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26-111 トオル

 寛太(かんた)はただ、我慢(がまん)しとんねん。  兄貴(あにき)(きら)われたくなくて。  自分のこと、好きになってほしくて、俺のほうがええよって、アピールしてんのや。  兄貴(あにき)好みのアホにもなれるし、(だれ)かさんみたいに、キレて怒鳴(どな)ったりせえへん。  八つ当たりもせえへん。(ほか)の男に死ぬほど()れてたりもせえへん。  (かみ)()ぐしゃぐしゃにしても文句(もんく)言わん。  ()かて兄貴(あにき)より全然小さい。  それでいて見た目は(おぼろ)風味(ふうみ)。  どうや、俺のほうがええやろ、って、そんな浅知恵(あさぢえ)やねん。  健気(けなげ)というかな。俺に言わせりゃ、それはそれでアホ。  コピーがオリジナルに勝てるわけないやん。  自分のネタで勝負せな。  それやと結局(けっきょく)いつまでたっても、お前は(おぼろ)様の代用品(だいようひん)で、信太(しんた)兄貴(あにき)(わす)れへん。好きやったけど(なび)いてくれへんかった、湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)のことを。  (はら)が立ったら怒ればええねん。  (よう)ちゃんみたいに。殺すぞゴルァ言うたればええねん。  お前にしかない独自(どくじ)魅力(みりょく)(せま)ればええねん。  (ほか)のやつなんか関係あらへん。  別れた元彼(もとかれ)なんかな、関係あらへんねん。  ガツーン言ってやれ鳥さん。時には怒れ。  てめえはよくも俺の見てる目の前で、(ほか)のやつといちゃつきやがったな。(ゆる)せへん。  俺の気持ちも考えろ。  そんなもんを(おが)まされて、俺がどんだけつらかったか、お前にはこの(むね)(いた)みがわからへんのか。  なんでわかってくれへんねん。ひどいわ兄貴(あにき)って、(いか)(くる)うか泣きわめくかしてみろ。  一遍(いっぺん)だけでもええねん。  たぶん信太(しんた)はそれを待ってる。  人間もやけど、外道(げどう)もそうやねん。無い物ねだりや。  恋愛(れんあい)なんて(だれ)でもそうやろ。  愛されてるという、手応(てごた)えが()しいんや。  好きや好きやだけでは足りへん。  お前が俺に本気やという、(あかし)()しいねん。  (はげ)しい情熱(じょうねつ)が。  それを見せてくれって、思ってまう時もあるんや。  (とら)はわがまま?  まあ、そうや。そうやけど、(とら)は心配やったんや。寛太(かんた)のことが。  いつも、ぼやっとしてて、おかしい時の(おぼろ)様みたい。  もしかして、鳥がそんなふうなのは、自分のせいやないかって、(にぶ)いなりに、信太(しんた)も感付いてはいたんや。  そしてそれが、赤い鳥さんの本性(ほんしょう)ではないことも、(とら)見抜(みぬ)いていた。  いわばそれは幼鳥(ようちょう)(ころ)の、擬態(ぎたい)みたいなもん。  和毛(にこげ)()いで、鳥はほんまもんの不死鳥(ふしちょう)に成長せなあかん。  そうでないと、生きていかれへん。  信太(しんた)が生きてようが死のうが、それは変わらん。  このまま行くと、鳥さんはいずれ()える。そういう定めなんや。  ここらで一発、逆転(ぎゃくてん)しとかんと、寛太(かんた)に未来はないんやで。  目覚めるべき時や、神戸(こうべ)不死鳥(ふしちょう)として。 「寛太(かんた)、しょんぼりしとうわ。(そば)についててやってもいいでしょうか」  礼儀正(れいぎただ)しく信太(しんた)()くと、アキちゃんは(うなず)いた。  かまへん、というか、むしろそうしろみたいな感じで。  一礼(いちれい)して、立ち去る信太(しんた)を見送ってから、やっと声が出たように、秋尾(あきお)が言うた。 「本間(ほんま)先生……(おぼろ)ちゃん、おかしいわあ。昔はあんなん、無かったですよ。おかしなってる。可哀想(かわいそう)やわ。なんとかしてやってください」  舞妓(まいこ)姿(すがた)(そで)で、口元を(おお)って話す秋尾(あきお)の顔は、心底同情(どうじょう)している表情(ひょうじょう)やった。  秋尾(あきお)はほんまに(おぼろ)とは、気が()うたらしい。  どことなく、()たモンどうしやったんやろか。 「あんまりおかしなると、外道(げどう)人界(じんかい)(あだ)を成すようになることもある。そしたら()って()てなあかんようになるで、(ぼん)(おぼろ)は力をつけただけに、放置(ほうち)はできひん」  (おど)すみたいに(ひざ)()めて、大崎(おおさき)(しげる)真剣(しんけん)そのものの面(つら)で言うていた。  アキちゃんは素直(すなお)にそれに、びびったみたいやった。 「そんな殺生(せっしょう)な、先生」  (なみだ)ぐみそうな風情(ふぜい)で、秋尾(あきお)(あわ)れっぽい声を出してた。  それがなおいっそう、お気の毒そうなムードを高めた。 「どっ……どないせえ言うんですか」  アキちゃん、どもってる。やっと(しゃべ)れたのに、力入りすぎやから。 「どないもこないも無いわ。お前が(おぼろ)(あるじ)なんやろ。ご自慢(じまん)の、伝家(でんか)通力(つうりき)で、(おぼろ)(しん)まで(たら)()むか、それができひんのやったら、アキちゃんに返せ」  ()()るアキちゃんに鼻を()せ、大崎(おおさき)(しげる)は、それしかないというふうに、断言(だんげん)していた。 「返すて、返せんの!?」  アキちゃん、びっくりしてた。  そら返せるやろ。蔦子(つたこ)さんがお前に(ゆず)れたんやから。  お前もおんなじことして、おとんに怜司(れいじ)兄さんを返せばええんやないか。  おとんは明日(あした)、ここへ(もど)ってくるて言うてんのやから。  というか、返せ。もう()らんやろ、(おぼろ)様。  もともと、(なまず)(えさ)いるわということで、式(しき)になってもろたんやろ。  ()(にえ)にはもう信太(しんた)が行くんや。怜司(れいじ)兄さんキープしとく必要ないやないか。  ちゃんと返してきなさい! 「アキちゃん次第(しだい)やけどな。()らんもんを()しつけることはでけへんのや。(あるじ)が望んで、式(しき)もそれに(おう)じるんでないとな」

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