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27-14 アキヒコ
どうせやったらもっと、ピンポイントの結界 張 ってくれたらええのに。
鯰 様だけ囲 い込 むとかさ。
どうせやったらそのまま永遠 にずっと、鯰 様捕 まえといてもらうとかさ。
そしたら俺らも死なんで済 むのに。あからんしいで。
天使は長い時間、下界 に降臨 してられへんねん。
今も上空に居 るように見えるけど、あれは見えてるだけで、いくつか隣 の位相 に居 るだけらしい。
それでも大きな影響力 を、人界 に対して行使 できるけども、永遠 にずっとというわけにはいかへん。
人界 は天使の棲 む位相 やないんや。
人界 のことは、人間達 でなんとかせんとな。人事を尽 くして天命 を待つって、昔の人も言うてるやんか。
神様ヘルプは、ここぞという時にしか使えへんのや。
「太刀 に戻 ってくれ、雷電 。骨 を斬 りにいかなあかん」
師範 はやっと、雷電 に話しかけた。それも目も見ず独 り言 のようやった。
雷電 はそんな仕打 ちに、少々傷 ついたような顔をしたけども、しょせんは式神 で、使役 を受けてる霊 であり、雷電 は新開 師匠 が好きらしかった。
戻 れと命じられたら、戻 るしかない。
また小さな雷光 を閃 かせ、一振 りの見事な太刀 に戻 った雷電 は、おとなしく師匠 の右手に収 まっていた。
それが人型に化けたことなんて、まるで悪い夢 やったように。
「行ってくるわ、小夜子 。堪忍 してくれ」
詫 びるしかないというように、師範 は詫 びていた。
そういう日はいつか来る。ずっと正体を秘密 にしておくのは無理や。
それが今日 やと決めたのは、運命やのうて、師範 本人やないかな。
奥 さんをこのホテルに連れてきた時から、師範 はほんまは覚悟 決めてたんやないか。俺にはそんな気がするわ。
「そんな形(なり)で行くんか。格好 つかんわ。ちょっと着替 えさせてやれ、秋尾 」
師範 が小夜子 さん好みのスーツ着てんのを、大崎 先生は気に食わんかったようや。はいはい言うてる秋尾 さんが、師範 の右腕 に触 れ、あっという間に着替 えさせていた。
俺や大崎 先生と同じ、真っ黒けの斎服 に。
それは師範 にも、よう似合 うてた。いかにも鬼道 (きどう)の家の跡取 り息子 やった。
しかし見慣 れぬ姿 をした旦那 を、小夜子 さんは気の毒なようなぼんやりした目で、悲しげに見つめてた。
それを眺 める亨 が、ちょっと困 ったように、同情 の顔をしてたのを、俺は憶 えてる。
「朧 。戦いに出るもんが皆 出ていったら、もう一度結界 を閉 じておいてくれ。強く強く、悪いモンが入ってこんようにな」
「ええけど……それで俺が死んでもうたら、皆 、出られへんようになるよ?」
「死なへんかったらええだけの話やないか」
可笑 しそうに、大崎 先生は答えた。
朧 はそれに、妙 な顔をした。
なんでそんな、困 ったような顔すんのや。
死ぬつもりやったんか、湊川 。
わざとやなくても、そういう事も、あるかもしれへんなあと、思ってたんか?
残念やけども、そうはいかへん。
湊川 怜司 は霊振会 と契約 していた。
依頼 された仕事を完遂 するという、雇用 契約 や。
鬼道 の世界では、契約 は神聖 であり、絶対的 なもんなんや。
人の世でもそうかもしれへんけど、最後までやるといって引き受けた仕事がある限 り、それは最後までやらなあかん。
そういう呪力 によって、縛 られている。
途中 で死んでもうたりする、不可 抗力 でもあれば別やけど、そうならへんように努力するのかて、契約者 の義務 やろう。
大崎 先生は、案外 、機転 の利 く人や。
守らなあかん人々を、湊川 怜司 に命じて神隠 しに遭 わせ、その人らを現世 に連 れ戻 す仕事を、最後の最後に奴 に残した。
それで帰ってきいひんかったら、隠 された人らはどないなんの。
その中には、竜太郎 かて居 るんやで。
それを無視 して、お前は死ねるやろうか。
永遠 に出られへん、どこかの位相 に、竜太郎 たちを閉 じこめて、そのまま消えたりできるかな。
できるかもしれへんという疑 いが、俺にはまだあったんやけど、大崎 先生はそうは思うてへんかったようや。
朧 は戻 ってくる。
ただ鍵 を開けて、中に仕舞 った人たちを、現世 に連 れ戻 すために。そのためだけにでも、生きて戻 るやろうと、信じていた。
あるいはそう信じてやることが、今この神さんには必要や。
なにか用事がある限 り、湊川 は消えはしいひんやろう。
案外、律儀 な奴 やねん。
「朧 を守ってやれ、虎 。秋津 の坊 には儂 らがついとる。それに自分でも戦いよるやろ。水煙 の使い手なんや、そこそこやるんやで」
俺なんかほっとけと、大崎 先生は信太 に命令していた。
俺の虎 やのに。めっちゃご主人様みたいやった。
信太 はそれに困 ったような顔をして、俺の顔色をうかがったけども、頷 いて許 してやると、どことなくホッとしたようやった。
たぶん信太 は、朧 が心配やったんやろう。
骨 との戦いのどさくさで、あっさり死んでまうんやないかって。
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