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三都幻妖夜話(3)神戸編 27-09 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
27-09 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
705 / 928
27-09 アキヒコ
離
(
はな
)
れて
瓦礫
(
がれき
)
の中に立っている、
乾
(
かわ
)
いた
骸骨
(
がいこつ
)
を
遠目
(
とおめ
)
に見つめて、
湊川
(
みなとがわ
)
は
気怠
(
けだる
)
げに言うた。
信太
(
しんた
)
はそれに、ぽかんとしていた。 「フォローよろしくて、俺がお前を守らなあかんの?
本間
(
ほんま
)
先生も守らなあかんし、お前も守らなあかんの? そんなん聞いてへん。
誰
(
だれ
)
か
他
(
ほか
)
のに
援護
(
えんご
)
してもらえ。
啓
(
けい
)
ちゃんとか
居
(
お
)
るやろ」 「あかん。
啓
(
けい
)
ちゃん
忙
(
いそが
)
しい」 言うたそばから、
背後
(
はいご
)
の暗い通路を
抜
(
ぬ
)
けて、ぬっと
現
(
あらわ
)
れたでかい何かに、
湊川
(
みなとがわ
)
は
視線
(
しせん
)
を向けた。 白くてでかい、
狼
(
おおかみ
)
やった。 俺は内心、飛び上がりそうになった。 前には
骨
(
ほね
)
、
背後
(
はいご
)
には
狼
(
おおかみ
)
。 それも
狼
(
おおかみ
)
のほうは、
至近
(
しきん
)
距離
(
きょり
)
やで。 ただの
狼
(
おおかみ
)
やないで、見上げるようなのやで。 『もののけ
姫
(
ひめ
)
』に出てきた、
美輪
(
みわ
)
明宏
(
あきひろ
)
さんの声で
喋
(
しゃべ
)
るやつみたいなのやで。 ぎゃあっ。 と思ったが、俺が
取
(
と
)
り
乱
(
みだ
)
すより早く、その
狼
(
おおかみ
)
は
喋
(
しゃべ
)
った。
喉
(
のど
)
の
奥
(
おく
)
から
漏
(
も
)
れてくる、低く
籠
(
こ
)
もったような声ではあったが、俺にも聞き
覚
(
おぼ
)
えのある声で。
美輪
(
みわ
)
明宏
(
あきひろ
)
さんやないで。
啓太
(
けいた
)
の声や。
蔦子
(
つたこ
)
さんが
侍
(
はべ
)
らしている、
銀髪
(
ぎんぱつ
)
で銀色の目した、
眼鏡
(
めがね
)
の式(しき)や。
氷雪系
(
ひょうせつけい
)
! 「なに待っとうのや。
早
(
はよ
)
う行け、
信太
(
しんた
)
。後ろがつかえとうで」
狼
(
おおかみ
)
なっても、
真面目
(
まじめ
)
でお
堅
(
かた
)
い
銀行員
(
ぎんこういん
)
みたいな話しぶりやった。
啓太
(
けいた
)
は首より少し上あたりに、
優雅
(
ゆうが
)
な青い
裳裾
(
もすそ
)
を引いた、横乗りの
蔦子
(
つたこ
)
さんを乗せていた。 長い
緋色
(
ひいろ
)
の
領巾
(
ひれ
)
をはためかせ、長い
髪
(
かみ
)
を
結
(
ゆ
)
い上げた
蔦子
(
つたこ
)
さんが、白銀の
狼
(
おおかみ
)
に運ばれている
姿
(
すがた
)
は、あたかも古代の絵からそのまま
抜
(
ぬ
)
け
出
(
だ
)
してきた、
高貴
(
こうき
)
な女王様みたいやったわ。 「
茂
(
しげる
)
ちゃん。あんた、ええトシして、
先陣
(
せんじん
)
を切るつもりなんどすか」 高いところから、
蔦子
(
つたこ
)
さんは
大崎
(
おおさき
)
先生を
咎
(
とが
)
めた。
続々
(
ぞくぞく
)
と、
異界
(
いかい
)
より
現
(
あらわ
)
れてくる
霊振会
(
れいしんかい
)
の
面々
(
めんめん
)
は、
皆
(
みな
)
それぞれに
武器
(
ぶき
)
を
携
(
たずさ
)
え、
式
(
しき
)
を
従
(
したが
)
えていたけども、俺らの立ってるあたりより前へは、出られへんようやった。
骨
(
ほね
)
もこちらには、近づいてくる
気配
(
けはい
)
がなかった。見えない
緩衝
(
かんしょう
)
地帯を
挟
(
はさ
)
み、こちらと向こうは向き合っていた。 まるで、これから始まる試合に向けて、じりじり待っているような
緊張感
(
きんちょうかん
)
の中で。 「いつになく気分がええんや、お
蔦
(
つた
)
ちゃん」
蔦子
(
つたこ
)
さんを
振
(
ふ
)
り
返
(
かえ
)
りはせず、
大崎
(
おおさき
)
先生は
真面目
(
まじめ
)
くさった顔で言うてた。
確
(
たし
)
かにいつになく、顔色が良かった。 いつもより少し、
