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27-05 アキヒコ

 大崎(おおさき)先生がなんで俺に、平安コスなんかさせたんか。  ほんまになんでやねんて思い出すたび目眩(めまい)してくんのやけども、(とおる)はそれは、おとんコスを(おぼろ)に見せてやって、ちょっと()(もえ)えー、()やされるやろ? みたいな話ちゃうんかって言うんや。  でも、ほんまにそうかな。  俺はちらっと思うんやけど。大崎(おおさき)先生は単に自分が見たかったんやないか。俺がおとんの服着てるとこ。  つまりは(なつ)かしいアキちゃんの幻影(げんえい)を。  黒い平安服着て水煙(すいえん)()るう、秋津(あきつ)の当主で三都(さんと)巫覡(ふげき)の王様の、二十一歳やったアキちゃんの続きを、見たかっただけなんやないかな。  なんでおとんは、そんなにモテモテなんやろう。  俺と同じ顔やのに。  通力なんかたぶん俺のほうが上やのに。  モテモテ度で勝ててないような気がすんねんけど、なんでやろう。  何が足らんの、ジュニアには。  別にモテへんでもかまへんのやけど。俺には(とおる)()るんやし、大崎(おおさき)先生にモテたかて微妙(びみょう)すぎ。せやし別にかまへんのやけど。  気になるな。何が(ちが)うんや、俺とおとんは。  いざ出陣(しゅつじん)、という(だん)(いた)り、ヴィラ北野(きたの)の中庭に、水煙(すいえん)(たずさ)え平安コスで立つ俺を見て、大崎(おおさき)先生はものすご(けわ)しい顔つきやった。じろじろ見られた。 「(ちが)うな。しょせんは猿真似(さるまね)か……」  フッ、みたいに笑って言われた。(じい)さんに。 「おかしいなあ、本間(ほんま)暁彦(あきひこ)。顔はそっくり同じみたいやのに、アキちゃんと同じ服着てて、同じ太刀(たち)まで持ってんのに、一体なにが(ちが)うんやろか」  あかんなあ、みたいな批評(ひひょう)()れて、大崎(おおさき)先生は首を()っていた。  その手には、(さや)から()(はな)たれた例の妖刀(ようとう)飛燕(ひえん)(にぎ)られていた。  あぜんと(なが)める俺の目の前で、大崎(おおさき)先生の右手に(にぎ)られていた太刀(たち)はぐにゃりと姿(すがた)を変え、にょろっと細長い、銀色の(なめ)らかな毛皮をまとった、四つ足の小動物に変身していた。  そいつは大崎(おおさき)先生の黒絹(くろきぬ)の服を容赦(ようしゃ)なく()()いて肩口(かたぐち)まで登り、赤い血のような目で、じいっと俺を見た。 「なんやねん、これが秋津(あきつ)(ぼん)か」  キンキン甲高(かんだか)(ひび)く、金属質(きんぞくしつ)の声で、そのイタチみたいな動物が言った。  やっぱりイタチやないかと、俺は思った。 「貧相(ひんそう)やなあ、(しげる)。お前のほうがマシや」  キンキン(あざけ)るように、イタチは俺に(いや)みを言っていた。 「あのまま秋津(あきつ)(くら)に残らんといてよかったわ。こんなんの持ち(もん)になってたんかと思うと、つくづく気が滅入(めい)るわあ……」  イッヒッヒッヒッといかにも楽しそうに笑い、イタチはじとっと(いや)みったらしく俺のほうを流し見た。  いや、俺やのうて、俺の手に(にぎ)られている、太刀(たち)(もど)った水煙(すいえん)のほうを。 「気の毒やなあ、水煙(すいえん)。こんなしょうもない餓鬼(がき)んちょの太刀(たち)になってもうて。ほんま可哀想(かわいそう)やわなあ。イッヒッヒッヒッ」  言いながら笑う、飛燕(ひえん)はほんまに気味(きみ)が良いらしかった。  それを淡々(たんたん)(なが)め、水煙(すいえん)はちょっと、失笑(しっしょう)したっぽかった。 「(ひさ)しぶりやな、飛燕(ひえん)()こぼれもないようで何よりや」 「()こぼれなんぞあるわけあるかい! 俺もさんざん血を()うたからな。お前がどこぞで()とる()に、俺はずうっとご活躍(かつやく)やったんや。今さらのこのこ(もど)ってきやがって、(えら)そな面(つら)はさせへんで!」  いきなりブチキレ口調(くちょう)になって、イタチは言うてた。  イタチやないわ。飛燕(ひえん)。 「何を言うんや、このイタチが」  (きわ)めてさらりと、水煙(すいえん)は答えた。  その瞬間(しゅんかん)飛燕(ひえん)の全身の毛が逆立(さかだ)って、ハリネズミみたいになっていた。 「(だれ)がイタチや、もういっぺん言うてみろ、このグニャグニャ野郎(やろう)」  ぷんすか怒っているハリネズミみたいになったイタチが、大崎(おおさき)先生の(かた)の上で、ぴょんぴょん()ねてた。  腹立(はらた)ってもうて、じっとしてられへんみたいやった。  それを大崎(おおさき)先生は迷惑(めいわく)そうに首を(たお)して(ななめ)に見ていた。  客観的(きゃっかんてき)に見ても、どうしようもない懐刀(ふところがたな)やった。  どうりで秘密(ひみつ)にするわけや。  今まで大崎(おおさき)先生が太刀(たち)を持ち出してきたような事は、いっぺんも無かったが、そらできれば出したくないわ。このイタチはな。 「どう見てもイタチや、お前は」  水煙(すいえん)(きわ)めて冷静にそう言うた。  俺もそう思う。イタチに見えるに一票いれる。 「なんやとこの野郎(やろう)! イカ! タコ! クラゲ!」  飛燕(ひえん)はキイキイ言い続けていた。  水煙(すいえん)はそれを(なん)なくスルー。言われ()れてるようやった。  飛燕(ひえん)の小うるさい芸風(げいふう)は、水煙(すいえん)の覚えている(かぎ)り、室町時代(むろまちじだい)ぐらいから変わってへんらしい。  まさに時代を()える小物(こもの)っぷりやった。 「もう、そのくらいにしとけ、飛燕(ひえん)。これは神事(しんじ)なんや。不謹慎(ふきんしん)やで……」

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