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三都幻妖夜話(3)神戸編 27-15 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
27-15 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
711 / 928
27-15 アキヒコ
確
(
たし
)
かに
朧
(
おぼろ
)
はちょっと
影
(
かげ
)
が
薄
(
うす
)
かった。なんとなく元気もなかった。 無理はないけど。俺のせいかもしれへんけど。 でも俺を
責
(
せ
)
めんといてくれよ。 おとんのせいやんか。おとんが
全
(
すべ
)
て悪いんやで。 俺に
文句
(
もんく
)
言われても
困
(
こま
)
りますんで! 「
戦闘員
(
せんとういん
)
は
支度
(
したく
)
が
整
(
ととの
)
ったようや。行こか。
斥候
(
せっこう
)
の
骨
(
ほね
)
がいたくらいや。外にはもう、うようよしとるやろ」 にやにや
笑
(
わろ
)
うたような顔をして、
大崎
(
おおさき
)
先生はホテルの外を
透
(
す
)
かし見ているような目やった。 「ええか、
坊
(
ぼん
)
。お前は
未熟者
(
みじゅくもの
)
やさかいな、教えといてやるけども、これからお前がする仕事はな、
正義
(
せいぎ
)
の
味方
(
みかた
)
とちがうんやで。
悪事
(
あくじ
)
ではない、そやけど、
善行
(
ぜんこう
)
でもない。お前はな、
畏
(
おそ
)
れ
多
(
おお
)
くも天地(あめつち)の神々の、ごく自然のなさりように、
差
(
さ
)
し
出口
(
でぐち
)
を
利
(
き
)
こうというんや。それを
恥
(
はじ
)
と思いこそすれ、俺は
偉
(
えら
)
いと思うたらあかん。よくよく自分の身を
弁
(
わきま
)
えて、心から
祈
(
いの
)
り、そして神々の
慈悲
(
じひ
)
を
乞
(
こ
)
うんや」
薄
(
うす
)
い
笑
(
え
)
みのまま、
大崎
(
おおさき
)
先生は
秋津
(
あきつ
)
の
巫覡
(
ふげき
)
の
心得
(
こころえ
)
の速習コースみたいなことを俺に話した。 そやけどそれは、
一応
(
いちおう
)
言うけど、俺が
理解
(
りかい
)
できるとは思うてないような話しぶりで、
確
(
たし
)
かに俺は、わかってへんかった。 神を
倒
(
たお
)
すのやと思うてた。
鯰
(
なまず
)
という、人殺しの悪い神さんを、これから
皆
(
みな
)
でやっつけんのやと。 そうして
神戸
(
こうべ
)
を救えれば、俺らはヒーローや。 そういうもんやないかと、心のどこかでは思っていたやろう。 「
慈悲
(
じひ
)
を?」 「そうや。
鬼
(
おに
)
と出会うたら、泣いて
斬
(
き
)
れ。それは神や。生きてる人間の
分際
(
ぶんざい
)
で、
神殺
(
かみごろ
)
しをやろうというんや。お前の身は
呪
(
のろ
)
われるやろう。それによって救われる者も
居
(
お
)
るかもしれんが、それはたまたまや。自分が
偉
(
えろ
)
うなったと
勘違
(
かんちが
)
いはするな」
淡々
(
たんたん
)
と言われ、俺は
混乱
(
こんらん
)
して、口ごもっていた。 それは何?
