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26-105 トオル
そしてまた別の時には、宇宙 から地球を見つめる観測 衛星 が気付いていた。
急な磁場 の乱 れが地球全体を包 むのを。
それを眺 めた天文台の科学者は、他 の観測所 に同時観測 を依頼 する電話をかけた。
中国語の訛 りの強い英語で、その男は話していた。
これはまるで、太陽の紅炎 のようだよ。そうでなければまるで、一匹の荒 れ狂 う龍 が、地球の中を暴 れ回 っているみたいだなと。
それに答える声は、笑ってこう言った。アメリカ訛 りの英語で。
君は詩人だな、さすがは李白 の国の人だよ。ではこちらでも見てみよう。その龍 というのを。
その東洋の龍 が、アメリカのおっちゃんには面白 かったんか。
おっちゃんは天文台のサイトに、その電波望遠鏡 の画像 を映 し出 したリアルタイム画像 を載 せた。
荒 いコマ落ちした白黒画像 やったけど、そのお陰 で、俺 らもそれを、じっくりと眺 めることができた。
のたうちまわる東海(トムヘ)の王を。
「まだ龍 は、いくつか離 れた位相 に居 るわ」
紙人形が、また唐突 にそう言うた。
その声を聞いて、びっくりしてもうたんか、怜司 兄さんは急に、噂 を聞くのをやめた。
白熱 していた骸骨 が、突然 ふっと消えて、その場にいたのはもう元の通りの、白い肌 した美貌 の男やった。
ただちょっと、額 に汗 が光り、かすかに御髪 の乱 れた感はあったけど、それは何のこと無い、人が目を背 けるようなもんではない、ちょっと色っぽいような、しどけなくも美しい、いつもの怜司 兄さんや。
「茂 、鯰 は龍 の到来 を恐 れて動き出すのやろう。まずは鯰 をやっつけなあかん。龍 の到来 まで、どれだけ時があるかは分からんけども、一刻 を争うのは確 かや。鯰 の出現地 の予知 はできてんのか」
おとんは、くそ真面目 な声で、ヘタレの茂 と話していた。
朧 様にはノー・コメントや。ありがとうも何もなしやで。
そういうもんなん?
まあ確 かに、大崎 茂 も、狐 がどんだけ世話 焼いてやったかて、おおきにありがとうとは言うてへんわ。
そういうもんなんかもな、偉 いご主人様というのはな!
その大崎 茂 かて、がっつりお仕事モードやったで。
「神 の戸 の、岩戸 らしいわ、アキちゃん。耶蘇教 の天使が予言してきた。布教地 ・神戸 を救済 すべく、あちらも出 し惜 しみはせんらしい」
「岩戸 て、どこや?」
「ロック・ガーデンやろうと皆 は言うてる。六甲山 の中腹 にある、岩棚 のことや」
いろいろ調べたらしい。大崎 茂 の口調は断定的 やった。
霊振会 には、占 い師 や予知者もぎょうさんいてる。
それにな、神戸 の街中で、そこらへんの人に聞いて回ったんやって。
それかて怜司 兄さんのコネやねんで。ラジオの企画 もんで街頭 調査 するときに、ついでに訊 いてもろたんやって。
神戸 で岩戸 っていうたら、どこやと思うかって、なにげにな。
それを集計 したら、ロック・ガーデンちゃうかというのが一番多かったんやって。
そのようにして、鯰 様出現 ポイントは絞 り込 まれ、実はそこにはすでに、祭壇 が組まれてあるらしい。
手際 がええなあ、大崎 茂 。実はちゃんと仕事してたんや、ジジイ。
俺 らが惚 れた腫 れたですったもんだしてる間に。
「鯰 に食 わす贄 はどうする」
「お蔦 ちゃんが式(しき)を出す」
極 めて事務的 に、大崎 茂 が答え、誰 もそれには反応 せえへんかった。
俺 は怖 くて、アキちゃんの肩 に取 り縋 ったまま、恐 る恐 る寛太 を盗 み見 た。
虎 は平然として、その脇 に座 ってる寛太 は朦朧 としてた。
なんや、ぼけっとしてもうて、心ここにあらずって感じ。
青い顔して、首まで若干 傾 いてる。
あかん。やっぱあかん。やっぱ全然、平気やない。
そらそうやな。そらそうや……。
でももう見るに耐 えず、俺 はまた、どこを見るでもない、アキちゃんの肩 らへんに目を戻 してもうた。
もし寛太 とうっかり目が合いでもしたら、どんな顔したらええか、さっぱり分からんのやもん。
「すまんなあ、お蔦 ちゃん。本家 の式(しき)を出すべきところに、なんでそんなことになったんや」
紙人形は、ほんまに済 まなさそうに言うた。
そんな声出せるんやないか、おとん。
「気にすることおへんえ、アキちゃん。世が世なら、うちかて本家の嫁 や。前の時には登与 ちゃんが気張 ったのやし、今度はうちが。これには、うちにも考えあってのことどす。ご異存 なければ、このままお進めください。式(しき)はすでに、うちから本間 先生に譲渡 してありますよって」
はんなりしてるのに、凜 とした、秋津 の女子に独特 の語り口で、蔦子 さんはすらすら話した。
なめたらあかん。この女は強い霊力 を持った巫女 やと、誰 にでも分かるような、高いとこから語りかけてくる話し方や。
「そうか……」
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