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三都幻妖夜話(3)神戸編 26-119 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
26-119 トオル
作者:
椎堂かおる
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26-119 トオル
怜司
(
れいじ
)
兄さんが犬に
無理矢理
(
むりやり
)
「ハクション大
魔王
(
まおう
)
」を歌わせ、今度こそほんまに
酔
(
よ
)
っぱらっていたらしい
遥
(
よう
)
ちゃんが、お前もなんか歌えと言われて、少年時代からヴァチカンの
聖歌隊
(
せいかたい
)
で
鍛
(
きた
)
えた
喉
(
のど
)
で、ハレルヤを
絶唱
(
ぜっしょう
)
していた。 みんな歌が
上手
(
うま
)
かった。さすがは神や
妖怪
(
ようかい
)
どもや。 ローレライの
魔女
(
まじょ
)
っぽいやつに、うっかり歌わせてもうて、みんな
朦朧
(
もうろう
)
としたりするハプニングもあった。 あかんあかん、
寝
(
ね
)
たらあかん。
魔女
(
まじょ
)
、
急遽
(
きゅうきょ
)
退場
(
たいじょう
)
。 でもそれは、
魔女
(
まじょ
)
のせいばっかりやない。 日付が変わる
頃
(
ころ
)
ともなると、
皆
(
みな
)
待ちくたびれて、昼間の
疲
(
つか
)
れもあって、うとうと
眠
(
ねむ
)
る
姿
(
すがた
)
もそこかしこに
現
(
あらわ
)
れだしていた。
怜司
(
れいじ
)
兄さんもめっちゃ
眠
(
ねむ
)
そうやった。 なんせアキちゃんのせいで
徹夜
(
てつや
)
続きや。ろくろく
寝
(
ね
)
てない。
伏
(
ふ
)
し
目
(
め
)
がちな目の、長い
睫毛
(
まつげ
)
が重そうに見えた。
怜司
(
れいじ
)
兄さんはもう自分が歌う気はないんか、DJブースは
空
(
から
)
にして、みんなが
寛
(
くつろ
)
ぐ赤いソファ席のほうに来ていた。
竜太郎
(
りゅうたろう
)
が
直衣
(
のうし
)
姿
(
すがた
)
のまま、
袖
(
そで
)
をくちゃくちゃにして、
怜司
(
れいじ
)
兄さんに
凭
(
もた
)
れて
眠
(
ねむ
)
りこけ、
蔦子
(
つたこ
)
さんも
度々
(
たびたび
)
の
予知
(
よち
)
の
疲
(
つか
)
れか、起きてんのか
寝
(
ね
)
てんのか分からんような、ぼうっとした
横顔
(
よこがお
)
をしていた。 犬は
水煙
(
すいえん
)
になんか言い聞かせられていたんか、黒い犬の
姿
(
すがた
)
になって、アキちゃんの
足下
(
あしもと
)
で、
眠
(
ねむ
)
ったようなふりをしていたし、当の
水煙
(
すいえん
)
も、人型でいるのがしんどいとか言うて、物言わぬ
剣
(
けん
)
の形に
戻
(
もど
)
り、アキちゃんの手元にあった。 俺はアキちゃんの
隣
(
となり
)
に、ぴったりくっついて
座
(
すわ
)
ってた。 アキちゃんが
段々
(
だんだん
)
無口で、
段々
(
だんだん
)
と
緊張
(
きんちょう
)
しているふうに見えたんで、なるべく
傍
(
そば
)
に、ぴったりくっついて
居
(
お
)
りたかったんや。 おとんも俺を
傍
(
そば
)
から
離
(
はな
)
すなって、言うてたやん。 せやし
不謹慎
(
ふきんしん
)
やないで、ここでベタベタしとっても。 もっともアキちゃんは無言で、ずうっと絵を
描
(
か
)
いていた。
誰
(
だれ
)
のとも知れへん、
綺麗
(
きれい
)
な歌声が次から次へと聞こえてくる中、
真新
(
まあたら
)
しいスケッチブックに、アキちゃんは
黙々
(
もくもく
)
と
鉛筆
(
えんぴつ
)
を走らせて、そこらじゅうにある
異界
(
いかい
)
の、美しい
異形
(
いぎょう
)
の者たちの
姿
(
すがた
)
や、
朧気
(
おぼろげ
)
に
霞
(
かす
)
んで見える、この中庭の
宴席
(
えんせき
)
の風景を、さらさらと
素描
(
そびょう
)
していた。 俺はただそれを、アキちゃんにくっついて見てるだけ。 それでも何か、幸せなような。
