684 / 928

26-110 トオル

 そう言われて見ると、(たし)かにそのシャツやった。  ほんならランドリーの人ら、頑張(がんば)って(そで)()()き成功させたんやわ。  結局また血まみれなってもうてるけど。それでももう、怜司(れいじ)兄さん気にしてへんみたい。着替(きが)えには(もど)らへんみたい。 「するわけないですよね、(のこ)()なんて。だって何年前の服やねん。洗濯(せんたく)かてしてるんですよ。洗剤(せんざい)(にお)いしかしないですよ。でも、するって言うとう。あいつ頭おかしいんですよ。おかしいんです。……でも、それが夜来香(イェライシャン)やろ、先生。ほんまはそんな(にお)いなんかせえへんのに、あいつは(おぼ)えとうのや。暁彦(あきひこ)様の(にお)い」  ああ、まあ、(たし)かにな。アキちゃん(もも)みたいな(にお)いするもん。  (にお)いというか、オーラというかな。神仙(しんせん)の世界の香気(こうき)やで。ええ(にお)い。  それに()かれて(ねむ)ると、めっちゃ幸せ。いい気分。  たとえそれが、(みなぎ)霊力(れいりょく)仕業(しわざ)やのうても、好きな相手の(はだ)(にお)いやで。  それと()()うて(ねむ)るのが、何より幸せ。天国や。  俺にはそれが分かるけど、怜司(れいじ)兄さんにもあるの。そういう経験(けいけん)。  そら、あるやろな。  暁彦(あきひこ)様は怜司(れいじ)兄さんの祇園(ぎおん)の家に、時々()(びた)ってたんやもんな。 「結局あいつは俺が好きやったことなんか一度もないんですよね。(こま)った時だけ信太(しんた)信太(しんた)で、俺は手玉(てだま)に取られてたんですよ。でもまあ、それはええねん。勝手に(だま)されてた俺がアホやったんです」  (いた)い話をくよくよもせず言うて、信太(しんた)はアキちゃんに何か、言いたい話があるらしかった。  アキちゃんは俺を背中(せなか)()きつかせたまま、うんともすんとも言わずに、真面目(まじめ)な面(つら)してそれを聞いてた。 「けどね先生。俺はあいつが可哀想(かわいそう)やったんですよ。(みじ)めやろう。あのままやと」  信太(しんた)は歌う怜司(れいじ)兄さんを見てたけど、アキちゃんはそんな信太(しんた)の横顔を、じっと見ていた。 「先生のお父さんに、言うといてください。水煙(すいえん)に、心があるっていうんやったら、怜司(れいじ)にもあるでしょ。ぶっ(こわ)れてもうてるけど、でも、あるやんか。()てんといてやってください。(ほか)(だれ)かやと、あかんねん、あいつは。暁彦(あきひこ)様でないと……そう、言うといてください。よろしくお願いします」  信太(しんた)のそれは遺言(ゆいごん)か。  アキちゃんは、その話を聞くと、こちらを見ていないような信太(しんた)に、しっかり(うなず)いてやっていた。  すると信太(しんた)は、にやっと笑った。  ちょっと苦いような、照れたような、(みょう)()みやった。 「()ずかしいわあ。こんな話してもうて。(みな)さんご(らん)のとこで、()()うたりして。寛太(かんた)怒ってるかなあ。怒ってると、ええんやけど……あいつ怒らへんのですよね。俺のこと、好きやないんかな」  (こま)ったように、信太(しんた)()れていた。  お前……(にぶ)いんちゃう?  気は()くようでいて、実はめちゃめちゃ(にぶ)い男なんとちゃう?  鳥さん、(おこ)ってるかなあ……って?  そんなん心配する前に、鳥さんが絶命(ぜつめい)してないか心配しろ。  ただでさえ(かげ)(うす)状態(じょうたい)なっててな、その上、あんなん目の前でやられてもうたら、(へこ)んで(へこ)んで、もう死んでるかもしれへんで。  ちゃんとこの世に()るかどうかをまず確認(かくにん)しろ。  俺は(こわ)くて見られへんから、お前が自分で見ろ!  そんな俺の心が分かってもらえたんかなあ。信太(しんた)寛太(かんた)のいるほうを、なにげに()(かえ)って見ていた。  そして、どないしてんお前みたいに、曖昧(あいまい)()みになっていた。  笑ってるということは、鳥さん生きてんねんや。とりあえず()ることは()るんや。  それで俺もちょっと余裕(よゆう)ができまして、こっそり寛太(かんた)()(かえ)ってみた。  寛太(かんた)蔦子(つたこ)さんの(ほか)式神(しきがみ)たちに()じり、めっさ似合(にあ)わんお仕着(しき)せの狩衣(かりぎぬ)姿(すがた)で、ちんまり小さく(すわ)っていた。  その、俺の心も今ズタボロやみたいな、気の毒そのものの(つか)()てた顔のまま、寛太(かんた)はぐったり信太(しんた)と見つめ合っていた。  若干(じゃっかん)涙目(なみだめ)やったけど、(たし)かに怒っているようではなかった。  寛太(かんた)が怒ってるとこ、見たこと無い。  いつも、ぼやっとしてて、ぽやーん、としてて、ほにゃーん、みたいな。とにかく、ぐにゃっとしてる。  上の空というか。腑抜(ふぬ)けてるというか。ちょっと変。  あいつが(はげ)しい感情(かんじょう)(あら)わにしたとこなんか、見たことない。  せいぜいが最近の、兄貴(あにき)が大好きすぎて(こま)っちゃう、熱く()えてる時くらい。  それかて、大きな進歩やってんで。(とおる)ちゃんのお(かげ)で。  この俺様(おれさま)のお陰様(かげさま)でやな、あいつも自分というものを、外に出していけるようになってきてたんやないか。  (とら)はぶっちゃけ(にぶ)いけど、寛太(かんた)(にぶ)いわけやない。  あれで結構(けっこう)繊細(せんさい)(やつ)やねんで。  中ではいろいろ感じてる。  そうやなかったら、(とら)とセックスして泣くわけないやん。

ともだちにシェアしよう!