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26-104 トオル

 俺にも(おぼ)えはあるけども、フルパワー出していこうと思ったら、俺も人型(ひとがた)よりは、大蛇(おろち)(もど)ったほうがラク。  そうでないと無理なことは多々(たた)あるねん。  ところで怜司(れいじ)兄さんの、正真正銘(しょうしんしょうめい)ほんまもんの、正体(しょうたい)ってなに?  このお美しいモデル(なみ)姿(すがた)が、ほんまにほんまの正体(しょうたい)なん?  (ちが)うよな。それはもう、(みんな)も見たやろ。  蔦子(つたこ)さんの部屋(へや)で。怜司(れいじ)兄さんの、ホラーな正体(しょうたい)を。  (おぼろ)様は(いや)やったんや。そのおぞましい姿(すがた)を、(いと)しい暁彦(あきひこ)様に(さら)すのは(いや)やって、(こま)っていたんや。  せやけどしゃあない、その(ぼん)が、やれて言うんやしさ。  他でもない、暁彦(あきひこ)様のお願いごとや。(きき)かんでどうする。  (いと)しいお前の役に立ちたい。それが式神(しきがみ)やらいう外道(げどう)どもの心理やないか。  気の毒やったなあ。怜司(れいじ)兄さん。頑張(がんば)らはったわ。  怜司(れいじ)兄さんがその美しい、白い顔のまま、天下の大崎(おおさき)(しげる)印(じるし)の最新薄型(うすがた)テレビに()えた手を、かすかに(りき)ませると、テレビ画面に変化が(あらわ)れた。  一瞬(いっしゅん)砂嵐(すなあらし)のような、ざあっと(みだ)れた画像(がぞう)になったかと思うと、数知れない無数の画面が次々に、(あらわ)れては消え、消えては(あらわ)れ、なに言うてんのか分からんような、あちこちの異国(いこく)の言葉が、スピーカーから流れ出てきた。  それがあんまり目まぐるしく(うつ)()わるんで、たとえ一部が日本語でも、意味のある話としては聞き取られへん。  そこにはテレビだけやのうて、ラジオの音やら、船舶(せんぱく)無線(むせん)やら、果てはヒューストン宇宙(うちゅう)基地(きち)交信(こうしん)している衛星(えいせい)軌道(きどう)上の船(ラボ)からの通信や、天文台(てんもんだい)とリンクしている電波望遠鏡(でんぱぼうえんきょう)のとばす電波までもが(ふく)まれていたらしい。  怜司(れいじ)兄さんは、細大(さいだい)()らさずあっちこっちを見た。  その場にいながら、情報(じょうほう)の海をかけまわっていた。  じょじょに白熱(はくねつ)しながら。  はじめ白かっただけの(はだ)は、それ自体が()けた金属(きんぞく)でできてるみたいに、真っ白に明るく光って見えた。  ものすごい光やった。  その白い、目を焼くような人型(ひとがた)(あか)りの中に、赤黒く()けたような、髑髏(どくろ)が見えた。  (はだ)()かして、均整(きんせい)のとれた見事な骨格(こっかく)と、その中に(とら)われている、()()拍動(はくどう)する心臓(しんぞう)のような、血の(たま)が。  (みんな)驚愕(きょうがく)していて、目が(はな)されへんかった。  画面見なあかんのやけど、見てられへん。  怜司(れいじ)兄さんばっかし見てまう。  その(おそ)ろしい、おどろおどろしいような、それでいて美しい、怖気立(おぞけだ)つような、目が釘付(くぎづ)けになる()けた美貌(びぼう)と、その中にある()まわしい(ほね)とを。  おとんはそれを、見たやろか。  見えてへんかったやろか。  紙人形、ノーリアクションやった。  やがて画面のめまぐるしい明滅(めいめつ)が止まり、画面はフランス語で(しゃべ)る、パリの朝市の風景を(うつ)し出した。  日本の放送やない。ガチでフランス語。  でも心配いらん。俺はフランス語がわかる。  なんでわかんのって聞くな。昔フランスにいたんや。  怜司(れいじ)兄さんほどやないけど、(とおる)ちゃんかて多言語(たげんご)対応(たいおう)なんやで。すごいやろ?  Bonjour.(ボンジュール)と陽気に挨拶(あいさつ)をして、画面の中のフランス(むすめ)は、露天(ろてん)にうずたかく茄子(なす)やらピーマンやらを()み上げている青果店に入っていった。  おいしそうですねと、レポーターの(むすめ)っ子は、朝()りのキノコ(シャンピニオン)()めた。  (たし)かに美味(うま)そうなキノコやった。  そして、その女がなにか語り始めようとしたとき、ぼろっと、キノコの山が(くず)れだした。  ぽろぽろと、小さく丸っこい、白いキノコが、転がり落ちていく。  ゆらゆらと、露天(ろてん)(ほろ)()れていた。  地震(じしん)やと、市場の人らが(あわ)てだし、積まれたトマトやピーマンが、ごろごろと(くず)()ちていくのが、ゆらめく画面に(うつ)()されている。  街の悲鳴を、テレビカメラの収録(しゅうろく)マイクが()らえてた。  動揺(どうよう)して走る子供(こども)の声やら、(おび)えて(すわ)る、(ばあ)さんの声を。  お守り下さい神よと、(ばあ)さんは(むね)に十字を切って(わめ)いた。  それをヤハウェが聞いていたかどうかは、(だれ)にもわからへん。  そんなふうな画面が立て続けに、各地の地震(じしん)映像(えいぞう)や、速報(そくほう)として、次々にテレビに(うつ)()された。  それはほんまに地球全体を(あば)(まわ)(りゅう)のようやった。  (あらわ)れては(もぐ)り、また(あらわ)れる。  ある時はアフリカ大陸に。サファリを走るヌーの()れを見る観光客が、()れを感じたホームビデオをネットに流していた。  果てしない地平線の先に、キリマンジャロ(さん)を望む景色(けしき)(あらわ)れた、もうもうと(けむ)る、水柱(みずばしら)のような蜃気楼(しんきろう)が、その()れとともに天を()くのを。  そして(また)ある時には、アラスカでオーロラを観測(かんそく)しつつ待つテレビカメラが、クジラたちが(はげ)しく歌い、()(さお)やったはずの海水に土砂(どしゃ)()じりの黄土色が()()げるのを見た。  海底で起きた地震(じしん)に海水が()()げられ、それが船を(はげ)しく()さぶるのを。

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