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27-08 アキヒコ
古い友達 にでも出会 うたように、大崎 先生は骨 に声かけた。
骨 はじっと、押 し黙 っていた。
声が出えへんのやろか。
喋 る骸骨 も幾 つか見たけど、こいつは無口やと、俺は水煙 の柄 を握 りしめて思った。
水煙 は微 かにむらむらと、刀身 に淡 い靄 をまとっていた。
それが意味する所はひとつ。
水煙 は、臨戦 態勢 やった。やる気やねん。
「冥界 へ戻 る道がわからんようになったんか。早 う戻 って、成仏 せなあかんやないか?」
優 しく諭 すように、大崎 先生は骨 と話した。
骨 は不思議そうに、首を傾 げた。
「ここは現世 や。お前は迷 うてる。逝 くべきところへ逝 って、また新しく始めなあかん。極楽 へ往生 してもええし、また現世 に生まれ変わってくる手もあるで。いつまでそんな形(なり)で、迷 うているつもりや」
話しかけても骨 は、答えへんかった。代わりに、こちらとの間合 いを計 るような、身構 えた仕草 をした。
大崎 先生は飛燕 を握 る手に、力をこめた。
それでもまだ、構 えはしいひんかった。
「お前は鯰 の斥候 か。ただの亡者 ではないんやな」
大崎 先生が訊 ねると、骨 は笑うように下顎 を開き、はあ、と暗い紫 の障気 を吐 いた。
そして、じわりと一歩、前に出てくる身のこなしは、拳法 か何かをやっている者の、隙 のない動きやった。
「中国の武術 やな。危 ないですよ先生」
いつの間にか背後 にいた信太 が、俺に声かけた。
信太 は薄暗 がりでも目の醒 めるような、黄色の絹 を着ていた。
たぶんそれは、信太 が昔、異国 の宮廷 で身に纏 っていたような、華麗 な刺繍 で飾 られた、宮廷 衣装 やった。
朝胞 とか言うらしい。後で訊 いたらな。
「鯰 は地震 で死んだ人間の中から、選 りすぐりを集めてるんや。狩人 として。こいつらは鯰 に仕 えて、年季 が明けたら、下級の鬼 として生きながらえられる契約 やねん」
語る信太 は素手 やった。武器 はなんにも持ってへん。
それでも歩み出てきて、俺を守るように、大崎 茂 と反対の側に、俺を挟 んで立った。
「俺が行きましょか。あれはもう、人ではないで、先生。人殺しの鬼 です。殺 るしかないんや」
「まあ、待て。そう焦 るな、異朝 の虎 よ。鬼 かて聞く耳くらいはあるかもしれへん」
行く気まんまんの信太 を止めて、大崎 先生が言うた。
「見たとこお前はまだまだ、人の身やろう。今からでも遅 くない。鯰 の遣 いはやめにして、また人間に生まれ変わる道へ戻 ってはどうや。戻 る道がわからんのやったら、俺が送ってやる」
大崎 先生が優 しく言うと、骨 は喋 った。嗤 うように、なんて言うてんのか分からん、異国 の言葉で。
それを眺 めて、信太 が通訳 した。
「ぶっ殺す、言うてますけど? 年季 明けまであと二千五十八人」
「あかんな、それは。説得 失敗か」
がっかりしたように、大崎 先生は言うた。
「ていうか多分、言葉通じてませんよ。通訳 します?」
しても無駄 やし、みたいなノリで、信太 は面倒 そうに訊 ねてきた。俺にかもしれへんし、大崎 先生にかもしれへん。
「神剣 に斬 られて死ねば、輪廻 転生 の輪 に戻 れると言うて勧 めろ」
苦虫 をかみつぶしたような顔で、大崎 先生が信太 に命じた。
信太 はそれに、一応 頷 きはしたが、納得 してへん顔やった。
それでもぺらぺらと、信太 は何やよう分からん言葉で、骨 に話しかけていた。
たぶん中国語なんやろう。骨 はやっと、聞く耳持ったような顔をして、信太 のほうをじっと見ていた。
ぺらぺら話した信太 の話を聞き終えると、骨 はあっさり一言、返事をした。
信太 はそれに、何度か頷 いていてから、俺らのほうに向き直った。
「ぶっ殺す、言うてますけど?」
気持ち変わってへん。大崎 先生はがくっと来てた。
「もっと熱心に説得 しろ。鬼 かて改心 することはあるんや」
「そんなことあるやろか。見たことないですけど、そんなん」
「見たことないことないやろ。お前、朧 とデキとったんやろ。あれがその実例 や!」
大崎 先生が叱咤 すると、信太 は、ええ、と異論 ありげに唸 った。
「怜司 は鬼 やで。今でも鬼 やん」
「誰 が鬼 やねん」
ふわあ、と漂 う煙 の文様 が見えて、それから湊川 怜司 が現 れた。
噂 をすれば影 や。
湊川 怜司 はぷかぷか煙草 をふかしつつ、どこか疲 れたような顔をして、信太 の隣 に立った。
大崎 先生の作ったトンネルは、通れて精々 、2人、3人用の狭 さやったんで、朧 はその拡張 工事をしてから出てきたらしい。
霊振会 のメンバーは二千人以上いてるんやし、それの連れてる式神 かて、けっこうな数になる。
それが通 り抜 けられる通路でないとあかんのやからな。
「怜司 、行くんか」
軽く驚 いたふうに、信太 は湊川 に尋 ねた。
「行くよう。行かんでええなら行きたないけど、俺もくっついていって近道つくる約束やねん。襲 われたらフォローよろしく」
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