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27-17 アキヒコ

 (こば)む俺の口ぶりは、少々意固地(いこじ)やったかもしれへん。  なんで(みんな)、おとんの味方(みかた)するんや。  (みんな)やないって?  そうやろか……。  (とおる)を殺せという(やつ)(かば)(やつ)()るなんて、それがたとえ(おぼろ)でも、俺は(ゆる)せへん。  思わず(うら)みがましいジト目で(にら)むと、(おぼろ)(なや)んだような、(むずか)しい(こま)り顔やった。 「そやけど、(りゅう)()(にえ)にって、あの子はなんやねん。そこらの(へび)(ちが)うんか? 名のある古い神さんやったんか? そんなら何で、あの子の力を信じてやらへんねん。先生が信じてやらな、あかんやないか。あの子は先生を助けたいんやで」  (おぼろ)にくどくど言われながら、俺は歩いた。  なんて返事をしたもんか、考えてる(ひま)はなかった。  目の前に(せま)現実(げんじつ)に、俺は圧倒(あっとう)されていた。  ()暗闇(くらやみ)の街を照らす、天空(てんくう)からの一条(いちじょう)の光に()かび()がっていたのは、(くず)()ちた北野(きたの)街並(まちな)みやった。  ほんの何日か前に、(とおる)と手(つな)いで歩いた北野坂(きたのざか)。  美形(びけい)の小説家がやっている、緑のドアの朝飯屋(あさめしや)。  ちょっとレトロな異人館(いじんかん)。  気持ちいいジャズの流れるカフェも、全部瓦礫(がれき)になっていた。  そしてそこには、ぞっとするくらいの数の骸骨(がいこつ)が、(むら)がっていた。  角砂糖(かくざとう)にたかる(あり)()れのように。  (くず)()ちた街の下に(ねむ)る人らの、死体にたかる禿鷹(はげたか)のように。  俺は呆然(ぼうぜん)とそれを(なが)めた。  なんやろ、これは。  こんな景色(けしき)は、生まれて初めて見た。  これがほんまに日本やろうか。  昨日(きのう)までの、お洒落(しゃれ)綺麗(きれい)で、安全で清潔(せいけつ)やった神戸(こうべ)の街やろか。  きっとこれは、悪い(ゆめ)や。  俺はとっさに、そう思おうとした。  でもこれは、()めへん(ゆめ)やった。そう簡単(かんたん)には()めへん。  俺が何とかしいひんかぎりは()めへん。  もっとひどい(ゆめ)になる。  (りゅう)がこの街にやってきて、まるごとひと()み。(だれ)ひとり助からへん。  スッカラカンのがらんどうになって、この土地は海に()まれる。  その事実が急に(むね)(せま)ってきて、体のどこか、ものすご深いところで、身震(みぶる)いがした。  俺はたぶん、(こわ)くて(ふる)えてたんやと思う。  (こわ)くてたまらへん。  こんな力を持ってる神に、ただの人の子が、どないして太刀打(たちう)ちできる。  たったの一瞬(いっしゅん)でこの街をぶっ(こわ)してもうた、(なまず)とかいう神さんに、俺みたいなひよっ子が、のこのこ出ていって勝てるわけがない。  勝てるわけない。  そう、俺はまだその時点までは、神に勝とうとしてたんかもしれへん。  そして、それがどんだけ(おろ)かな考えか、やっと気づいた。  (くず)()ちた街を()()たりにして、やっと。  そやけど、ブルッてもうてたのは、実は俺だけやったんやないか。  言うても霊振会(れいしんかい)の人らはベテランぞろいや。なにしろ十数年前の震災(しんさい)の時にも、これと同じことをした。  蔦子(つたこ)さんは、全然まったく動揺(どうよう)してへんように見えた。  白い(おおかみ)に乗って、先頭をいく蔦子(つたこ)さんは、(たし)かにどことなく、うちのおかんに()てるところがあった。  毅然(きぜん)としてて、何があろうがビビらへん。  ほんま言うたらビビってんのやろけど、それを外には出さへん。秋津(あきつ)の女や。  (みんな)の先頭に立って、(あら)ぶる神と(わた)()巫女(みこ)が、(こわ)い言うてたら始まらへん。  蔦子(つたこ)さんは、俺の目で見ても、まるで女神(めがみ)のようやった。  強い霊力(れいりょく)を発して燦然(さんぜん)と光り、隊列(たいれつ)(ひき)いていた。  何もせんでも、弱い(ほね)はその光を(おそ)れて、じわじわと仲間のいるほうへと()()った。  しかし何と言っても相手は多勢(たぜい)や。  やがて、こちらとあちら、二つの()れは、霊力(れいりょく)霊力(れいりょく)()()いが拮抗(きっこう)し、これより先へは進まれへんようなところまで来た。  手練(てだ)れらしい(ほね)たちはこちらを見つめ、暗い障気(しょうき)をむらむらと()いた。  それを(にら)み、さらに進めと命じるふうな蔦子(つたこ)さんの命令を、白い(おおかみ)(こば)んでいた。  女主人が(ほね)(けが)れに()れるのを、啓太(けいた)(こば)んだんやろう。  しかし(ほね)(ほね)で、蔦子(つたこ)さんのふりまく金の粉を、(こわ)がっているようやった。  日輪(にちりん)加護(かご)()れると、(やみ)眷属(けんぞく)である(やつ)らは、ダメージを受ける。  それはもちろん、こっちかて同じや。(やみ)()ければ、人は(むしば)まれる。  ゆっくりと(ほね)まで()みこむ、地獄(じごく)の毒にあてられて、死へと、冥界(めいかい)へと(さそ)われる。  まず第一の仕事は、その毒を持った障気(しょうき)から、神戸(こうべ)の街を守ることやった。  そこでまだ生きていて、今まさに死のうとしている人らを、守ること。 「戦わなしかたないようどすなあ。(やみ)障気(しょうき)()すぎて、()(とお)るわけにはいかへんようどす」  (くや)しげに、蔦子(つたこ)さんは()()きもせず、背後(はいご)に話しかけてきた。  それは俺に言うてんのやなかった。  たぶん俺なんか役に立たへんと、蔦子(つたこ)さんは始めから、()()ってたんやないか。 「下がっときや、お(つた)ちゃん」  俺のすぐ(そば)で、大崎(おおさき)先生がゆったりと、そう言うた。  その手には()()飛燕(ひえん)が、ぎらぎらと光って見えた。 「行こか、(ぼん)。ブルってもうて動かれへんか」

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