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27-16 アキヒコ
ついてきたらお前は、骨 にやられて怪我 するかもしれへん。
下手 したら死ぬかもしれへん。
俺が龍 に食われる時に、龍 と戦おうとするかもしれへん。
そういうことになってはまずい。
誰 にも迷惑 をかけず、綺麗 に別れるんやったら今ここで、あっさり別々の道へ別れたほうが、ええ引 き際 やとその時には思えてん。
それで気がついたら、そういうことに。
現世 から切り分けた、神隠 しの安全地帯を閉 じながら、朧 はじっと俺を見ていた。
恨 んだような、怖 い目やった。
それでも異界 を閉 じようという、与 えられた仕事をやめようとはしなかった。
奴 は霊振会 との契約 に縛 られていて、やめようったってやめられへんかったんやろう。
それに、亨 たったひとりのために、途中 でやめてもう一回ってわけにはいかへん。
さあ行くでって、手に手に武器 を携 えた戦闘員 たちは、すでにもう、あちこちへ散 る足取りで、その場から立ち去り始めていた。
蔦子 さんを乗せた狼 はまだ、辺りを走り回る軽快 な足取りで、舞 うように駆 けていて、蔦子 さんが引いた裳裾 や領巾 からは、光る太陽の粉のようなものが、きらきらと散り、戦いに出ていく者たちの体にまとわりつくように飛 び交 っていた。
それは武運 を祈 る蔦子 さんの霊力 の光で、蔦子 さんが祈 った天地(あめつち)の神が垂 れる祝福 の光でもあった。
アキちゃんと、俺を呼 んでる亨 の声が、空耳のように、何度も聞こえた。
俺はその声に、さよならと言うた。
さよなら亨 。これでほんまに、さよならかもしれへん。
俺はもう、明日 の朝には死んでんのかもしれへん。
そしたらお前とはもう、会われへんけど、俺のことなんか忘 れて、誰 かと幸せに生きていってくれ。
でももし俺に運があって、明日 も生きてここに戻 って来られたら、お前と一緒 に生きていく一生の続きに、何食わぬ顔で戻 ってきてもええやろか。
俺はほんまにそうしたい。生きて戻 って、またお前と出町 の家で、絵描 いたり飯 食ったりしたい。いつも通りの平和な毎日に戻 りたい。
せやけど俺は逃 げるわけにはいかへんねん。
なんでって。そうやなあ。それはたぶん、俺が三都の巫覡 の王やからやない?
別に、自惚 れて、そう言う訳 やないんやけども。
もし仮 に、俺が今ここでトンズラこいたら、一体誰 が俺の代わりをやれるやろ。
血筋 からいって、竜太郎 ?
それはどうやろ。あいつは中一なんやで。
それとも蔦子 さん? それもどうやろ。おかん死んだら竜太郎 が可哀想 やしなあ。
第一、俺は、女に庇 ってもろて助かりたいとは思わへんわ。
そんなら大崎 先生か?
先生死 なんでよかったわって、ちょっと前に秋尾 さん喜んでたやん。
それをやっぱり死んでくれなんて、さすがにちょっと気まずうて、言うに言われへん。
一体誰 が他 におるやろ。
その血筋 に生まれついて、その座 を継 ぐべき立場の俺を差し置いて、他 の誰 が斎主 をやれる?
しょうがない。
これは、そう……血筋 の定 めやねん。
そういう妙 な諦 めが、俺の体の中にはあって、逃 げようという気は全くしいひんかった。
それも血筋 のせいやろか。
しょうがないアキちゃん、しょうがないわって、水煙 はいつも言うけども、土壇場 で足掻 かへんのは、水煙 由来 の秋津 の悪い癖 か。
すぱっと潔 いのはええけども。往生際 がよすぎんのも、どうかなあ……。
それはほんまに、正しいことやったろうか。
「アキちゃん、蔦子 についていけ」
太刀 のままの水煙 が、俺の手の中から語りかけてきた。
俺はちょっと、ぼんやりしとったかもしれへん。
これで亨 と今生 の別れかと思うと、頭がくらくらした。
せっかく掴 んだ幸せが、あっさり手の中からすりぬけていったようで、ほんまはものすご辛 かった。
指先が凍 えるほど冷えて、脳 みそが凍 り付 いて縮 んだみたいに、頭がズキズキ痛 んだ。
俺は悲しかった。悲しいというのがどういう気持ちか、生まれて初めて知った。
そういう俺の気持ちに察 しはついてたやろうけど、水煙 は亨 を置いていくことには、何一つ言わへんかった。いいとも、悪いとも。
なんでやねんと突 っ込 んできたのは、水煙 やのうて朧 のほうやった。
言われたとおり出ていこうという俺の後を追って、朧 は丸腰 でついてきた。
「なんでや先生、なんで蛇 を置いていくんや。傍 から離 すな言われてんのやろ」
怒 った顔して、朧 は鬼 みたいやった。
隣 を歩く白い顔が、いつもに増 して冷たく青ざめて見えた。
「おとんがそう言うてるだけや。言うこときかなあかん義理 はない」
俺は瓦礫 を踏 みしめながら、朧 と目を合わせる勇気のないまま答えた。
「なにか考えがあって言うてんのやないか……先生のおとんは」
庇 う口調の朧 は、今でもおとんの式神 のようや。
「亨 を生 け贄 にしろて言うのやろ。俺はそんなん嫌 や」
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