若
(
わか
)
く見えるような気さえした。
髪
(
かみ
)
にも
肌
(
はだ
)
にも
艶
(
つや
)
があった。 きっと、とうとう、
効
(
き
)
いてきたんや。ダーキニー様の、くるくるドーンが。 「無理せんと、
若
(
わか
)
いのんに
任
(
まか
)
せよし。あんたは生きて
祭壇
(
さいだん
)
に
辿
(
たど
)
り
着
(
つ
)
かなあんのえ」 「そう言うお
蔦
(
つた
)
ちゃんも、女だてらに戦場へ、なんの用や。ついてくる気か、
旦那
(
だんな
)
の
留守中
(
るすちゅう
)
やのに、万が一にもくたばってもうたら、
竜太郎
(
りゅうたろう
)
はどないすんのや」 「そん時は、そん時どすわ。うちも
儀式
(
ぎしき
)
を
見届
(
みとど
)
けます。心配ですのや、
本家
(
ほんけ
)
の
坊
(
ぼん
)
に
全
(
すべ
)
てお
任
(
まか
)
せで、ずうっと後ろで
武運
(
ぶうん
)
をお
祈
(
いの
)
りするだけというのではな」 うろうろする
狼
(
おおかみ
)
の
背
(
せ
)
で、
蔦子
(
つたこ
)
さんは
恐
(
おそ
)
れる
様子
(
ようす
)
もなく言うた。
薄
(
うす
)
い
絹
(
きぬ
)
をまとっただけの、
武器
(
ぶき
)
も持たへん
丸腰
(
まるごし
)
やった。
秋津
(
あきつ
)
の
巫女
(
みこ
)
は戦ったらあかんのやって。
戦
(
たたこ
)
うたら身が
穢
(
けが
)
れると、
先祖
(
せんぞ
)
代々言い伝えられてきたらしい。
豊穣
(
ほうじょう
)
の神と
交感
(
こうかん
)
するには、身を
清
(
きよ
)
く
保
(
たも
)
っとかなあかん。 それは
俗
(
ぞく
)
に言われるような、
処女
(
しょじょ
)
でないとあかんとか、そういう事ではのうてな、戦いや、殺しの
穢
(
けが
)
れに中(あた)ったらあかんという、そういうことらしいわ。 うちのおかんなんて、悪口言うのもあかんと、俺を
躾
(
しつ
)
けていた。 それも身の
穢
(
けが
)
れや。 悲しい顔するのもあかん。怒るのもあかん。 いつもにこにこ
微笑
(
ほほえ
)
んで、明るい歌
歌
(
うと
)
うて、
優雅
(
ゆうが
)
に
舞
(
ま
)
い
踊
(
おど
)
って、
綺麗
(
きれい
)
な着物着とかなあかん。 それが
秋津
(
あきつ
)
の女子の
嗜
(
たしな
)
みなんやって。 せやけど俺は男やしな。おかんは
秋津
(
あきつ
)
の男子がどういうふうに
躾
(
しつ
)
けられるもんなんか、よう知らんかったんやろう。 おとんはおらんのやし、父親代わりやったかもしれへん
大崎
(
おおさき
)
先生かて
忙
(
いそが
)
しい。
女手
(
おんなで
)
ひとつで俺を育てて、
手探
(
てさぐ
)
りで
頑張
(
がんば
)
ったけど、その結果、
結局
(
けっきょく
)
よう分からんと、そういうことやったんやろう。 「
狂骨
(
きょうこつ
)
を
斬
(
き
)
った、
灰
(
はい
)
を浴びたらあかんで、お
蔦
(
つた
)
ちゃん。身が
穢
(
けが
)
れる」 「心配おへん。
穢
(
けが
)
れたところで、かましまへん。うちにはもう
竜太郎
(
りゅうたろう
)
という、
立派
(
りっぱ
)
な
跡取
(
あとと
)
りが
居
(
お
)
りますのんや。うちが死んだかて大事(だいじ)おへんわ。それに前(さき)の
震災
(
しんさい
)
のときには、
登与
(
とよ
)
ちゃんも
祭壇
(
さいだん
)
まで連れて行ったんどすやろ。うちが行けへんわけはない」 心なしか、
張
(
は
)
り
合
(
あ
)
う
口調
(
くちょう
)
の
蔦子
(
つたこ
)
さんに、
大崎
(
おおさき
)
先生はもうそれ以上、止め立てするような事はなんも言わんかった。 「ほな行こか、
坊
(
ぼん
)
。あの一
匹目
(
いっぴきめ
)
は俺がもらうで。
久々
(
ひさびさ
)
やさかいな、まずは
小手調
(
こてしら
)
べに、ちょうどええわ」 これで死んだら俺もほんまにヘタレもヘタレ、ヘタレの
茂
(
しげる
)
やでと、
大崎
(
おおさき
)
先生は笑って言うた。
苦
(
にが
)
み
走
(
ばし
)
った
得意
(
とくい
)
げな
笑
(
え
)
みやった。 「
結界
(
けっかい
)
開くで、
皆
(
みな
)
の
衆
(
しゅう
)
。
巫覡
(
ふげき
)
も式(しき)も、
準備
(
じゅんび
)
せえ」
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椎堂かおる
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