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三都幻妖夜話(3)神戸編 26-108 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
26-108 トオル
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
682 / 928
26-108 トオル
信太
(
しんた
)
は何でもないように立ち上がり、
座
(
すわ
)
る
他
(
ほか
)
の連中をよけて、
突
(
つ
)
っ
立
(
た
)
ってる
怜司
(
れいじ
)
兄さんの
傍
(
そば
)
まで行った。 そして、いつも
寛太
(
かんた
)
にしてやってるみたいに、
痛
(
いた
)
そうな顔してる
怜司
(
れいじ
)
兄さんの頭を、自分の
肩
(
かた
)
に
抱
(
だ
)
き
寄
(
よ
)
せていた。
寛太
(
かんた
)
はぼうっとしたまま、それを見ていた。 こいつも今ちょっと、おかしいみたいやった。 「
怜司
(
れいじ
)
、血、出とうで。お前の大事なもんなんやろ。ちゃんと
仕舞
(
しま
)
っとかなあかんやんか」
抱
(
だ
)
き
寄
(
よ
)
せた
怜司
(
れいじ
)
兄さんの耳に、
信太
(
しんた
)
は言い聞かせるように
囁
(
ささや
)
いていた。 「
信太
(
しんた
)
。俺、
振
(
ふ
)
られてもうたわ。
暁彦
(
あきひこ
)
様に、
捨
(
す
)
てられた」
信太
(
しんた
)
の
肩口
(
かたぐち
)
におとなしく顔を
埋
(
う
)
めて、
怜司
(
れいじ
)
兄さんは言うてた。
籠
(
こ
)
もったふうな、
悲痛
(
ひつう
)
な声やった。 「そんなことない。お前の
考
(
かんが
)
え
過
(
す
)
ぎや」
髪
(
かみ
)
が
乱
(
みだ
)
れんのもかまわず、
信太
(
しんた
)
は
怜司
(
れいじ
)
兄さんの頭を、よしよししてやっていた。いつも
寛太
(
かんた
)
にしてやってるみたいに。
怜司
(
れいじ
)
兄さんもそれに、
文句
(
もんく
)
は言わんかった。 ただ
信太
(
しんた
)
の
囁
(
ささや
)
く声を、聞いているだけやった。
胸
(
むね
)
を
押
(
お
)
さえている
怜司
(
れいじ
)
兄さんの指を
覆
(
おお
)
って、
信太
(
しんた
)
は流れ落ちる血を止めようとしてるみたいやった。 たぶんそれが
怜司
(
れいじ
)
兄さんの
命綱
(
いのちづな
)
やからや。 その血を失ったら、消えてまうんやないか、
朧
(
おぼろ
)
様は。 この人にはもう、その愛のほかに、この世に
在
(
あ
)
るための理由はないんや。 「さっき、
明日
(
あした
)
には
戻
(
もど
)
るて言うてはったやんか。聞こえてたやろ。
明日
(
あした
)
になったら会えるんやで。会いたかったんやろ、
暁彦
(
あきひこ
)
様に」
噛
(
か
)
んで
含
(
ふく
)
めるように、
信太
(
しんた
)
は話した。
怜司
(
れいじ
)
兄さんはぼんやり
虚
(
うつ
)
ろな目で、それを聞いてた。 「会いたかった」 あっけないほど
素直
(
すなお
)
に、
怜司
(
れいじ
)
兄さんはそう答えてた。 いつもなら
絶対
(
ぜったい
)
、
可愛
(
かわい
)
げあることなんか言わんくせに。
信太
(
しんた
)
の口元がそれに、
苦笑
(
くしょう
)
すんのが見えた。 「ほな良かったやん。なんも
困
(
こま
)
ったことないで。酒飲んで
煙
(
けむり
)
吸
(
す
)
って歌うたお。そんなんしてたら、すぐ
明日
(
あした
)
になるで。良かったなあ
怜司
(
れいじ
)
。そうや
夜来香
(
イェライシャン
)
歌ってよ。
暁彦
(
あきひこ
)
様が好きやったんやろ」 元気出せよと
信太
(
しんた
)
が
促
(
うなが
)
すと、
怜司
(
れいじ
)
兄さんはぼけっとしたまま、こくこくと小さく
頷
(
うなず
)
いていた。 そして何も深くは考えてへんような目で、じっと間近に
信太
(
しんた
)
を見つめた。 「
信太
(
しんた
)
、
今日
(
きょう
)
いっしょに
寝
(
ね
)
てくれ。気持ち良うしたるから、一
晩
(
ばん
)
いっしょにいて」 「俺を
口説
(
くど
)
かんといて。今夜は
寝
(
ね
)
られへんのやで。
徹夜
(
てつや
)
で
宴会
(
えんかい
)
なんやもん。
忘
(
わす
)
れたか?
