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26-118 トオル
かつて我 が身 を捨 てて、ヒロシマを救おうとした神が、どうでもええねんと言うていた。
怜司 兄さんは神になりとうて、それをやったわけやない。
俺にはそれも、なんでか、よう分かっていた。その気持ちが。
「暁彦 様、俺のこと、ときどき、雀 ちゃんて呼 ぶんや」
二人 っきりのときだけな。アホみたいやろ。でもそれが、可愛 いねんて。怜司 兄さんは、照れくさそうに言うていた。
ほんまは俺と兄さんの、内緒 の話なんやけど、皆 にはしゃあない、教えるわ。
「来たで、雀 ちゃんて、あいつが戸口 に立ってんのを見ると、幸せやってん。それを待ってさえいれば、イイ子にしてられた。ただそれが、ずうっと続けばええなあと、思ってただけで。大義 とか、神とか、そんな難 しいことは、俺にはわからへん。ただずっとあいつと、いっしょに居 りたかってん。俺のお月さんと」
それがそんなに、悪いことやったんやろか。
そう言う怜司 兄さんは、自分がいま不幸なのは、自分に罪 があったせいやと、思ってるようやった。俺のせいやと。自分が悪かったんやと。
でも、それは、そうやろか。果たして誰 かが悪かったんやろか。
そういう時代やったんどすと、いつも言うてた秋津 のおかんのことが、ふと俺の頭をよぎって消えた。
そうやな。おかん。時代が悪かったんやなあ。
誰 かのせいでこうなった訳 やない。
そんな時代でなかったら、一体、どうなっていたんやろう。
そう思って、失われた時が戻 るわけやないけど。
それでもまだ希望はあるんやないか。
「亨 ちゃんは先生と、ずっと一緒 に居 りや」
にこりとして、怜司 兄さんは俺をそう、励 ました。
俺はただそれに、こくりと頷 いただけやったけど、内心ではふつふつと、こう思っていた。
まだ終わりやない。
諦 めるのはまだ早い、兄さん。
これで終わりと思うなよ!
俺は幸運の蛇 さんや。
俺はもちろん俺とアキちゃんを救うけど、ついでにお前も救うたる。
水煙 も、しゃあないからついでにワンワンも、救ってやるぜ。
宛 はないけど、何とかしたる。
皆 、黙 って俺について来い!
というふうに、とりあえず決意はしたけどやな。
問題は具体的にどうするかやないか。そこや。そこが一番肝心 なんや。
どないしよ?
えっ。亨 ちゃん実は何かアイデアあるんやろうって?
ないよ。ないて言うてるやん。ありません。ノー・プランやからマジで。ヤバいかなこれ。
けど、ほら。蔦子 おばちゃま言うてるし。蛇 が鍵 やって。
俺がアキちゃんを救ってやれるんやって。
それはつまり、ハッピーエンドってことやん。
俺さえいれば大丈夫 。これはもう運命なんや。
なんというても的中 率 99%くらいの予言者 、海道 蔦子 がそう視 たんや。間違 いない。
俺はそう、信じることにした。
きっとみんな、丸く収 まる。
絶対 に諦 めず、少しでも明るいほうへと、這 い進む根性 汚 さで、いつかはきっと、幸せになれる。
俺もきっと、とうとう幸せに。
「なに言うてんの怜司 兄さん。そんなん当然やから。お前も影 薄 いけど大丈夫 か。死んだら負けやで。絶対 にあかんで。これは命令やしな。今は俺のほうが偉 いんやろ。ご主人様も同然 や。その俺様 が言うんやからな、絶対 従 え。なにがなんでも生 き延 びろ。絶対 、俺がなんとかしたるから……」
ポチを毟 りながら、俺がくどくど言うと、怜司 兄さんは笑った。
力無いけど優 しい、ぼんやり霞 む朧月 のような、綺麗 な白い顔やった。
「ええ子やなあ、お前は」
しみじみと、そう褒 めて、怜司 兄さんはそれきり黙 った。
俺に言いたいことは、もう無いらしかった。
そこどいてって、俺に席を替 わらせて、仕事に戻 った。
なんせ今夜は宴会 で、眠気覚 ましの歌 比 べ。のど自慢 の神様たちの、カラオケ大会やねん。
明日 をも知れん身の上やのに、ようそんなアホみたいなことするわ。
それでも明日 をも知れん身やからかな。この異界 にお集まりの皆様 は、今夜の酒食 と歌を、ほんまに楽しんでいるようやった。
今生 最後の大宴会 や。せいぜい飲んで食って、歌 うとて、踊 って騒 いで楽しんで、心残りのないように。
なんと賞品も出るから。
霊振会 会長・大崎 茂 が独断 と偏見 で選んだ優勝者 には、アキちゃん謹製 ・京都タワー型霊水 飴 がもらえちゃうから。
食いにくい事この上ない。
せやけど、なんというても霊力 の塊 や。食いでがあるわって、外道 ども大喜びやった。
とにかく騒 いだ。みんなアホになったように。
猛烈 な勢 いで温泉 卓球 してる人らもいたし、猛烈 な勢 いで百人一首 やってる人らもいた。
腕 が三セットもある漆黒 の肌 の美女なんか美少年なんか謎 な、外国の精霊 っぽいやつが、バリ島のダンスみたいなんを踊 りまくり、狐 の舞妓 はこの世の未練 を断 ち切 るために、浴びるほどいなり寿司 を食っていた。
