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26-103 トオル

 強い中にも、心細(こころぼそ)いふうな(ふる)えを(ひそ)ませた声で、蔦子(つたこ)さんが(たず)ねた。  その手を息子(むすこ)竜太郎(りゅうたろう)が、(いたわ)るように(にぎ)るのが分かった。  蔦子(つたこ)さんはその小さい息子(むすこ)の体を()きしめて、(ささ)えるような、(すが)るような、不思議(ふしぎ)抱擁(ほうよう)をした。  そして見つめた。神を見る目で。(おぼろ)のほうを。 「わからしまへんか、あんたには。怜司(れいじ)(りゅう)が今、どこにおわすか、()えへんか?」  ()えるやろって、そう(はげ)ますような声やった。  えっ。()えんの?  怜司(れいじ)兄さん、そんな能力(のうりょく)あったの?  そういえば、位相(いそう)(わた)れる神なんや。(おぼろ)様はな。  そして世界の(うわさ)をキャッチしている。  電波とか、インターネットを()()う、情報(じょうほう)の波を。  なんやそれ、すごいやん。  怜司(れいじ)兄さん、若干(じゃっかん)SFやん。  サイエンス・フィクションやないか!  俺にはさっぱりわからん、そういうサイエンスな感じの能力(のうりょく)が、怜司(れいじ)兄さんにはあるらしいで。  よかった怜司(れいじ)兄さんがいてくれて。俺やったら完全にお手上げやった。  それではよろしくお願いします!  と思って、俺がめっちゃ期待して見つめたのに、怜司(れいじ)兄さん、なんでかしらん、青い顔やった。  ふるふるって、(いや)やわあみたいに、首を横にも()っていた。  えっ。あかんやん怜司(れいじ)兄さん。そこ頑張(がんば)るとこやん。  今すぐ見せて、兄さんの特殊(とくしゅ)能力(のうりょく)。神パワー。  いつも普通(ふつう)にやってたやん。ぺらーってめくって、(となり)位相(いそう)に行ってみたり、今だってほら、コードささってないテレビついてましたやん。  すごいよ、神業(かみわざ)やからそれ。  どないしたん、急に。スランプなったん?  なんでなるねん、スランプなんか! 「できますえ。心配おへん。あんたはもう元通(もとどお)りなんやから。昔のままか、それ以上なんえ。(こわ)がらんと、力を()るってみなはれ。あんたの通力(つうりき)で、うちらを助けておくれやす」  神にすがるというよりは、蔦子(つたこ)さんの口振(くちっぷ)りは、まるで以前助けた怪我(けが)した(すずめ)を、すっかり治してやって、また空に放つときの、(やさ)しいおかんのような声やった。  大丈夫(だいじょうぶ)やから、飛んでみなはれ。  フライ・アウェイやで怜司(れいじ)兄さん。  しのごの言わんと今すぐにやれ!  何があかんねん湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)!  ここ見せ場やないか!!  せやけどな、見せたくない、理由があったのよ。  見えてんのやないかって、(こわ)かったんよ。おとんにさ。  紙人形やけども。見えてへんっぽいけど、でももしかしたら、ちょっとくらいは見えてんのかもしれへんやん、こっち側のことが。  だって、おとん人形、きょろきょろするねんもん。見えてるっぽい仕草(しぐさ)をするんやんか。  (まぎ)らわしいねん。じっとしとけ、おとん。  怜司(れいじ)兄さん、お前には見られたないんやって。  力使ってるとこ、見られんの(いや)なんやって!  なんで(いや)なん。その理由は、この後すぐに分かった。  イヤイヤ言うてた怜司(れいじ)兄さん、案外(あんがい)あっさり()れたんや。  なんでって。それもおとんや。おとんが直々(じきじき)にお願いしたから! 「(おぼろ)」  突然(とつぜん)、紙人形に()ばれて、怜司(れいじ)兄さんビクッとしてた。  なんでビクッとすんの。可愛(かわい)いんかお前は!  俺様(おれさま)に輪をかけたエロ妖怪(ようかい)のくせして、清純(せいじゅん)みたいで(くや)しいわ! 「分かるんやったら、教えてくれ。(りゅう)はいつごろ神戸(こうべ)(あらわ)れる?」  お願いしますって、命令ではない(やさ)しい口調で、おとんは言うてた。  それには怜司(れいじ)兄さん、何でかさらに青い顔になっていた。  なんか返事しようとは、思ってるらしいけど、声にならへん。  あきませんわ。(うわ)ついちゃって。  まさかと思うが、(あし)(ふる)えてんのとちゃうの。  そんな今にも失神(しっしん)しちゃいそうな怜司(れいじ)兄さんのことを、(とら)は見ていた。じいっと、(けわ)しいような顔をして。  俺、ついつい気まずうて、見ちゃった。  見なきゃええのに見ちゃった。  なんかこう、(もつ)()う赤い糸みたいなの見たくて。  (とおる)ちゃん悪趣味(あくしゅみ)?  でも見るやろ(みんな)かて。その場にいたら見るって。  絶対(ぜったい)に見る。十人中九人は見るわ。絶対(ぜったい)にそう。  たとえ悪趣味(あくしゅみ)でもや、そんな俺のおかげで(みんな)も、このとき(とら)がどんなんやったか分かるんやないか。感謝(かんしゃ)しろ。  見たくないって? ほな読み飛ばせ!  とにかく信太(しんた)は、いっとき(おぼろ)を見ていたけども、やがて、ついと視線(しせん)()らした。  俺らは知らんかったけども、怜司(れいじ)兄さんは戦後、いっぺんもまともに力を使ったことがなかったらしい。  小技(こわざ)は使うで?  (となり)の位相に行ってみたり、そんなんは怜司(れいじ)兄さんにとっては朝飯前(あさめしまえ)の初級(へん)なんや。  せやけど、この地球を包む、壮大(そうだい)情報網(じょうほうもう)(つな)がるとなると、それはそれは大変なことや。  昔ならともかく、今や地球に何人の人間がいてると思う?  七十五億人やで。  テレビやラジオやインターネット、情報網(じょうほうもう)膨大(ぼうだい)になっている。  それを網羅(もうら)しようと思ったら、とんでもないパワーがいるわ。本気で(いど)まなあかん。  本気出していこうと思ったら、それには問題があった。  (かり)姿(すがた)では無理や。

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