696 / 928

26-122 トオル

 蔦子(つたこ)さんがそう(いの)ると、()暗闇(くらやみ)やった夜の天空(てんくう)に、突然(とつぜん)まばゆい光の玉が(あらわ)れた。  最初、小さい玉やったそれは、次の瞬間(しゅんかん)、一気に爆発(ばくはつ)し、(よる)(やみ)()しのけ、真昼の太陽のような一条(いちじょう)の光を、暗黒に落ちた神戸(こうべ)に投げかけた。  それは天の(あな)やった。  あたかも黒雲(くろくも)にぽっかり開いた(あな)から()がさすように、夜の空にぽっかりと、異界(いかい)への入り口が開いていた。  ただの(とら)キチのおばちゃんやと思うていた蔦子(つたこ)さんが、ほんまにどえらい巫女(みこ)さんやった。  さすがは秋津(あきつ)末裔(まつえい)や。  蔦子(つたこ)さんは(いの)り、そして真夜中(まよなか)神戸(こうべ)に、真昼の光を召喚(しょうかん)したんや。  それは大地震(だいじいしん)停電(ていでん)しているやろう街に、(あか)りをもたらすためでもあるが、ただそれだけやない。  太陽の光には、強い魔除(まよ)けの効果(こうか)があるんや。  なんでそんなもんが必要やったんか。  それは前からずうっと、言われてきたことやんか。  死の舞踏(ぶとう)や。  地震(じしん)とともに、死の舞踏(ぶとう)(あらわ)れる。  やつらは(なまず)に命をとられた亡者(もうじゃ)どもで、(ほね)になっており、それでも冥界(めいかい)へは旅立てず、(まよ)うて生きている者の命を(うば)おうとする。  殺すしかない。もう(おに)や。  ぶっ殺してやって今度こそ、冥界(めいかい)へ。  そして次の一生へと、送り出してやるのが、せめてもの(なさ)け。  明るい光を正視(せいし)できずに、思わず顔を(そむ)けている(みな)頭上(ずじょう)で、(ふたた)(あふ)れるような光の爆発(ばくはつ)が起きた。  それと同時に、(あま)く鼻をつく、百合(ゆり)薔薇(ばら)との芳香(ほうこう)が、温かな白い光とともに、あたりを(つつ)んだ。  これは!  この(にお)いには覚えがあるで。  天使や。天使が降臨(こうりん)するときの(にお)いやで。  トミ子!!  俺は、あのブスの登場を予感(よかん)して、(まぶ)しいのを(こら)え、(やみ)と光の(せめ)()神戸(こうべ)の空を、必死で見上げた。  果たしてドブスはそこにいた。  ハープを()いて、ひらひらの白いローブをまとい、くるっくるに(たて)ロールした長い黒髪(くろかみ)(なび)かせ、足()せに大成功した白い生足(なまあし)(さら)して、ルネッサンス絵の中の天使のように、キメキメで天空に()っていた。  もちろん顔は見えへん。  まぶしい光に(つつ)まれていて。 「見よ、異教(いきょう)の子らよ!」  朗々(ろうろう)(ひび)神聖(しんせい)なる声で、トミ子はあたりに()びかけた。 「(かみ)()の、岩戸(いわと)より、死の舞踏(ぶとう)(あらわ)れた。力ある者は(そな)えよ。(けん)持て戦い、悪魔(サタン)(しもべ)どもより人々を守るのだ。神はこの聖戦(せいせん)祝福(しゅくふく)しておられる。御心(みこころ)(かな)う者には栄光(えいこう)を! 聖霊(せいれい)祝福(しゅくふく)(なんじ)らに(つね)(ばい)する霊力(ちから)(あた)えるであろう。主を誉め讃えよ(ハレルヤ)!」  トミ子が女神(めがみ)のごとくそう絶叫(ぜっきょう)すると、それを待っていたように、神戸(こうべ)全天(ぜんてん)を取り(かこ)()のように、白く(かがや)くひらひらした何かが、(はげ)しい光とともに(あらわ)れた。  主を誉め讃えよ(ハレルヤ)と、そいつらは合唱(がっしょう)した。  数知れない、(たえ)なる美声(びせい)で。  あんぐりとして、俺らは空を見た。  天使の()れが(あらわ)れていた。  千や二千じゃきかへんで。  ひらひら、生足(なまし)、白ローブ。  金髪(ブロンド)、赤毛に、暗褐色(ブルネット)。  直毛(ちょくもう)()()に、ドレッドヘアまで。  (はだ)の色かて様々(さまざま)な、ヤハウェが集めた随神(ずいじん)たちが、神戸(こうべ)の空に()い、ご主人様を(たた)える賛美歌(ゴスペル)を、声高(こえたか)らかに歌い上げていた。  どいつもこいつも(あき)れるような、美貌(びぼう)若者(わかもの)やった。  美少年だらけやった。  むしろハーレムみたいやった。  しかもこれ、天国コレクションのごくごく一部ですから。  ヤハウェ。……ぜったい顔で選んでる。  瑞希(みずき)ちゃんもまさか、あの合唱団(がっしょうだん)に入る予定やったん?  俺がそう思い、ついチラリと犬を見ると、すらりと()()まった体つきの、黒い猟犬(ハウンド)は、めっちゃ気まずそうに俺からサッと目を()らした。  しかしその()ずかしいハレルヤ(しょう)は、ただの歌やなかった。  それこそがヤハウェの()れる奇跡(きせき)や。  天使たちの歌声は、光る粉になって()(そそ)ぎ、俺たちは光の雨を浴びた。  それを浴びるとものすごい、霊力(ちから)(みなぎ)ってくるようやった。  これがスポーツ・バーでトミ子が予言(よげん)していたアレや。  正念場(しょうねんば)につき大サービスで、霊力(れいりょく)二倍のお約束や! 「トミ子ぉーーーー!!」  俺は思わず、天空(てんくう)()うドブスに()びかけていた。  ほんのちょっと()うてないだけやのに、なんやえらい、(なつ)かしいて。  ブス(こい)しなってもうて、ついつい(あま)えたような、(よめ)()げられた旦那(だんな)っぽい声になってもうた。  でも俺の声は、あいつのとこまで(とど)くんやろか。  ちょっと見ん()に、またえらい天使っぽくなってもうて、キラキラ(かがや)きながら空を飛んでる、でかい一対(いっつい)(つばさ)を生やしたあの女に。  もちろん(とど)いた。  トミ子はキッと、俺のほうを見た。  そして声高(こえたか)らかに言うた。 「トミ子やのうて、(せい)スザンナ。ス・ザ・ン・ナやて言うてるやないの! 何遍(なんべん)言うたらわかるんや、あんたはぁ!!」  はいすみません。(とおる)ちゃん、(おこ)られたわ。  とうとう戦いの火蓋(ひぶた)が、切って落とされようとしていた。大崎(おおさき)(しげる)がすっくと立った。 「(いくさ)や、(みな)(しゅう)。俺の太刀(たち)出せ、秋尾(あきお)!」  はい先生と、(きつね)が答えた。  いざ、出陣(しゅつじん)の時やった。 ――第26話 おわり――

ともだちにシェアしよう!