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27-02 アキヒコ

 水煙(すいえん)は、うちが所蔵(しょぞう)する刀剣類(とうけんるい)の中でも、ずば()けた霊力(れいりょく)を持つ名刀(めいとう)として、君臨(くんりん)していたわけや。  何がいいって、惚気(のろけ)(わけ)ではないけども、水煙(すいえん)はバランスがいい。  顔のやないで。顔もええけど、(けん)として、太刀(たち)としてのバランスや。  ()って良し、()いで良し、()いて良し。  重からず軽からず、独走(どくそう)はせず、()るう剣士(けんし)(わざ)限界(げんかい)の、ちょい先くらいを引き出してくれる、ようできた(けん)なんや。  水煙(すいえん)あったら他はいらん。  おとんもそう思うたんやろな。  正式に家を()ぐずっと前から、老衰(ろうすい)していた祖父(じい)さんの名代(みょうだい)で仕事するときに、借りた水煙(すいえん)()るったことがあったらしいから。  浮気者(うわきもの)なようでいて、(けん)については俺のおとんは、水煙(すいえん)一途(いちず)であったわけやな。  そんな状況(じょうきょう)に、静かにムカついている刀もおった。  それが飛燕(ひえん)や。  名刀(めいとう)ハーレムみたいな(くら)()()まれて、当主も(わか)も俺には見向きもしいひん。  水煙(すいえん)ばっかりチヤホヤしよって。  それでも飛燕(ひえん)のための祭祀(さいし)は欠かさず行われ、(はら)は空かんものの、(ひま)(ひま)でしょうがない。  もういっぺん娑婆(しゃば)に出て、(あば)れたい。(あば)れたい。(あば)れたい……というのが、飛燕(ひえん)(かか)える鬱憤(うっぷん)で、そこへ(あらわ)れたのが当時、まだ二十歳(はたち)にもならん(ころ)のヘタレの(しげる)や。  その時、大崎(おおさき)(しげる)消沈(しょうちん)していた。  俺のおとんが出陣(しゅつじん)し、いずれ死ぬと予言(よげん)されていたところに、大崎(おおさき)(しげる)はなんと兵役(へいえき)検査(けんさ)をパスできず、従軍(じゅうぐん)すらできひんかった。  したくもなかったけども、したくてもできんという状況(じょうきょう)やった。  大崎(おおさき)先生は体が弱かったし、俺が初対面のときに思ったとおり、目が見えへんのや。盲目(もうもく)やねん。  大崎(おおさき)先生が見てんのは、ありきたりの人間の視界(しかい)とはちょっと(ちが)う。  霊的(れいてき)なものを見るための眼力(がんりき)は人一倍あり、その点はずば()けてんのやけども、視力(しりょく)検査(けんさ)の、ほら、あれやん、上とか下とか右(なな)め上とか、あの記号が見えへんのや。  紙に書いてある字も、そこに霊力(れいりょく)のこもる何かでないと見えへん。  それで企業(きぎょう)の会長とかやってられんのかって?  やってれらる。優秀(ゆうしゅう)秘書(ひしょ)()れば。  読むもんは秋尾(あきお)さんが読んで聞かせ、書くもんは秋尾(あきお)さんが書く。  服も秋尾(あきお)さんが着せるし、(ほか)にも何か不足があれば、何もかも(きつね)がやってくれる。  後は()れがあれば、特に不自由なことないらしい。  霊視(れいし)のみの、特殊(とくしゅ)な目を持って生きててもな。  けど兵役(へいえき)検査(けんさ)はパスできひんかった。  それは大崎(おおさき)(しげる)の人生最大の汚点(おてん)らしい。  現代(げんだい)()の俺にはようわからん感覚やけど、その当時、従軍(じゅうぐん)できひんというのは(はじ)やったらしいわ。  (みな)が命がけで戦う時代に、お前は日本軍の兵士になる資格(しかく)がないと言われんのは、途方(とほう)もない(はじ)やった。  ほんま言うたら今は()き、大崎(おおさき)先生のご両親が、一人息子(ひとりむすこ)を戦争で失いたくない一心で、やったらあかん金を動かしたらしい。  血筋(ちすじ)()えんように、当初、一人(ひとり)()には兵役(へいえき)減免(げんめん)があったんや。  しかし、それを言うなら、うちのおとんかて、たったひとりの跡取(あとと)息子(むすこ)やった。  そのアキちゃんが行くのに、なんで自分は行かんのかと、大崎(おおさき)(しげる)(なや)んだらしい。  おとんはそんな(へこ)みまくっている大崎(おおさき)(しげる)に、(くら)から一()り、どれでも好きなの持っていって、秋津(あきつ)の家を出ろと(すす)めたそうや。  そして独立(どくりつ)自営(じえい)(げき)として、自分の家を(おこ)せと、そういうことやな。  もともとお前は(やしな)い子、秋津(あきつ)の一族ではないんやし、すでに一通りの修行(しゅぎょう)を終えた今、なんでこの家にぐずぐず残ってんのや。  生家(せいか)に帰って家を()げと、(ほう)()されて、それっきり。  その時、大崎(おおさき)(しげる)が選んだ、というか、大崎(おおさき)(しげる)を選んだのが、飛燕(ひえん)やった。  当時まだ生きていた、うちの親戚(しんせき)のオバチャンたちは、(しげる)神刀(しんとう)をくれてやるなんてと、否定的(ひていてき)やったらしいけど、選んだのが飛燕(ひえん)やと聞いて、飛燕(ひえん)やったらまあええかと思ったらしい。  どうでもええか、と。  つまりな、飛燕(ひえん)秋津(あきつ)家から出された、金属(きんぞく)ゴミやったんや。  ()てられた太刀(たち)なんや。  飛燕(ひえん)大崎(おおさき)(しげる)のどこを気に入ったかというと、実はどこでもあらへん。  ヘタレの(しげる)にくっついていけば、忌々(いまいま)しい秋津(あきつ)(くら)を出られる。それだけのことやったようや。  飛燕(ひえん)秋津(あきつ)家に(とら)われていた神で、うちに()るのが(うれ)しいわけやなかったんやろな。  そんな、なしくずしのタッグやったけども、大崎(おおさき)先生にとっては、その縁組(えんぐ)みには(すく)いがあった。

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