忘
(
わす
)
れたらあかんで、お前の仕事なんやろ?」
苦
(
にが
)
み
走
(
ばし
)
った
笑
(
え
)
みで、
信太
(
しんた
)
は
拒
(
こば
)
んだ。 せやけどこれが、
神事
(
しんじ
)
を
控
(
ひか
)
えた
潔斎
(
けっさい
)
の日ではなく、
誰
(
だれ
)
もおらん
二人
(
ふたり
)
きりの
部屋
(
へや
)
やったら、
信太
(
しんた
)
はそれを
拒
(
こば
)
めたやろか。 「そうやったわあ……歌うたうねん」 ぼんやり答える
朧
(
おぼろ
)
に、
信太
(
しんた
)
はうんうんて、
頷
(
うなず
)
いてやっていた。 「これ、もらっとけ。お守り代わりに」 よいしょ、と身を
屈
(
かが
)
めて、
信太
(
しんた
)
はコーヒーテーブルの上にあった、人型の紙切れをとった。 それには
秋津
(
あきつ
)
暁彦
(
あきひこ
)
と書いてあった。 ついさっきまで、おとんの声で
喋
(
しゃべ
)
っていた紙や。 それを
手渡
(
てわた
)
す
信太
(
しんた
)
から、受け取った
怜司
(
れいじ
)
兄さんの指は、血まみれやった。 それでも、にっこりとして、
怜司
(
れいじ
)
兄さんはほんまに
嬉
(
うれ
)
しそうに笑って言った。 「
暁彦
(
あきひこ
)
様の字やわ」 「そうか。字の
上手
(
じょうず
)
な人やな。これ
胸
(
むね
)
に入れとけ。もう
痛
(
いた
)
くならんようにな」
信太
(
しんた
)
に
促
(
うなが
)
されて、紙切れを
懐
(
ふところ
)
に
仕舞
(
しま
)
うと、
怜司
(
れいじ
)
兄さんはうっとりとした。
綺麗
(
きれい
)
な
微笑
(
ほほえみ
)
やった。 それで満足してもうたんか、
怜司
(
れいじ
)
兄さんは
押
(
お
)
しのけるようにして、
信太
(
しんた
)
の
胸
(
むね
)
から
逃
(
のが
)
れた。 「俺、歌うたお……」 楽しそうに言うて、
怜司
(
れいじ
)
兄さんはふらふらと、元の席へと
引
(
ひ
)
っ
込
(
こ
)
んでいった。 ぞんざいに
押
(
お
)
しやられても、
信太
(
しんた
)
は全然、気を悪くしてへんみたいやった。 うんうん、て、にっこり
頷
(
うなず
)
いてやって、それからぺたんて、へたるみたいに、俺とアキちゃんが
抱
(
だ
)
き
合
(
あ
)
ったまま
硬直
(
こうちょく
)
してた横へ来て
座
(
すわ
)
り、はあ、と深いため息をついた。 「びびるわ、毎回。
怜司
(
れいじ
)
のあれには」 小声でぼやくみたいに、
信太
(
しんた
)
は
愚痴
(
ぐち
)
った。 俺らはそれを引き続き
硬直
(
こうちょく
)
して聞いていた。 「でも
可愛
(
かわい
)
いですよね。あっちが
正気
(
しょうき
)
のほうやったらええのにな。そう思いません?」
自嘲
(
じちょう
)
したふうに笑い、
信太
(
しんた
)
はアキちゃんに
訊
(
き
)
いてるらしかった。 せやのにアキちゃん、いろいろ気まずすぎて、うんともすんとも言われへんようになっていた。 くっ、と
困
(
こま
)
った息を
漏
(
も
)
らしただけで、何も言わずじまい。
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椎堂かおる
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