇 ろうかという大物 やったら、ちょっとやそっとの飯 では、腹 の足しにもならんらしい。
それ相応 の、高い霊威 が必要や。
俺とか犬やと、不足やということなんやろう。今のままではな。
「蛇神 の、霊威 を上げて、人身御供 の代わりにする。まずはそっちを試 してからでも、遅 うない……水煙 」
ありがたい神さんに、お縋 りするような口調で、おとんは言うてた。
息子 のツレを、先に殺 っとけって。
それで龍 が腹一杯 になれば、水煙 は行かんで済 むやないかって。
おとんは本気で言うてたと思うで。本気で俺を、龍 に食わせるつもりやったわ。
「無理や、アキちゃん。お前は息子 を助けたいんやろう。たとえ命が助かっても、蛇 を殺せば、お前の息子 は幸せにはなられへん。これはただの式(しき)ではないし、第一もう、秋津 の式(しき)ではないんや。お前の息子 が解放 してもうた。残念やけどアキちゃん、もう万策 尽 きたんや。俺を龍 にくれてやって、お前の息子 に三都 を救 わせろ」
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