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27-09 アキヒコ

 離(はな)れて瓦礫(がれき)の中に立っている、乾(かわ)いた骸骨(がいこつ)を遠目(とおめ)に見つめて、湊川(みなとがわ)は気怠(けだる)げに言うた。  信太(しんた)はそれに、ぽかんとしていた。 「フォローよろしくて、俺がお前を守らなあかんの? 本間(ほんま)先生も守らなあかんし、お前も守らなあかんの? そんなん聞いてへん。誰(だれ)か他(ほか)のに援護(えんご)してもらえ。啓(けい)ちゃんとか居(お)るやろ」 「あかん。啓(けい)ちゃん忙(いそが)しい」  言うたそばから、背後(はいご)の暗い通路を抜(ぬ)けて、ぬっと現(あらわ)れたでかい何かに、湊川(みなとがわ)は視線(しせん)を向けた。  白くてでかい、狼(おおかみ)やった。  俺は内心、飛び上がりそうになった。  前には骨(ほね)、背後(はいご)には狼(おおかみ)。  それも狼(おおかみ)のほうは、至近(しきん)距離(きょり)やで。  ただの狼(おおかみ)やないで、見上げるようなのやで。 『もののけ姫(ひめ)』に出てきた、美輪(みわ)明宏(あきひろ)さんの声で喋(しゃべ)るやつみたいなのやで。  ぎゃあっ。  と思ったが、俺が取(と)り乱(みだ)すより早く、その狼(おおかみ)は喋(しゃべ)った。  喉(のど)の奥(おく)から漏(も)れてくる、低く籠(こ)もったような声ではあったが、俺にも聞き覚(おぼ)えのある声で。  美輪(みわ)明宏(あきひろ)さんやないで。啓太(けいた)の声や。  蔦子(つたこ)さんが侍(はべ)らしている、銀髪(ぎんぱつ)で銀色の目した、眼鏡(めがね)の式(しき)や。氷雪系(ひょうせつけい)! 「なに待っとうのや。早(はよ)う行け、信太(しんた)。後ろがつかえとうで」  狼(おおかみ)なっても、真面目(まじめ)でお堅(かた)い銀行員(ぎんこういん)みたいな話しぶりやった。  啓太(けいた)は首より少し上あたりに、優雅(ゆうが)な青い裳裾(もすそ)を引いた、横乗りの蔦子(つたこ)さんを乗せていた。  長い緋色(ひいろ)の領巾(ひれ)をはためかせ、長い髪(かみ)を結(ゆ)い上げた蔦子(つたこ)さんが、白銀の狼(おおかみ)に運ばれている姿(すがた)は、あたかも古代の絵からそのまま抜(ぬ)け出(だ)してきた、高貴(こうき)な女王様みたいやったわ。 「茂(しげる)ちゃん。あんた、ええトシして、先陣(せんじん)を切るつもりなんどすか」  高いところから、蔦子(つたこ)さんは大崎(おおさき)先生を咎(とが)めた。  続々(ぞくぞく)と、異界(いかい)より現(あらわ)れてくる霊振会(れいしんかい)の面々(めんめん)は、皆(みな)それぞれに武器(ぶき)を携(たずさ)え、式(しき)を従(したが)えていたけども、俺らの立ってるあたりより前へは、出られへんようやった。  骨(ほね)もこちらには、近づいてくる気配(けはい)がなかった。見えない緩衝(かんしょう)地帯を挟(はさ)み、こちらと向こうは向き合っていた。  まるで、これから始まる試合に向けて、じりじり待っているような緊張感(きんちょうかん)の中で。 「いつになく気分がええんや、お蔦(つた)ちゃん」  蔦子(つたこ)さんを振(ふ)り返(かえ)りはせず、大崎(おおさき)先生は真面目(まじめ)くさった顔で言うてた。  確(たし)かにいつになく、顔色が良かった。  いつもより少し、若(わか)く見えるような気さえした。  髪(かみ)にも肌(はだ)にも艶(つや)があった。  