697 / 928

27-01 アキヒコ

 大崎(おおさき)(しげる)先生所蔵(しょぞう)太刀(たち)は、名を飛燕(ひえん)という。  これまた、うちの水煙(すいえん)と同じく、伊勢(いせ)刀鍛冶(かたなかじ)の手によるもので、名工の(わざ)により打ち出された、神の宿(やど)業物(わざもの)や。  それが秋尾(あきお)さんに()ぐ、大崎(おおさき)先生の第二の式(しき)で、秘蔵(ひぞう)懐刀(ふところがたな)でもある。  大崎(おおさき)(しげる)飛燕(ひえん)を、秋津(あきつ)家より拝領(はいりょう)した。  大崎(おおさき)先生が(げき)として(ひと)()ちする時に、うちの(くら)にあった幾多(いくた)名刀(めいとう)の中から選び出し、一()りもらってきたという、(いわ)くつきの(しな)や。  その事からも分かるように、秋津(あきつ)(げき)は代々、剣士(けんし)である。  それはまあ、当然の流れやろう。  なんせ太刀(たち)の神である水煙(すいえん)が、若気(わかげ)(いた)りでうっかり(おこ)した血筋(ちすじ)なんやしな。  秋津(あきつ)の男子たるもの、幼少(ようしょう)(ころ)より木剣(ぼっけん)(たわむ)れ、(ちょう)じれば道場に通って竹刀(しない)()るい、やがて一人前(いちにんまえ)になった(あかし)として、自分と()()刀剣(とうけん)拝領(はいりょう)する。  当主(とうしゅ)である場合は、それが家宝(かほう)神刀(しんとう)水煙(すいえん)で、それ以外の男子の場合は、代々所蔵(しょぞう)している名刀(めいとう)の中から、連れ合いのおらん神さんをもらえる。  (たし)かにうちの実家の(くら)には、(わけ)の分からん道具類に()じって、古い刀や太刀(たち)がごろごろしていた。  まさかあれ全部に神が宿(やど)っているとは、俺は想像(そうぞう)もしたことがなかったけども、いるというんやから、いるんやろう。  どえらい(たから)の山や、うちの(くら)。  当主になるということは、通常(つうじょう)、その霊的(れいてき)資産(しさん)()()ぐということも意味していたけども、おとん()き後、長らく当主の()を守っていたのは、秋津(あきつ)登与(とよ)、うちのおかんであり、もちろんおかんは女やった。  (ほか)の家ではどうか知らんが、秋津(あきつ)では、女に太刀(たち)や刀は(にぎ)らせへん。  あくまで秋津(あきつ)巫女(みこ)豊穣(ほうじょう)(いの)るための存在(そんざい)で、()った()ったはしいひんのや。  そやから、俺はおかんが(くら)から刃物(はもの)を持ち出してきたところなんか、見たことはないし、そこに(ねむ)っている刀剣類(とうけんるい)が、どんなもんかは、よう知らん。  子供(こども)のころに悪さして、(くら)()じこめられていた時には、なんとはなしに(おそ)ろしいもんやという気がしていた。  (きり)の箱に仕舞(しま)われた、古い刀や太刀(たち)の包みを()き、こっそり(のぞ)いてみたことはあるものの、すぐに(ふた)()めて()げた。  何が(こわ)かったのか、俺にはさっぱり分かってへんかったけど、たぶん俺はその武器(ぶき)たちの持つ霊威(れいい)(おそ)れたんやろう。子供(こども)心にな。  飛燕(ひえん)は美しい太刀(たち)やった。  何とも言えへん絶妙(ぜつみょう)()りに、波打つ海のような刃紋(はもん)()かび、それに(みだ)れかかるように、()()(つばめ)()文様(もんよう)がある。それが名前の由来(ゆらい)やろう。  神速(しんそく)太刀(たち)や。  その()(さき)は、速さにおいて水煙(すいえん)(しの)ぐ。  ただし、あまりに速いので、飛燕(ひえん)は自分を()るう剣士(けんし)にうるさい。  タイミングや呼吸(こきゅう)が合わへんと、キレるらしい。  (おそ)ろしいような癇癪持(かんしゃくも)ちで、気が短い。  それゆえ長年、連れ合いがおらず、こう言うたらなんやけど、業物(わざもの)とはいえ難物(なんぶつ)として、ずうっとうちの(くら)で、((ほこり)(かぶ)っていた逸品(いっぴん)らしい。  なんでそれが大崎(おおさき)先生の持ち物になったんか。  ぶっちゃけ大崎(おおさき)先生は、ゴミをもろたんやと思う。  大きな声では言われへんのやけど、そもそも飛燕(ひえん)がうちの(くら)(おさ)まったんも、(あつか)いに(こま)った持ち主が、次から次へと飛燕(ひえん)を手放し、あちこちさすらううちに、この太刀(たち)は少々、世を()ねた。  本来、神通力(じんつうりき)を持つ神の太刀(たち)のはずが、剣士(けんし)を死ぬまでこき使う妖刀(ようとう)みたいになって、あともう一歩で(おに)ですよ(てき)なところまで、煮詰(につ)まっていたらしい。  それを、うちの何代目かの当主が引き取ってきて(まつ)り、とりあえず(くら)()()んだ。  そして幾星霜(いくせいそう)。  飛燕(ひえん)延々(えんえん)秋津(あきつ)家で死蔵(しぞう)されてきたというわけや。  生前(せいぜん)、俺のおとんは絵師(えし)やったけど、もちろん剣士(けんし)でもあった。  高い霊力(れいりょく)を持った優秀(ゆうしゅう)(げき)でもあった。  (わか)(ころ)、いずれは神刀・水煙(すいえん)()()う定めではあったけども、祖父(じい)さんが存命(ぞんめい)(ころ)には、水煙(すいえん)祖父(じい)さんのもんや。  そやから、普段(ふだん)使いの武器(ぶき)()る。  おとんはモテモテ。(くら)(うな)っている神刀から、よりどりみどりのご身分で、その日の気分で得物(えもの)を()えた。  今日(きょう)はこの太刀(たち)明日(あした)はこの太刀(たち)、やっぱりやめて、この刀。  そんな浮気(うわき)な、(こし)のもんの定まらん剣士(けんし)やったらしい。  その背景(はいけい)には、いずれ自分は水煙(すいえん)をモノにすんのやし、これという連れ合いがおらんほうがええというような配慮(はいりょ)が、あったとかなかったとか。  どこまでほんまか知らん。  必要にかられて、この(つか)、あの(つか)(にぎ)るものの、おとんの本命は水煙(すいえん)と、そういうことになっていた。

ともだちにシェアしよう!