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27-13 アキヒコ

 師範(しはん)はそれにも、無表情(むひょうじょう)やった。  まさに鉄の無表情(むひょうじょう)。  (あま)(から)みついてくる、()()()えた(けもの)のような、長い()()(けん)(せい)なんか、この世に()らんかのような、平静(へいせい)さやった。  実際(じっさい)そうかもしれへん。雷電(らいでん)は、この世に()らん。一般的(いっぱんてき)な意味では。  小夜子(さよこ)さんの住んでいる、一般的(いっぱんてき)位相(いそう)では、(けん)が人型に化けたり、(しゃべ)ったりすることなんか、ありえへん。  だってただの道具やし、鉄なんやから。  しかし聞くところによると、雷電(らいでん)出自(しゅつじ)(いん)鉄(いんてつ)らしい。  ただし雷電(らいでん)水煙(すいえん)とは(ちが)い、地面に落ちた。  墜落(ついらく)突風(とっぷう)と熱で、あたりの森林をなぎ(たお)して()(はら)い、その時受けた地球の大地との猛烈(もうれつ)摩擦(まさつ)によって、今以(いまもっ)てなお帯電(たいでん)している。びりびり(しび)れる神さんや。  水煙(すいえん)よりは随分(ずいぶん)(わか)いが、それでも人のタイムスケールで見れば、(おそ)ろしくトシを食っている。  こいつも宇宙(うちゅう)から来た神さんやねん。  そして水煙(すいえん)より(わか)い分、水煙(すいえん)ほどには(こら)(しょう)がない。  それともそれは単に、性格(せいかく)の問題やろか。猛烈(もうれつ)()えてる。 「さあ行こう、浩一(こういち)。こんな、しょうもない女なんか()っておいて、俺と一戦(いっせん)(まじ)えよか」  (ほね)との戦いのことを言うてんのやろうけど、雷電(らいでん)の息は(かす)かに(あえ)いでた。  (わざ)()くした戦いは、こいつら(けん)の神にとってはアレや。  ()()うて(あえ)ぐのと同じ。  水煙(すいえん)かて、思い通りの(わざ)が決まれば、いつも決まって、熱い熱い溜息(ためいき)をつく。 「浩一(こういち)さん……」  雷電(らいでん)は、師範(しはん)(あご)()()せて、その(くちびる)に口付けようとした。  それはさすがの師範(しはん)も、無視(むし)はしいひんかった。  ()けたんや。顔を(そむ)けて、神の接吻(せっぷん)(こば)んだ。  雷電(らいでん)はそれに、(かす)かに顔をしかめ、師範(しはん)の名を()小夜子(さよこ)さんは、それに、さらに呆然(ぼうぜん)として見えた。  新開(しんかい)師匠(ししょう)雷電(らいでん)を、伝家(でんか)宝刀(ほうとう)として、お(とう)さんから世襲(せしゅう)したんやと思う。  そのへん(くわ)しく()()んで()いたことはないけども、だいたいの(さっ)しは付くわ。どうせ、秋津(あきつ)家と大差ない事情(じじょう)なんやろ。  剣豪(けんごう)血筋(ちすじ)に、(けん)の神が()いていて、熱く()えてるその神は、時々接吻(せっぷん)強請(ねだ)る。  血もよこせと強請(ねだ)る。  そして(ほか)のモンも、時には強請(ねだ)る。  それを(こば)むのは非礼(ひれい)やないやろか。  ご神刀(しんとう)なんやし、まして雷電(らいでん)美貌(びぼう)の神やった。見ているだけで(しび)れるような。  それと一体になって()い、その()(するど)さに(ふる)えた後に、熱い(うで)(あま)()かれて、(こば)める(やつ)がどんだけおるやろ。  それには鉄の意志(いし)がいるわ。  そして師範(しはん)には、その鉄の意志(いし)があったってことやろ。  師範(しはん)は神として、雷電(らいでん)のことは(あが)めていたけど、でも小夜子(さよこ)さんを愛してた。  (まつ)りはしても、それだけやった。  ただ、朝な夕なに(おが)むだけ。  時には祝詞(のりと)も上げてやったかもしれへん。  お前は美しい、素晴(すば)らしい神や。心から(あが)めてる。そう言いはするけど、師範(しはん)にとっては雷電(らいでん)は、親から(たく)された重荷(おもに)でしかなかった。  それを(こば)(つづ)ける(かぎ)りはな。 「因果(いんが)ななぁ……」  皮肉(ひにく)とも、同情(どうじょう)ともつかん(ひび)きで、水煙(すいえん)がぼやいた。  俺も水煙(すいえん)を、同じ境遇(きょうぐう)に追いやっているとも言える。  師範(しはん)ほどの鉄の意志(いし)がないだけで、結論(けつろん)を言えば同じやないか。  水煙(すいえん)(くら)片付(かたづ)けて、別のとばかり愛し合っている。  それは正しいことか。それとも間違(まちが)ってんのか。俺にはもう、ようわからん。 「そんなん、土壇場(どたんば)でやらんと、前もって話つけとけ、ドアホ」  ケッと()()てるように、銀色のイタチが(しゃべ)った。  太刀(たち)のままでやけど、もう、一遍(いっぺん)正体見てもうたら、こまっしゃくれたイタチしか頭に()かばへんから。何のロマンもない。 「しょうがない……浩一(こいつ)が俺とは口きかんのや。封印(ふういん)されてもうて、化けることもでけへん。今になってやっと、ここで一息つけた。なんや今日(きょう)は、ただならぬ霊気(れいき)が、(みなぎ)っているようやな」  ヤハウェ様の霊力(れいりょく)二倍ボーナスエリアやから。  この時ホテルのロビーからでは、見えてへんかったけども、神戸(こうべ)の上空には、全天を(おお)う天使たちが手に手をとった天使の(くさり)が、大きな円環(えんかん)になって、巨大(きょだい)結界(けっかい)形作(かたちづく)っていた。  神戸(こうべ)から何者も出さず、神戸(こうべ)に何者も侵入(しんにゅう)させへん、天使(てんし)たちの神戸(こうべ)封鎖(ふうさ)や。  (なまず)(ほね)を外へ()らさず、この街の中だけで事を解決(かいけつ)できるようにという、ヤハウェ様からの援助(えんじょ)やな。  かごめかごめや。(みな)子供(こども)のころに遊んだことある?  俺はないなあ。あはは。アキちゃん、そんなんしてくれる友達(ともだち)おらへんかったから。  せやけどあれには呪力(じゅりょく)があるんや。  普通(ふつう)の人がやるだけやったら、ほんの軽いもんやけど、手を(つな)いで()になると、その()の内側には、特殊(とくしゅ)位相(いそう)が生まれる。結界(けっかい)や。  それを通力(つうりき)の強い(もん)がやれば、おのずと強い結界(けっかい)形成(けいせい)される。  まして霊力(れいりょく)(かたまり)みたいな天使たちが手を(つな)ぐんやから、それはそれは強力なかごめかごめや。

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