謙虚
(
けんきょ
)
でいろということなんか。 俺はそんなに、
偉
(
えら
)
そうにしてたか。 そんなつもりはなかったんやけど。 そう
悩
(
なや
)
んで目の泳ぐ俺を見て、また
大崎
(
おおさき
)
先生はにやりとしていた。 「行けば分かる」
出陣
(
しゅつじん
)
の
合図
(
あいず
)
が、何かあったやろうか。俺にはわからへんかった。
強
(
し
)
いて言うなら、
蔦子
(
つたこ
)
さんを乗せた
白銀
(
はくぎん
)
の
狼
(
おおかみ
)
が、天を
突
(
つ
)
くような
朗々
(
ろうろう
)
と高い声で、
鋭
(
するど
)
い
遠吠
(
とうぼ
)
えをした。 そして
奴
(
やつ
)
は、雪と氷を
纏
(
まと
)
い
付
(
つ
)
かせたような毛皮を
靡
(
なび
)
かせ、
踊
(
おど
)
るような足取りで、その場から
駆
(
か
)
けだした。
頬
(
ほほ
)
を
凍
(
こお
)
らせるような、冷たい
木枯
(
こが
)
らしが
吹
(
ふ
)
き
付
(
つ
)
けてきて、
雪狼
(
ゆきおおかみ
)
の
蹴
(
け
)
る一歩ごとから、白い
雪煙
(
ゆきけむり
)
が
舞
(
ま
)
った。 不思議な絵のような
一瞬
(
いっしゅん
)
やった。
誰
(
だれ
)
も一歩もその場から動いてへんのに、
景色
(
けしき
)
のほうが動いて見えた。 くらっと頭が
酩酊
(
めいてい
)
したようになり、
瓦礫
(
がれき
)
に
埋
(
うず
)
もれていたヴィラ
北野
(
きたの
)
のロビーが遠のいて、
背後
(
はいご
)
にみるみる
消
(
き
)
え
失
(
う
)
せていく。
閉
(
と
)
じられるトンネルの向こう側にいるみたいに、そこに残される人やら式(しき)の
姿
(
すがた
)
が、暗く遠くなっていき、どこか遠い別の場所へ
隠
(
かく
)
されようとしていた。 それは
朧
(
おぼろ
)
の力やったんやろう。まさに
神隠
(
かみかく
)
しや。 ヴィラ
北野
(
きたの
)
というホテルごと、それが元々そこにはなかったみたいに、別の
位相
(
いそう
)
へと切り分けられていき、これから戦おうという
奴
(
やつ
)
らだけが、何もないその場に残されていく。 俺は見つめた。 その
取
(
と
)
り
除
(
の
)
けられる人の
群
(
む
)
れの中には、
小夜子
(
さよこ
)
さんもいたし、
竜太郎
(
りゅうたろう
)
もいた。 命をかけて戦うには、
竜太郎
(
りゅうたろう
)
はまだ小さすぎたし、それにあいつの戦いは、もう一足先に終わっていたやろう。 じっとこちらを見ている
姿
(
すがた
)
が遠のいて、小さく
消
(
き
)
え
失
(
う
)
せていく横で、なんでそこに残されたんか、
不死鳥
(
ふしちょう
)
の
寛太
(
かんた
)
が立ちつくしていた。 ぼうっと心ここにあらずの顔をした、
呆
(
ぼ
)
けたようなその
姿
(
すがた
)
を、俺はじっと見つめた。 そしてその横で、
唖然
(
あぜん
)
と
驚
(
おどろ
)
いている顔をした
亨
(
とおる
)
が、俺からどんどん遠くなるのを、ただじっと、
黙
(
だま
)
って見送った。
亨
(
とおる
)
はなにか、
叫
(
さけ
)
んでたような気がする。 声は聞こえへんのやけど、たぶん、アキちゃんと、俺の名前を
呼
(
よ
)
んでいた。
亨
(
とおる
)
はさぞかし、びっくりしたやろう。 自分も行く気で、俺の
傍
(
そば
)
におったはずやのに、急に世界が
違
(
ちが
)
ってもうて、俺はこっちに、あいつはあっちに。 俺は
骨
(
ほね
)
の出る戦場に。
亨
(
とおる
)
はホテルに。 安全で
無難
(
ぶなん
)
な、中西さんもいるヴィラ
北野
(
きたの
)
に。 そしてたとえ俺が死んでも、あいつはきっと安全やろう。 あっちに
居
(
お
)
るかぎりは、俺を助けようとして、とばっちりで死ぬような事もない。 まだ遠ざかっていっている、小さな暗い点のように見える向こう側の世界から、俺は目を
背
(
そむ
)
け、自分の手にある
水煙
(
すいえん
)
の
柄
(
え
)
を、ぎゅっと
握
(
にぎ
)
り
直
(
なお
)
した。 ええのかアキちゃん、
亨
(
とおる
)
を置いていってと、
水煙
(
すいえん
)
は俺を
気遣
(
きづか
)
ったふうに
訊
(
たず
)
ねてきたが、俺はそれには何も答えられへんかった。 俺が
亨
(
とおる
)
を置いてけぼりにしたんやろうか。 何でそういうことになったんか、ほんま言うたら分からへん。自分がどないしてそれをやってのけたんか、実を言うたら分からんねん。 ただ俺は
亨
(
とおる
)
に、ついてくるなと強く
念
(
ねん
)
じた。ただそれだけや。
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椎堂かおる
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