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26-98 トオル
「そうやったか。初耳 や、そんな話。お前はもう俺が、邪魔 でかなわんかったんやろう」
水煙 は、触 れば斬 れるような、鋭利 さやった。
なんでか知らん。
水煙 はアキちゃんのおとんのことも、好きやったんやないんか。
なんでそんなに冷たくすんの。
「どうしてこんなことに。いくら蛇 が好きでも、お前は別格 やろう」
「そうでもなかったようやな……生憎 。でも、ええねん、アキちゃん。気にすることはない。これでええんや俺は。短い間やったけど、幸せやったよ、ジュニアのとこで」
それは少々、嘘 やないか。幸せやったか、水煙 は。
アキちゃんのとこに来て、なんかいいことあったか。
ほんま言うたら、つらいばっかりやったんとちゃうか。
それが可哀想 やって、俺がそう言える立場やないけどさ。
「気にせんでもええ。俺はまた竜宮 へ戻 るだけや。もうこの地上には、疲 れたわ。そろそろ潮時 ……俺にももう、人界 を去るべき時が来たわ」
「それでいいのか暁彦 」
紙人形はなぜか水煙 でなく、アキちゃんに訊 ねた。
アキちゃんは何か答えようとはしていたけども、うっすら開かれた唇 からは、どんな声も出えへんかった。
ただ震 えたような手で口元を擦 り、アキちゃんは黙 った。
なおいっそう強く、俺はアキちゃんの背 を抱 いた。
大丈夫 やでアキちゃん。俺が居 るやん。
水煙 が居 らんようになっても、俺が居 る。
そういうつもりで、抱 いてたんやと思うけど、アキちゃんはつらそうやった。
水煙 が居 らんようになるのが、しんどくてたまらんようやった。
俺は黙 って、アキちゃんの肩 に自分の頬 を擦 り寄 せた。
つらいんか、アキちゃん。お前の世界には、水煙 が必要か。
しょうがないやつや、お前は。
ほんなら何か手を考えて、水煙 をこの世に、引 き留 めなあかんやないか。
黙 って座 ってても、龍 はやってくるんやで。
「なんとか言え。居 らんのか、暁彦 」
焦 れたというより、悲しいみたいに、おとんの声は静かに響 いた。
それがおとんに見えるわけではないのに、アキちゃんは小さく首を横に振 ってた。いややって、言うてるみたいに。
「いつまで話しても埒 が開かへん。暁彦 、お前は亨 の真名(まな)の件 を伝えようとして、文 を放 ったんか? それやったら、もう用は済 んだのやろう」
水煙 はアキちゃんに、もたもたする時間はくれへんかった。
あっさり話を進められてもうて、アキちゃん結局、無言のままやった。
おとんも渋々 、黙 り込 みはしたけども、こっちも結局、話を戻 した。
水煙 が、もう終わりや言うたら、終わりらしいで。素直 やなあ。
「いや、用件 はそれだけやない。そろそろ時間や。テレビをつけろ、ジュニア」
えっ、なに? この超 シリアスな時にテレビ?
なに観 るねん、おとん。録画しといてほしいドラマでもあんのか?
皆 もぽかんとしたんか、車座 の面々 の目は、なんのこっちゃという戸惑 う視線 を、コーヒーテーブルの上に立っている、おとん人形に向けた。
「テレビ……無いけど」
困 ったようにアキちゃんが、おとんに答えた。
「無いことないやろ。そこホテルなんやろ。テレビくらいあるやろ。どんな未開のジャングルやねん。糞 ホテルやな」
藤堂 さん、今ここに居 らんでよかった。
居 たら絶対 、アキちゃんのおとんのこと、嫌 いになってる。
でも、ないもんはない。
蔦子 さんがどんだけタイガース戦観 たくても、テレビはない。
このホテルは現世 を忘 れてくつろぐところ。テレビなんかいらん。
それが藤堂 さんの美学 なんやから。
「テレビ出せ、秋尾 」
しょぼくれていた茂 ちゃんが、やっと喋 った。
いつの間にやらソファ降 りて、舞妓 さんルックのままで、ご主人様の背後 に控 えていた狐 に、大崎 茂 は振 り返 りもせず、そう命令した。
まるでテレビ持って歩いてるのが普通 みたいな、出せて当然て感じの命 じかたやった。
せやけど狐 は珍 しく、それを渋 った。困 り顔やった。
「出せますけども、出しても映 りません、先生。アンテナ線繋 がってないから。コンセントもないですし」
テレビだけあってもなあ。そんなんも知らんのか、大崎 茂 。
テレビ売ってる会社の会長のくせして。
「朧 」
床 に座 った正座 のまま、大崎 茂 は含 みのある声で、しかし淡々 と、怜司 兄さんを呼 んだ。
テーブルの上で紙人形が、びくりとした。それはどういう意味やったんやろう。
呼 ばれた怜司 兄さんも、びくっとしてた。
自分のとこに話が向くとは、思ってへんかったんやろう。
声もたてずに、なりを潜 めて傍観 しとったのに、呼 んだらそこに居 るのがバレてまうやんて、焦 ったような青い顔やった。
大崎 茂 はそういうつもりで、わざと呼 んだんやろう。
空気読めへん訳 やない。こいつも居 るでって、アキちゃんのおとんに、一言言うてやりたかったんや。
「テレビ映 せへんか、朧 。できるやろ?」
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