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26-100 トオル

 綺麗(きれい)(ねえ)ちゃん(たち)半裸(はんら)(おど)る、そんな祭りやけども、南米のカルナヴァルは、キリスト教の祭りやねん。  (たみ)の多くが土着の神を()て、ヤハウェに帰依(きえ)した。  アメリカ大陸は南北ともに、北極海(ほっきょくかい)から南氷洋(なんぴょうよう)まで、ずずずいっと、ヤハウェの勢力圏(せいりょくけん)や。  (おど)(くる)(ねえ)ちゃんたちのエナジーも、信仰心(しんこうしん)の一種として、天界(てんかい)にいるヤハウェに徴収(ちょうしゅう)される。  まるで大農園(プランテーション)から収穫(しゅうかく)される、大量生産の穀物(こくもつ)のように。  そこにはもう、古い神のための()扶持(ぶち)はない。  細々と(かた)()がれる昔話や、生き残った呪術師(シャーマン)たちの(まつ)る、(かす)かな信仰(しんこう)の糸のほかには。  昔は中南米(ちゅうなんべい)にも、いろんな神さんが()ったんやけどな。  それを(まつ)巫覡(ふげき)も、大勢(おおぜい)おったんやけども。  昔々や。昔の話。  (おれ)はそんな過去(かこ)の栄光は、滅多(めった)()(かえ)らへんねん。  思い出しても(むな)しいだけや。今の身の(みじ)めさが(つの)る。  いつもそう言うてたやろ?  古い名を思い出したのも、それがアキちゃんの役に立てばと思うたからやで。  (おれ)(えら)い神さんやったんやでアキちゃん、そこらの(へび)とちゃうねんでって、そんな見栄(みえ)もあったかもしれへん。  (おれ)を選んで。(おれ)()れば、(ほか)の神なんか()らんやろ。  (おれ)偉大(いだい)な神やったんや。お前と連れ合う神として、不足はないはず。  そうやと思ってもらいとうて、ずっと(わす)れていたことを、ついつい思い出しちゃったんやんか。  (おれ)ってちょっと、必死すぎ。  そんなん、名前だけ思い出したところで、なんにもならへん。  水煙(すいえん)には、勝たれへん。  アキちゃんをちっとも、助けてやられへんのやもん。  おとんが発見してきた、(おれ)神格(しんかく)を上げる方法って、なに?  そんなん、あるの?  教えてよおとん、(はよ)う教えてよ!  そんなドーピングが可能(かのう)なんやったら、(おれ)にかて見込(みこ)みはあるやんか!  サンバ中継(ちゅうけい)なんか()てる場合とちゃうから!  と言いかけた(おれ)の目の前で、テレビの中のレポーター(ねえ)ちゃんが、あっと悲鳴を上げた。  それは陽気で派手(はで)なサンバの曲と、かなりミスマッチな悲痛(ひつう)な声やった。  あっ、あっ、あっ、と、お(ねえ)ちゃんは徐々(じょじょ)緊迫(きんぱく)する短い悲鳴を立て続けに上げ、テレビの画面はぐらぐら()れた。  カメラマンが動揺(どうよう)したのか、それとも地面が()れているのか。  たぶんその両方やろう。  生中継(ライブ)(わく)取りされた画面の中で、遠い異国(いこく)の街が、ぐらぐら()れていた。もうサンバどころやない。  地震(じしん)ですと、半泣きの声でレポーターが、(さけ)んでいた。  日本側のスタジオの声が、鈴木(すずき)さん、鈴木(すずき)さんと、その女の名()んでいた。  あとは悲鳴。何語ともつかない悲鳴。  そして何かが(くず)()ちる音。地響(じひび)き。それから暗転。無音(むおん)。  後に残された、生中継(ライブ)という(わく)だけが、真っ黒になった画面を縁取(ふちど)っている。  動揺(どうよう)した泳ぐ目の、スタジオの人らの映像(えいぞう)に、画面が急に()()わった。  なんかの生番組をやってたらしい。四十八時間ずっとやるやつ。  そこのスタジオには同じ色のTシャツを着た、いろんなジャンルの芸能人(げいのうじん)やらアナウンサーやらがいて、(みな)一様に、ぽかんとしていた。なんやこれ、みたいな。  司会進行役(しかいしんこうやく)やったらしい、男女二人組のアナウンサーが、鈴木(すずき)さんとかいう女の名を、まだ()(かえ)()びかけていて、それから、ふと(われ)に返ったように、リオ・デ・ジャネイロで地震(じしん)があった模様(もよう)ですと、アナウンサーらしい声で解説(かいせつ)をした。 「地震(じしん)……? 日本やのうて?」  予言(よげん)(はず)れたんやないかと、アキちゃんは思ったんやろな。(おれ)も思った。  アキちゃんは、そう(つぶや)いて、返事を求める目で、後ろに(すわ)っていた蔦子(つたこ)さんを()(かえ)った。 「日本だけやおへんのや、(ぼん)」  (けわ)しい表情(ひょうじょう)で、蔦子(つたこ)さんはアキちゃんの、問いかける目に答えてきた。  蔦子(つたこ)さんには、()えてたらしい。ずうっと前から、これから始まる一連の出来事が。 「この(たび)、天界に(のぼ)られる(りゅう)は、盲目(もうもく)なんどす。龍脈(りゅうみゃく)とかいうそうどすけども、気の流れる道筋(みちすじ)()って、三千世界(さんぜんせかい)彷徨(さまよ)っておいでや。あんたも感じたやろう。()()ぎる(りゅう)()れたんどすやろ。あんたの(ふた)を開いていったんは、その(りゅう)や」  (おれ)とアキちゃんがベッドで()()うてるときに、なんか、でっかいモンが(とお)()ぎていった。  それにシバかれてから、アキちゃんは(げき)として本格的(ほんかくてき)開眼(かいがん)してもうたんや。  しかしまさか、(りゅう)にどつかれていたとは! 「天界へ(のぼ)るための(とびら)(さが)してのたうつうちに、(りゅう)時折(ときおり)、この現世(げんせ)(あらわ)れるんどす。それがこうして、地震(じしん)やら何やらの、自然現象(しぜんげんしょう)として発露(はつろ)します。そして最終的にはまた、ここへ(もど)ってくる。この神戸(こうべ)に。(かみ)()に。ここから天へお(のぼ)りになるのや。神々のための、いと高き位相(いそう)へとな」

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