豊
(
ゆた
)
かな時間がゆっくりと、流れているような気がして、この時がずっと、終わらんかったらええのにと、心の
隅
(
すみ
)
で思ってた。 でも、スケッチブックの紙が
尽
(
つ
)
きてもうて、アキちゃんは
描
(
か
)
くのをやめた。 一
冊
(
さつ
)
全部に、ぎっしりと、
鉛筆
(
えんぴつ
)
だけで
描
(
か
)
いた絵が
詰
(
つ
)
まっていて、スケッチブックはずしりと重いように見えた。 「紙なくなってもうた」 小さくため息をついて、アキちゃんは
描
(
か
)
き
疲
(
つか
)
れた指の、黒く
煤
(
すす
)
けた
鉛筆
(
えんぴつ
)
の粉を、
濡
(
ぬ
)
れたタオルで
拭
(
ふ
)
き取っていた。 「
狐
(
きつね
)
に新しいの出してもらうか」 もっと
描
(
か
)
くかと俺が
訊
(
き
)
くと、アキちゃんは首を
振
(
ふ
)
って、
車座
(
くるまざ
)
の向かいのあたりを
視線
(
しせん
)
で指した。 そこでは
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
が
腕組
(
うでぐ
)
みをして、ソファに
腰掛
(
こしか
)
けたまま、目を
閉
(
と
)
じていた。
寝
(
ね
)
てんのか、それとも起きてんのか、わからへんのやけども、
寝
(
ね
)
てんのかもしれへんかった。 もし起きてたら、まだ
舞妓
(
まいこ
)
さんの
格好
(
かっこう
)
したままの
秋尾
(
あきお
)
が、先生の
肩
(
かた
)
にもたれて
眠
(
ねむ
)
っているのを、
振
(
ふ
)
り
払
(
はら
)
ったかもしれへん。 その
割
(
わり
)
には、起きてるような
息遣
(
いきづか
)
いやねんけど、ここはちょっと、
寝
(
ね
)
てたってことにしといてやろうか。
天下
(
てんか
)
の
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
やし、
人様
(
ひとさま
)
のいてはるとこでは、
狐
(
きつね
)
といちゃついたりせえへんねん。
邪魔
(
じゃま
)
しちゃ悪いか。 俺もそう
納得
(
なっとく
)
して、もう絵は
描
(
えが
)
かへんというアキちゃんに、グラスに
注
(
つ
)
いだ京都の水を飲ませてやった。 「待ってると、なかなか
来
(
き
)
いひんもんやな」
苦笑
(
にがわら
)
いして、アキちゃんは水を飲んでいた。
確
(
たし
)
かにもう、運命の日が始まって、三時間も
過
(
す
)
ぎている。 いったいいつ、
鯰
(
なまず
)
様は起きるんや。 まさか
予言
(
よげん
)
がハズレてたなんて、そんな
甘
(
あま
)
いことはないんやんな。 このまま何事も起きず、あれえ
不発
(
ふはつ
)
やったねえって、
皆
(
みな
)
で笑って
解散
(
かいさん
)
なんて、そんな事には。 「おとんと、おかん、いつ
戻
(
もど
)
ってくんのやろなあ」 ごそごそと、アキちゃんの
脇
(
わき
)
にもぐって、
腕
(
うで
)
をからめつつ、俺は
訊
(
き
)
いた。 「
戻
(
もど
)
ってきても、お前を
龍
(
りゅう
)
の
生
(
い
)
け
贄
(
にえ
)
になんて、俺は
絶対
(
ぜったい
)
しいひんから」 俺に安心しろというふうに、アキちゃんはひそめた声で、
断言
(
だんげん
)
していた。 「
水煙
(
すいえん
)
ならええの」 なにげないふうに、俺が
訊
(
き
)
くと、アキちゃんはぐっと
詰
(
つ
)
まった。 すぐ手元には、
寝
(
ね
)
てるみたいに
黙
(
だま
)
りの、ご
神刀
(
しんとう
)
・
水煙
(
すいえん
)
様があり、そんな話になってても、やっぱり何にも言う
気配
(
けはい
)
はなかった。 「ええことないなら、何か考えんとあかんのとちゃうの?」 「もう、ええねん。お前は心配せんでもええよ。俺は
覚悟
(
かくご
)
を決めたから」
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椎堂かおる
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