きっと、とうとう、効(き)いてきたんや。ダーキニー様の、くるくるドーンが。 「無理せんと、若(わか)いのんに任(まか)せよし。あんたは生きて祭壇(さいだん)に辿(たど)り着(つ)かなあんのえ」 「そう言うお蔦(つた)ちゃんも、女だてらに戦場へ、なんの用や。ついてくる気か、旦那(だんな)の留守中(るすちゅう)やのに、万が一にもくたばってもうたら、竜太郎(りゅうたろう)はどないすんのや」 「そん時は、そん時どすわ。うちも儀式(ぎしき)を見届(みとど)けます。心配ですのや、本家(ほんけ)の坊(ぼん)に全(すべ)てお任(まか)せで、ずうっと後ろで武運(ぶうん)をお祈(いの)りするだけというのではな」  うろうろする狼(おおかみ)の背(せ)で、蔦子(つたこ)さんは恐(おそ)れる様子(ようす)もなく言うた。  薄(うす)い絹(きぬ)をまとっただけの、武器(ぶき)も持たへん丸腰(まるごし)やった。  秋津(あきつ)の巫女(みこ)は戦ったらあかんのやって。  戦(たたこ)うたら身が穢(けが)れると、先祖(せんぞ)代々言い伝えられてきたらしい。  豊穣(ほうじょう)の神と交感(こうかん)するには、身を清(きよ)く保(たも)っとかなあかん。  それは俗(ぞく)に言われるような、処女(しょじょ)でないとあかんとか、そういう事ではのうてな、戦いや、殺しの穢(けが)れに中(あた)ったらあかんという、そういうことらしいわ。  うちのおかんなんて、悪口言うのもあかんと、俺を躾(しつ)けていた。  それも身の穢(けが)れや。  悲しい顔するのもあかん。怒るのもあかん。  いつもにこにこ微笑(ほほえ)んで、明るい歌歌(うと)うて、優雅(ゆうが)に舞(ま)い踊(おど)って、綺麗(きれい)な着物着とかなあかん。  それが秋津(あきつ)の女子の嗜(たしな)みなんやって。  せやけど俺は男やしな。おかんは秋津(あきつ)の男子がどういうふうに躾(しつ)けられるもんなんか、よう知らんかったんやろう。  おとんはおらんのやし、父親代わりやったかもしれへん大崎(おおさき)先生かて忙(いそが)しい。  女手(おんなで)ひとつで俺を育てて、手探(てさぐ)りで頑張(がんば)ったけど、その結果、結局(けっきょく)よう分からんと、そういうことやったんやろう。 「狂骨(きょうこつ)を斬(き)った、灰(はい)を浴びたらあかんで、お蔦(つた)ちゃん。身が穢(けが)れる」 「心配おへん。穢(けが)れたところで、かましまへん。うちにはもう竜太郎(りゅうたろう)という、立派(りっぱ)な跡取(あとと)りが居(お)りますのんや。うちが死んだかて大事(だいじ)おへんわ。それに前(さき)の震災(しんさい)のときには、登与(とよ)ちゃんも祭壇(さいだん)まで連れて行ったんどすやろ。うちが行けへんわけはない」  心なしか、張(は)り合(あ)う口調(くちょう)の蔦子(つたこ)さんに、大崎(おおさき)先生はもうそれ以上、止め立てするような事はなんも言わんかった。 「ほな行こか、坊(ぼん)。あの一匹目(いっぴきめ)は俺がもらうで。久々(ひさびさ)やさかいな、まずは小手調(こてしら)べに、ちょうどええわ」  これで死んだら俺もほんまにヘタレもヘタレ、ヘタレの茂(しげる)やでと、大崎(おおさき)先生は笑って言うた。  苦(にが)み走(ばし)った得意(とくい)げな笑(え)みやった。 「結界(けっかい)開くで、皆(みな)の衆(しゅう)。巫覡(ふげき)も式(しき)も、準備(じゅんび)せえ」

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