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26-102 トオル
でも、そんなん、どないして覚悟 決めんの。
たった二十一年しか生きてない若造 が、明日 死ぬって、どないして覚悟 すんの。
俺なんか一万年以上生きてんのに覚悟 でけへんわ。
何年生きようが覚悟 なんかでけへん。誰 かて死ぬのは嫌 や。
おとんはどうやって覚悟 決めたの。
自分も同じ二十一で、同じく海に呑 まれる定めやったとき。おとんは何を思ってたんや。
俺はそれを訊 きたかったけど、訊 く筋合 いでもなかった。
蛇 を殺してジュニアは生きろ言うてるオッサンに、俺がなんで口きかなあかんねん。
亨 ちゃん正直言うて、傷 ついたわ。おとんは俺のこと、式神 やとしか思うてへん。
水煙 のほうが大事なんや。
俺が死んでも、しょうがないわと思うてる。やむをえない犠牲 なんやって。
それでアキちゃん助かるんやったら、それでええわって、それがまあ、親心 ってやつか。
おとんかて、並 の親と同じで、我 が子 は可愛 いらしい。
息子を助けるために、手は尽 くしていた。
「手はないんか、アキちゃん」
ヘタレの茂 が紙に訊 ねた。
「手はあるはずや。お蔦 ちゃんの予知 では、まだ希望はあると出ている。蛇神 が鍵 や。詳 しいことは何も視 えへんらしいけど、とにかくその蛇 が、暁彦 を救う最後の希望や」
えー、俺? どないしよ。ノーアイデアやのに。
奇蹟 を起こせ俺。
奇蹟 ってどないして起こすの。
なんでもするよ奇蹟 を起こせるんやったら。誰 か方法考えて。
今すぐちょっと皆 のおかんに訊 いて。知ってるかもしれへんやん。
ダメもとでええから電話して訊 いて!
俺マジで藁 にもすがりたい想 いやねん。
思い出せ俺、奇蹟 を起こす方法を。何かないのか、昔取った杵柄 みたいな何か。
神様時代の名残 でさ、何かどっかに残ってへんのか!?
ほんまにもう、自分を逆 さにして振 りたいくらいやったで。
奇蹟 出ろ出ろ。頼 むし頑張 れ俺。頑張 ってくれ俺!
愛 しいアキちゃんのために。ふたりで永遠 にずっと幸せに生きていくために、奇蹟 を起こしてくれ俺!!
もう万策 尽 きててな、祈 るしかない。神頼 みやで。
自分自身に俺は祈 ってた。方法なんか分からんでも、信じるしかない。
まだ手はあるって、強く信じることだけが、この時俺に残された、最後の希望やってん。
「堪忍 しておくれやす。うちに、もう少しの力があれば。あとほんのちょっと先の、未来が視 えれば……」
蔦子 さんは、苦しげな、未来を透 かし視 るような目をしていた。
竜太郎 が東海(トムヘ)の王と、それの起こした大津波 を視 た、その先の未来については、壁 があるようで視 られへんのやと、蔦子 さんは話していたけども、それでもおばちゃまは、その困難 な未来視 に、ひそかに挑戦 しつづけていたようや。
それは、凍 った海に単身 、裸 で素潜 りするようなもん。
下手 がやったら命取り。
せやけど蔦子 さんはプロ中のプロや。
誰 がやっても見えへんかった、先の先のことを、ちらりと垣間見 るまでのところへは、辿 り着 いていたらしい。
せやけどそれは、凍 った水の中にうつる、ゆらめく影 のようなもん。
どれが確定的 な流れか、さっぱり読めへんのやって。
結局、予知 には限界 がある。
先が見えてもな、そのさらに先は闇 やねん。
一寸先 は闇 。それが二寸 先になるだけのことや。
「無理はあかん、お蔦 ちゃん。まだ希望はあると、それさえ分かれば充分 や。自分の人生は、自分で斬 り拓 かなあかんのやからな。そうやろう、暁彦 」
お前も同じ考えやろうと、信じているおとんの声で、秋津 暁彦 は話し、アキちゃんはそれにも、ただ頷 いていた。
「とにかく、蛇 を側 から離 すな。死を恐 れたらあかん。せやけど、死ねばええってもんやないんや、ジュニア。生きて戻 れ。生きて戻 って、お前の描 きたい絵の続きを、描 かなあかんのやで」
おとんの力強い声に、アキちゃんはただ、真顔 でこくこくと小さく頷 くだけで、ぐうの音 も出てへんかった。
いっぱいいっぱいやジュニア。
そういう俺かて、いっぱいいっぱいで、アキちゃんの背中 にがっつりしがみつくので精一杯 。
変なもんやで。ええ歳 こいた大人 や神が、紙人形のペラペラ言うとることを、真面目 な顔して聞いとんのやから。
何も知らんと見てたらアホやで。今思えばおかしい。
せやけどマジやん、その時は。
マジもマジやで、超 大真面目 。皆 さん緊張 のピークやねんから。
なんせ東海(トムヘ)の王は、今夜現 れる。
今日 という日が終わり、明日 が始まれば、それは厄災 の幕開 けや。
驚天動地 の大騒 ぎ。
吉 と出るか凶 と出るか、当たるも八卦 、当たらぬも八卦 、何がどないなるやら、さっぱりわからへん。
そんな運命の時を、皆 で膝 つき合わせて、刻々 と待っているんやからな。
「龍 は今、いずこにおわしますやろ……」
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