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26-116 トオル
俺の歌、そんなに良かった?
やめてよ、その、お前の歌聴 いてたら分かったみたいなリアクション。
そんなに情感 こめてへん。
こめてた? 愛がみなぎりまくりやった?
そんなん言われたら亨 ちゃん恥 ずかしいわ!
よかった日本語で歌うのやめといて。フランス語で歌った今でさえ、なんやアキちゃんを正視 でけへん恥 ずかしさがある。
自分ひとりだけ、アキちゃん好きやで独自 の世界いっちゃってるような気がして、アキちゃん引いてんのとちゃうかなってビビってまうわ。
そんなこんなで、アキちゃんの傍 に戻 りづらくなって、俺がDJブースでもじもじしてると、狐 の舞妓 がグラスに入れた何かを、怜司 兄さんに差し出してやっていた。
「はい。朧 ちゃん。これ、京都の水やで」
にっこり可愛 い舞妓 姿 の秋尾 から、伏見 の水を受け取って、怜司 兄さんはそれをちびちび飲んだ。
「懐 かしいわあ……」
「帰ってきたらええやん、朧 ちゃん。また祇園 で遊んだり、貴船 で鮎 食ったりしよう。のんびりして、美味 いモン食うて、楽しく遊んでたら、きっと元通りになるよ」
「俺、そんなに変やった?」
哀切 な口調 の秋尾 にたじろいで、怜司 兄さんが訊 くと、狐 の舞妓 は長い振 り袖 の中の襦袢 を引 っ張 り出 してきて、目頭 の涙 を拭 い、洟 をすすった。
「うん、変やった。僕 でできることあったら、何でもするし、何でも言うてね」
「ありがとう。そんなに変やったんかなあ……」
悩 んでいるふうな怜司 兄さんは、自分が変やった瞬間 のことは憶 えてないみたいやった。
信太 のことも、憶 えてない。
この時、怜司 兄さんを救 ったんは、たぶん信太 やったんやろうけど、怜司 兄さんな、それを一ミリも憶 えてないねん。
後で話しても、信太 のシの字も、話に出てけえへん。
調子 ええなあ、怜司 兄さん。
自分はおとんに踏 みにじられてるかもしれへんけど、自分も信太 を踏 みにじっている。
困 った時だけ虎 頼 み。それはほんまに、そうなんかもしれへんなあ。
それでも信太 は、別にかまへんのやって。
そんなんもう、とっくの昔に、突 き抜 けてもうてるねんて。
この時も信太 はもう、俺関係ないしみたいな面(つら)をして、ふらふらなってる鳥さんの横に座 ってやっていた。
一段 高い席から見ると、それがよう見えた。
朦朧 と目の遠い寛太 の手を、信太 がぎゅっと握 ってやってんのが。
それは守るというよりは、励 ますような手やった。
巣立ちの枝先 まで連れていき、さあ飛べと押 し出 すような。
「さあ、仕事せなあかんわあ」
ものすご立ち直ったふうに見える怜司 兄さんが、俺んとこにやってきた。
俺が怜司 兄さんの席に座 っているせいやった。
「もっと歌うか、亨 ちゃん。シャンソン?」
怜司 兄さんは俺に、席を譲 れとは言わず、自分はそこらの機材のはしっこに、腰掛 けていた。
長いおみ足の、九頭身くらいあるナイスバディなんやから、どこに座 ろうと様 になる。
俺はそれを少々の劣等感 を味わいつつ、じとっと見上げた。
「もうええよシャンソン。別に好きな訳 やないもん。あんたが歌え言うから歌っただけやんか」
「それにしちゃ上手 かったやん。歌詞 もばっちりやったし。フランス語も上手 いなあ。住んでたん?」
「そんなん訊 かんといて。アキちゃんにかて話してへんのに」
だっていろいろ話したら、アキちゃん幻滅 するような話ばっかりなんやもん。俺の素性 なんてさ。
そういうのも全部、まさかおとんは調べてきてんのやろか。
ほんでそれを全部、明日 アキちゃんに話すつもりなんか。
それもあってな、俺は暗い気分やったんや。
こいつはお前の思うてるような、小綺麗 な神やない。落ちぶれ果てた悪魔 やで。
やめとけ、龍 にでも食 わしとけ。
これより水煙 のほうが、どんだけいいか知れへんでって、おとんとおかんが二人 がかりで言うたら、アキちゃんどないすんのやろなあ。
「好きなん、先生のこと」
今さら訊 くななことを、怜司 兄さんはにこにこ俺に訊 いてくださっていた。
返事すんのも気恥 ずかしいて、俺はうんうんて、面倒 くさそうに頷 いておいた。
「お前と、行き着くとこまで行ってみたいて、本間 先生話してた。好きなんやって、亨 ちゃんのこと。信じてるんやって、守護神 やから、守ってくれるって」
にこにこして、怜司 兄さんは教えてくれた。
「そんな話いつしてん」
照 れ隠 しで、俺はぶつぶつ話していた。
「内緒 」
淡 い笑 みで言う怜司 兄さんは、俺に借 りがあるくせに、むっちゃ意地悪 かった。この恩知 らず!
「ええなあ、亨 ちゃんは。そんなふうに思ってもらって。俺ももっと、信じてもらいたかったわあ。いっしょに戦って、いっしょに死にたかった。あいつがもっと俺を、必要としてくれてたら」
なんでそんな話、俺にすんの。気まずいやん、怜司 兄さん。
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