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27-06 アキヒコ
ほとほとうんざり、みたいなノリで、大崎 先生が飛燕 を窘 めた。
ふんっ、と盛大 に、飛燕 はふんぞり返っていた。
「神事 か。鯰 がまた出たそうやな。なんでや、前の神事で秋津 の小娘 が、うまいことやったんとちゃうかったんか。それがまたお目覚めとはなあ。あかんかったんやないんか、しょせん代打 のご当主 様では。登与 はいくら通力 があるて言うても、女子(おなご)やさかいなあ。大人 しゅう、お前を婿養子 にとって、家督 を渡 せばよかったんや」
ぺらぺら話すイタチのキンキン声に、俺は正直むかっと来たよ。
なんやねん、この小動物は。俺のおかんを虚仮 にしよって。
女や言うても俺のおかんは、おとん亡 き後の秋津 家を、立派 に一人 で切 り盛 りしてきた、直系 の血を継 ぐ巫女 なんやで。
俺は子供 のころからずうっと、おかんのことが怖 かった。
優 しくて、美人で、いつもはんなり微笑 んでいて、温 い手した女やけども、おかんはどこか底知 れなかった。
黒々 と澄 んだ綺麗 な目の奥 に、俺にはわからん、この世のモノではない世界があるような気がした。
俺はそれを恐 れ、それに惹 かれた。
それはちょうど実家の蔵 の、古い時の降 り積 もる薄暗 がりで、こっそり覗 いた太刀 の包 みの、古びた鞘 から現 れた白刃 に、芯 から身震 いするときの気持ちに似 てた。
強い通力(ちから)を秘 めたものと、相対 した時の震 えや。
そんな女が斎主 を勤 めた儀式 に、いったいどんな不足があったというんや。
「強情 な女や。血筋 がどうのこうの言うて。茂 。お前やったら不足はなかったやろ。秋津 の血を残すにしても、お前の血を継 ぐ子を成 すにしてもや。申し分のない縁組 みやったやろ。登与 にしたかて、どこの馬の骨 とも知れん男と子を成 すよりは、茂 のほうがずっとええやないか。なんやねん、この坊主 は。面(つら)だけは一丁前 に、秋津 の顔をしとるようやが、覇気 のない」
覇気 ってなんやねん。このイタチが。
まだまだブツクサ言うてる毛玉 を、俺はじろっと睨 んでやった。
そしたらイタチは、ビクッと引いたようやった。
「な、なんやねん、小僧 のくせに俺様 にガン垂 れよって」
口だけ偉 そうなままで、飛燕 はこそこそ大崎 先生の頭の後ろに丸っこくなって隠 れる構 えやった。
それを大崎 先生は、情 けないという顔で耐 え、横に控 える秋尾 さんは、かすかに項垂 れ、すみませんという顔をしていた。
「アキちゃんの子や、これは。正真正銘 、ほんまもんの直系 の子や。登与 姫 はずっと、孕 んどったんや。誰 もそれに気がつかんかっただけで。誰 の子やか、ずうっと教えてくれへんかったけど、そういうことやったんや、飛燕 」
「な、なんと!」
ピョーンみたいに、イタチは大崎 先生の首んとこで飛び上がっていた。
よっぽど驚 いたらしかった。
何が、なんと、や。なんか文句 あんのかこら。
俺はうっすら頭に来ていて、普通 やったら後ろめたいはずのそのことが、何とも思われへんかった。
うちの両親、実の兄妹 やねんという、その異例 の出来事 が。
「あれとあれが子を成 したんか。それでよう、お前は人の形して生まれてこれたもんや」
不吉 な化けモンでも見たように、飛燕 はさらに、腰 が引けてた。
俺はそれに、ちょっぴり傷 ついた。むかつくイタチや。
「アキちゃん、気にすることはない。生まれ持った通力 にふさわしい、善行 を成 せばええんや。神も化けもんも、詰 まるところは紙一重 やで。人の世に愛されるような、行いをすればええんや」
握 った柄 から、水煙 に手を握 り返されたような気がした。
温 い手やった。おかんの手と同じ。
「自分で自分にかけた、覆 いを脱 ぐべき時やで、アキちゃん。天与 の通力(ちから)を使って、人の世を救うんや。怒 ったらあかん。心底怒 ったらお前は、ほんまに物 の怪 になってしまうで」
アキちゃん、あんたは決して、怒 ったらあかんえと、おかんと同じことを、水煙 が俺に諭 していた。
俺はそんなに、腹立 ててたやろか。
怒 ってたかもしれへん。こんなイタチに、おかんのことを悪く言われて、ムカッと来てた。
それに俺は、化けもんやない。
皆 となんも、変わらんし、ちょっと変かもしれへんけども、誰 にも迷惑 、かけてへんやろ。
昔からの癖 で、そう思い、俺は気付いた。
いや、そんなことない。迷惑 、かけてる。
夏に狂犬病 が流行 った時も、あれは俺のせいやったやろ。
他 にもいろいろ、思い返せば、変やと思える出来事 はあった。
霊感 強いとかいう、遠くから来た転校生 が、たまたま俺の隣 の席になり、よろしくなと愛想 よく、見つめ合った瞬間 に、突然 泡 吹 いて倒 れ、俺が怖 いといって、またすぐ転校 していった。
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