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27-10 アキヒコ
かたかたと、骨 の笑っている音が、かすかに聞こえた。
そして、ふっと薄膜 が蕩 けて消 え失 せるように、ひやりとした現実 の空気が、流 れ込 んできた。
それを待ち受けていたように、なんともいえない咆吼 を、骨 がとつぜん上げた。
人の声とは思えへんかった。
まるで鬼 。人ではない、人でなしの声やった。
大崎 先生が飛燕 を構 えるのを、俺は見てへん。
何か風のようなもんが、自分の隣 で渦巻 いたのを、一瞬 感じた。
その次の瞬間 には、もう、大崎 先生は骨 と対峙 していた。
目にも止まらぬような速さで、突 っ立 っていた骨 の懐 に入り、振 り上 げた飛燕 の白く輝 く刀身 を、骸骨 の眉間 に突 き立 てていた。
かたかたと、骨 はまた笑った。歯噛 みしたんかもしれへんかった。
眉間 を刺 し貫 かれた骸骨 の、まず指先が崩 れた。
そして、はらはらと、全身から灰 を撒 き散 らし、骸骨 の骨組 みは崩 れ去りながら瓦解 した。
最後に、真っ二つに割 れた頭蓋骨 だけが、はらりと別 れ、それぞれ別 のほうへと、瓦礫 の床 を転がっていった。
破片 は深い紫 の、煙 のような障気 を吐 いて、細 かな塵 になって霧散 した。
そうなってやっと、大崎 茂 は刀身 に残る、闇 色の澱 を振 り払 って、こちらに向き直った。
「どうや、水煙 」
めっちゃ偉 そうに、大崎 先生は言うた。
ふふん、と俺の手の中で、水煙 が面白 そうに笑 うた。
「見事 や茂 。腕 を上げたな」
「俺もこの七十有余 年、ずっと寝 とったわけやない」
甘 く褒 めてる水煙 の言葉に、大崎 先生は得意 げやった。
「そのようや。飛燕 もとうとう、連 れ合 いを見つけたようやなあ」
どこか満足げに、水煙 は言うた。
驚 くべきことやけども、水煙 は飛燕 のことが嫌 いではないらしい。
それどころか、こいつは一体どないなるんやろと、ずっと心配していたらしい。
優 しいなあ、水煙 はやっぱり。優 しい神さんなんやないか。
亨 は、そんなことない、水煙 はエグいて言うんやけど、そうやろか。俺の目が眩 んでるだけか。
「先導役 はお前に任 そう。当主 はまだまだ若輩 やからな。茂 、お前と飛燕 、それから、雷電 と新開 浩一 に、うちの坊 と三 つ巴 を組ませよう」
水煙 は三人セットの陣形 を提案 していた。
俺と師範 と大崎 先生。そんなトライアングル・アタックや。
そして、それに加えて式(しき)が付く。
大崎 先生には秋尾 さんがおるし、俺には信太 と瑞希 が。
亨 もおるやろって?
そうやな。亨 もいてる。
そやけど亨 は、もう俺の式神 やない。
戦え言うたら戦える程度 には、亨 は強いんかもしれへん。
全く戦闘 能 力がないという、朧 でさえ行くというんや。
大蛇 で悪魔 の水地 亨 が、戦場に出て足手まといということはないわ。
それでも亨 はこの戦いに、なんの関係もない奴 や。
俺は亨 を連れて行きたくなかった。巻 き込 みたくなかってん。
そんなん、もう今さらすぎる話やけども、土壇場 になってビビってもうてん。
巫覡 にも式(しき)にも、死者が出る戦いやと、大崎 先生も言うてたやんか。
その一人 が亨 やないという保証 はない。
俺は、俺が死ぬのには耐 えられた。
それは、しょうがない。血筋 の定めやと、もう何となく、割 り切 れていた。
でも亨 が死ぬのだけは、耐 えられへん。
そんな目にはもう二度と、亨 を遭 わせとうないねん。
死ぬ時は一緒 やって、約束したやないかって?
したかな?
したなあ。
したけど、ほんま言うたら俺はずっと、亨 に嘘 をついていたと思う。
そんなことするつもりは、最初から全然 、毛頭 、これっぽっちも無かったんやで。
俺は死んでも亨 だけは、なんとしてでも助かるように。俺はずっと腹 の底では、そう祈 ってた。
誰 にでもない、俺を守護 する天地(あめつち)に。
どうか亨 だけは殺 さんといてくださいと、強く祈 ってた。
俺は死ねる。
ヘタレでアホなボンボンやけど。他 の誰 のためでもない、亨 を守るためやったら、死ねると思う。
それで亨 は助かるんやからと思えば、死ぬのが怖 いと思えへん。
そやから亨 には無事でいてもらわへんと困 る。
弱っちい俺が、斎主 として、あるいは龍 への生 け贄 として、なけなしの勇気を振 り絞 るためにも、亨 は俺に守られといてもらわな困 るんや。
そんなんは、裏切 りやろか。
俺がずっとそんなことを考えてたなんて知ったら、亨 は怒 るやろうか。
ずっと最後まで、行き着くとこまで一緒 に行くって、約束したのに。
それが俺の、嘘 やったなんて。
「遅 れまして申 し訳 ありません」
雷電 を携 えた新開 師匠 が、人垣 を押 し分 けて現 れた。
いつもの髭面 に、見慣 れんかんじのスーツ着た格好 で、仮装 パーティー並 の時代祭 な面々 の中では、むしろ師範 のほうがコスプレみたいやった。『一般人 』て書いた、お題の札 がさがってそうな。
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