かつて我 が身 を捨 てて、ヒロシマを救おうとした神が、どうでもええねんと言うていた。怜司 兄さんは神になりとうて、それをやったわけやない。俺にはそれも、なんでか、よう分かっていた。その気持ちが。
「暁彦 様、俺のこと、ときどき、雀 ちゃんて呼 ぶねん」
二人 っきりのときだけな。アホみたいやろ。でもそれが、可愛 いねんて。怜司 兄さんは、照れくさそうに言うていた。ほんまは俺と兄さんの、内緒 の話なんやけど、皆 にはしゃあない、教えるわ。
「来たで、雀 ちゃんて、あいつが戸口に立ってんのを見ると、幸せやってん。それを待ってさえいれば、イイ子にしてられた。ただそれが、ずうっと続けばええなあと、思ってただけで。大義 とか、神とか、そんな難 しいことは、俺にはわからへん。ただずっとあいつと、いっしょに居 りたかってん。俺のお月さんと」
それがそんなに、悪いことやったんやろか。
そう言う怜司 兄さんは、自分がいま不幸なのは、自分に罪 があったせいやと、思ってるようやった。俺のせいやと。自分が悪かったんやと。
でも、それは、そうやろか。果たして誰 かが悪かったんやろか。
そういう時代やったんどすと、いつも言うてた秋津 のおかんのことが、ふと俺の頭をよぎって消えた。
そうやな。おかん。時代が悪かったんやなあ。誰 かのせいでこうなった訳 やない。
そんな時代でなかったら、一体、どうなっていたんやろう。そう思って、失われた時が戻 るわけやないけど。それでもまだ希望はあるんやないか。
「亨 ちゃんは先生と、ずっと一緒 に居 りや」
にこりとして、怜司 兄さんは俺をそう、励 ました。
俺はただそれに、こくりと頷 いただけやったけど、内心ではふつふつと、こう思っていた。
まだ終わりやない。諦 めるのはまだ早い、兄さん。これで終わりと思うなよ!
俺は幸運の蛇 さんや。俺はもちろん俺とアキちゃんを救うけど、ついでにお前も救うたる。水煙 も、しゃあないからついでにワンワンも、救ってやるぜ。宛 はないけど、何とかしたる。皆 、黙 って俺について来い!
というふうに、とりあえず決意はしたけどやな。問題は具体的にどうするかやないか。そこや。そこが一番肝心 なんや。
どないしよ?
えっ。亨 ちゃん実は何かアイデアあるんやろうって?
ないよ。ないて言うてるやん。ありません。ノー・プランやからマジで。ヤバいかなこれ。
けど、ほら。蔦子 おばちゃま言うてるし。蛇 が鍵 やって。俺がアキちゃんを救ってやれるんやって。それはつまり、ハッピーエンドってことやん。
俺さえいれば大丈夫 。これはもう運命なんや。なんというても的中率 99%くらいの予言者、海道蔦子 がそう視 たんや。間違 いない。
俺はそう、信じることにした。
きっとみんな、丸く収 まる。絶対 に諦 めず、少しでも明るいほうへと、這 い進む根性 汚 さで、いつかはきっと、幸せになれる。俺もきっと、とうとう幸せに。
「なに言うてんの怜司 兄さん。そんなん当然やから。お前も影 薄 いけど大丈夫 か。死んだら負けやで。絶対 にあかんで。これは命令やしな。今は俺のほうが偉 いんやろ。ご主人様も同然や。その俺様 が言うんやからな、絶対 従 え。なにがなんでも生 き延 びろ。絶対 、俺がなんとかしたるから……」
ポチを毟 (むし)りながら、俺がくどくど言うと、怜司 兄さんは笑った。力無いけど優 しい、ぼんやり霞 む朧月 のような、綺麗 な白い顔やった。
「ええ子やなあ、お前は」
しみじみと、そう褒 めて、怜司 兄さんはそれきり黙 った。
俺に言いたいことは、もう無いらしかった。
そこどいてって、俺に席を替 わらせて、仕事に戻 った。
なんせ今夜は宴会 で、眠気覚 ましの歌比 べ。のど自慢 の神様たちの、カラオケ大会やねん。
明日 をも知れん身の上やのに、ようそんなアホみたいなことするわ。それでも明日 をも知れん身やからかな。この異界 にお集まりの皆様 は、今夜の酒食 と歌を、ほんまに楽しんでいるようやった。今生最後の大宴会 や。せいぜい飲んで食って、歌うとて、踊 って騒 いで楽しんで、心残りのないように。
なんと賞品も出るから。霊 振 会会長・大崎 茂 が独断 と偏見 で選んだ優勝者 には、アキちゃん謹製 ・京都タワー型霊水 飴 がもらえちゃうから。食いにくい事この上ない。せやけど、なんというても霊力 の塊 や。食いでがあるわって、外道 ども大喜びやった。
とにかく騒 いだ。みんなアホになったように。
猛烈 な勢 いで温泉 卓球 してる人らもいたし、猛烈 な勢 いで百人一首やってる人らもいた。腕 が三セットもある漆黒 の肌 の美女なんか美少年なんか謎 な、外国の精霊 っぽいやつが、バリ島のダンスみたいなんを踊 りまくり、狐 の舞妓 はこの世の未練を断 ち切 るために、浴びるほどいなり寿司 を食っていた。
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