679 / 928

26-105 トオル

 そしてまた別の時には、宇宙(うちゅう)から地球を見つめる観測(かんそく)衛星(えいせい)が気付いていた。  急な磁場(じば)の乱(みだ)れが地球全体を包(つつ)むのを。  それを眺(なが)めた天文台の科学者は、他(ほか)の観測所(かんそくじょ)に同時観測(かんそく)を依頼(いらい)する電話をかけた。  中国語の訛(なま)りの強い英語で、その男は話していた。  これはまるで、太陽の紅炎(プロミネンス)のようだよ。そうでなければまるで、一匹の荒(あ)れ狂(くる)う龍(りゅう)が、地球の中を暴(あば)れ回(まわ)っているみたいだなと。  それに答える声は、笑ってこう言った。アメリカ訛(なま)りの英語で。  君は詩人だな、さすがは李白(リーボウ)の国の人だよ。ではこちらでも見てみよう。その龍(りゅう)というのを。  その東洋の龍(りゅう)が、アメリカのおっちゃんには面白(おもしろ)かったんか。  おっちゃんは天文台のサイトに、その電波望遠鏡(でんぱぼうえんきょう)の画像(がぞう)を映(うつ)し出(だ)したリアルタイム画像(がぞう)を載(の)せた。  荒(あら)いコマ落ちした白黒画像(がぞう)やったけど、そのお陰(かげ)で、俺(おれ)らもそれを、じっくりと眺(なが)めることができた。  のたうちまわる東海(トムヘ)の王を。 「まだ龍(りゅう)は、いくつか離(はな)れた位相(いそう)に居(お)るわ」  紙人形が、また唐突(とうとつ)にそう言うた。  その声を聞いて、びっくりしてもうたんか、怜司(れいじ)兄さんは急に、噂(うわさ)を聞くのをやめた。  白熱(はくねつ)していた骸骨(がいこつ)が、突然(とつぜん)ふっと消えて、その場にいたのはもう元の通りの、白い肌(はだ)した美貌(びぼう)の男やった。  ただちょっと、額(ひたい)に汗(あせ)が光り、かすかに御髪(おぐし)の乱(みだ)れた感はあったけど、それは何のこと無い、人が目を背(そむ)けるようなもんではない、ちょっと色っぽいような、しどけなくも美しい、いつもの怜司(れいじ)兄さんや。 「茂(しげる)、鯰(なまず)は龍(りゅう)の到来(とうらい)を恐(おそ)れて動き出すのやろう。まずは鯰(なまず)をやっつけなあかん。龍(りゅう)の到来(とうらい)まで、どれだけ時があるかは分からんけども、一刻(いっこく)を争うのは確(たし)かや。鯰(なまず)の出現地(しゅつげんち)の予知(よち)はできてんのか」  おとんは、くそ真面目(まじめ)な声で、ヘタレの茂(しげる)と話していた。  朧(おぼろ)様にはノー・コメントや。ありがとうも何もなしやで。  そういうもんなん?  まあ確(たし)かに、大崎(おおさき)茂(しげる)も、狐(きつね)がどんだけ世話(せわ)焼いてやったかて、おおきにありがとうとは言うてへんわ。  そういうもんなんかもな、偉(えら)いご主人様というのはな!  その大崎(おおさき)茂(しげる)かて、がっつりお仕事モードやったで。 「神(かみ)の戸(と)の、岩戸(いわと)らしいわ、アキちゃん。耶蘇教(やそきょう)の天使が予言してきた。布教地(ふきょうち)・神戸(こうべ)を救済(きゅうさい)すべく、あちらも出(だ)し惜(お)しみはせんらしい」 「岩戸(いわと)て、どこや?」 「ロック・ガーデンやろうと皆(みな)は言うてる。六甲山(ろっこうさん)の中腹(ちゅうふく)にある、岩棚(いわだな)のことや」  いろいろ調べたらしい。大崎(おおさき)茂(しげる)の口調は断定的(だんていてき)やった。  霊振会(れいしんかい)には、占(うらな)い師(し)や予知者もぎょうさんいてる。  それにな、神戸(こうべ)の街中で、そこらへんの人に聞いて回ったんやって。  それかて怜司(れいじ)兄さんのコネやねんで。ラジオの企画(きかく)もんで街頭(がいとう)調査(ちょうさ)するときに、ついでに訊(き)いてもろたんやって。  神戸(こうべ)で岩戸(いわと)っていうたら、どこやと思うかって、なにげにな。  それを集計(しゅうけい)したら、ロック・ガーデンちゃうかというのが一番多かったんやって。  そのようにして、鯰(なまず)様出現(しゅつげん)ポイントは絞(しぼ)り込(こ)まれ、実はそこにはすでに、祭壇(さいだん)が組まれてあるらしい。  手際(てぎわ)がええなあ、大崎(おおさき)茂(しげる)。実はちゃんと仕事してたんや、ジジイ。  俺(おれ)らが惚(ほ)れた腫(は)れたですったもんだしてる間に。 「鯰(なまず)に食(く)わす贄(にえ)はどうする」 「お蔦(つた)ちゃんが式(しき)を出す」  極(きわ)めて事務的(じむてき)に、大崎(おおさき)茂(しげる)が答え、誰(だれ)もそれには反応(はんのう)せえへんかった。  俺(おれ)は怖(こわ)くて、アキちゃんの肩(かた)に取(と)り縋(すが)ったまま、恐(おそ)る恐(おそ)る寛太(かんた)を盗(ぬす)み見(み)た。  虎(とら)は平然として、その脇(わき)に座(すわ)ってる寛太(かんた)は朦朧(もうろう)としてた。  なんや、ぼけっとしてもうて、心ここにあらずって感じ。  青い顔して、首まで若干(じゃっかん)傾(かたむ)いてる。  あかん。やっぱあかん。やっぱ全然、平気やない。  そらそうやな。そらそうや……。  でももう見るに耐(た)えず、俺(おれ)はまた、どこを見るでもない、アキちゃんの肩(かた)らへんに目を戻(もど)してもうた。  もし寛太(かんた)とうっかり目が合いでもしたら、どんな顔したらええか、さっぱり分からんのやもん。 「すまんなあ、お蔦(つた)ちゃん。本家(ほんけ)の式(しき)を出すべきところに、なんでそんなことになったんや」  紙人形は、ほんまに済(す)まなさそうに言うた。  そんな声出せるんやないか、おとん。 「気にすることおへんえ、アキちゃん。世が世なら、うちかて本家の嫁(よめ)や。前の時には登与(とよ)ちゃんが気張(きば)ったのやし、今度はうちが。これには、うちにも考えあってのことどす。ご異存(いぞん)なければ、このままお進めください。式(しき)はすでに、うちから本間(ほんま)先生に譲渡(じょうと)してありますよって」  はんなりしてるのに、凜(りん)とした、秋津(あきつ)の女子に独特(どくとく)の語り口で、蔦子(つたこ)さんはすらすら話した。  なめたらあかん。この女は強い霊力(れいりょく)を持った巫女(みこ)やと、誰(だれ)にでも分かるような、高いとこから語りかけてくる話し方や。 「そうか……」

ともだちにシェアしよう!