698 / 928

27-02 アキヒコ

 水煙(すいえん)は、うちが所蔵(しょぞう)する刀剣類(とうけんるい)の中でも、ずば抜(ぬ)けた霊力(れいりょく)を持つ名刀(めいとう)として、君臨(くんりん)していたわけや。  何がいいって、惚気(のろけ)る訳(わけ)ではないけども、水煙(すいえん)はバランスがいい。  顔のやないで。顔もええけど、剣(けん)として、太刀(たち)としてのバランスや。  斬(き)って良し、薙(な)いで良し、突(つ)いて良し。  重からず軽からず、独走(どくそう)はせず、振(ふ)るう剣士(けんし)の技(わざ)の限界(げんかい)の、ちょい先くらいを引き出してくれる、ようできた剣(けん)なんや。  水煙(すいえん)あったら他はいらん。  おとんもそう思うたんやろな。  正式に家を継(つ)ぐずっと前から、老衰(ろうすい)していた祖父(じい)さんの名代(みょうだい)で仕事するときに、借りた水煙(すいえん)を振(ふ)るったことがあったらしいから。  浮気者(うわきもの)なようでいて、剣(けん)については俺のおとんは、水煙(すいえん)に一途(いちず)であったわけやな。  そんな状況(じょうきょう)に、静かにムカついている刀もおった。  それが飛燕(ひえん)や。  名刀(めいとう)ハーレムみたいな蔵(くら)に突(つ)っ込(こ)まれて、当主も若(わか)も俺には見向きもしいひん。  水煙(すいえん)ばっかりチヤホヤしよって。  それでも飛燕(ひえん)のための祭祀(さいし)は欠かさず行われ、腹(はら)は空かんものの、暇(ひま)で暇(ひま)でしょうがない。  もういっぺん娑婆(しゃば)に出て、暴(あば)れたい。暴(あば)れたい。暴(あば)れたい……というのが、飛燕(ひえん)の抱(かか)える鬱憤(うっぷん)で、そこへ現(あらわ)れたのが当時、まだ二十歳(はたち)にもならん頃(ころ)のヘタレの茂(しげる)や。  その時、大崎(おおさき)茂(しげる)は消沈(しょうちん)していた。  俺のおとんが出陣(しゅつじん)し、いずれ死ぬと予言(よげん)されていたところに、大崎(おおさき)茂(しげる)はなんと兵役(へいえき)検査(けんさ)をパスできず、従軍(じゅうぐん)すらできひんかった。  したくもなかったけども、したくてもできんという状況(じょうきょう)やった。  大崎(おおさき)先生は体が弱かったし、俺が初対面のときに思ったとおり、目が見えへんのや。盲目(もうもく)やねん。  大崎(おおさき)先生が見てんのは、ありきたりの人間の視界(しかい)とはちょっと違(ちが)う。  霊的(れいてき)なものを見るための眼力(がんりき)は人一倍あり、その点はずば抜(ぬ)けてんのやけども、視力(しりょく)検査(けんさ)の、ほら、あれやん、上とか下とか右斜(なな)め上とか、あの記号が見えへんのや。  紙に書いてある字も、そこに霊力(れいりょく)のこもる何かでないと見えへん。  それで企業(きぎょう)の会長とかやってられんのかって?  やってれらる。優秀(ゆうしゅう)な秘書(ひしょ)が居(お)れば。  読むもんは秋尾(あきお)さんが読んで聞かせ、書くもんは秋尾(あきお)さんが書く。  服も秋尾(あきお)さんが着せるし、他(ほか)にも何か不足があれば、何もかも狐(きつね)がやってくれる。  後は慣(な)れがあれば、特に不自由なことないらしい。  霊視(れいし)のみの、特殊(とくしゅ)な目を持って生きててもな。  けど兵役(へいえき)検査(けんさ)はパスできひんかった。  それは大崎(おおさき)茂(しげる)の人生最大の汚点(おてん)らしい。  現代(げんだい)っ子(こ)の俺にはようわからん感覚やけど、その当時、従軍(じゅうぐん)できひんというのは恥(はじ)やったらしいわ。  皆(みな)が命がけで戦う時代に、お前は日本軍の兵士になる資格(しかく)がないと言われんのは、途方(とほう)もない恥(はじ)やった。  ほんま言うたら今は亡(な)き、大崎(おおさき)先生のご両親が、一人息子(ひとりむすこ)を戦争で失いたくない一心で、やったらあかん金を動かしたらしい。  血筋(ちすじ)が絶(た)えんように、当初、一人(ひとり)っ子(こ)には兵役(へいえき)の減免(げんめん)があったんや。  しかし、それを言うなら、うちのおとんかて、たったひとりの跡取(あとと)り息子(むすこ)やった。  そのアキちゃんが行くのに、なんで自分は行かんのかと、大崎(おおさき)茂(しげる)は悩(なや)んだらしい。  おとんはそんな凹(へこ)みまくっている大崎(おおさき)茂(しげる)に、蔵(くら)から一振(ぶ)り、どれでも好きなの持っていって、秋津(あきつ)の家を出ろと勧(すす)めたそうや。  そして独立(どくりつ)自営(じえい)の覡(げき)として、自分の家を興(おこ)せと、そういうことやな。  もともとお前は養(やしな)い子、秋津(あきつ)の一族ではないんやし、すでに一通りの修行(しゅぎょう)を終えた今、なんでこの家にぐずぐず残ってんのや。  生家(せいか)に帰って家を継(つ)げと、放(ほう)り出(だ)されて、それっきり。  その時、大崎(おおさき)茂(しげる)が選んだ、というか、大崎(おおさき)茂(しげる)を選んだのが、飛燕(ひえん)やった。  当時まだ生きていた、うちの親戚(しんせき)のオバチャンたちは、茂(しげる)に神刀(しんとう)をくれてやるなんてと、否定的(ひていてき)やったらしいけど、選んだのが飛燕(ひえん)やと聞いて、飛燕(ひえん)やったらまあええかと思ったらしい。  どうでもええか、と。  つまりな、飛燕(ひえん)は秋津(あきつ)家から出された、金属(きんぞく)ゴミやったんや。  棄(す)てられた太刀(たち)なんや。  飛燕(ひえん)が大崎(おおさき)茂(しげる)のどこを気に入ったかというと、実はどこでもあらへん。  ヘタレの茂(しげる)にくっついていけば、忌々(いまいま)しい秋津(あきつ)の蔵(くら)を出られる。それだけのことやったようや。  飛燕(ひえん)は秋津(あきつ)家に囚(とら)われていた神で、うちに居(お)るのが嬉(うれ)しいわけやなかったんやろな。  そんな、なしくずしのタッグやったけども、大崎(おおさき)先生にとっては、その縁組(えんぐ)みには救(すく)いがあった。

ともだちにシェアしよう!