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27-18 アキヒコ
からかうような、大崎 先生の口ぶりに、俺は腹 が立たへんかった。
なんとなく、呆然 として、黙 ってそれに頷 いた。
大崎 先生が笑う声が、したような気がする。
「なんや、骨 の数見てビビってもうたんか。しゃあないなあ、水煙 、お前が連れてったれ」
大崎 先生が太刀 を構 える、鍔 の鳴る音がした。
それはひとつではなく、あちらこちらで同じ音がしていた。
俺の背後 で雷電 が、低く唸 るような鳴動 をしていた。
そこに新開 先生がおったんやろう。てんでガラ空 きの俺の背中 を、師範 が守ってくれてたわけや。
アキちゃんと、水煙 が密 やかに俺に語りかけてきた。
ビビらんでええねん。あれ全部をやっつけろという話ではない。それはお前の仕事やないし、もともと人間業 ではないんや。
鯰 は人を食う神や。それはどうにも避 けられへん。
お前は鯰 の元までいって、神と話をせなあかん。
そのための道を作るための斬 り合 いや。お前の前に立ちふさがる骨 だけを、斬 ればええんや。
俺はそれに頷 いたやろか。自分のリアクションを憶 えてへん。
脳天 まで完璧 にテンパってもうてたんやな。
いやあ、もう、ほんまにどんだけ青かったんやって話やで。
そやけど事実やし言わなしゃあない。
俺はたぶん、微 かにぶるぶる震 えながら、神剣 ・水煙 に寄 っかかるようにして突 っ立 っている青二才 やった。
きっと皆 が心配げにそれを見ていた。
俺の無様 を。
あるいは、かつて三都の巫覡 の王と謳 われた、秋津 家の凋落 を。
「大丈夫 やで先輩 、俺が守る」
気づくと喋 る黒い犬が、俺の足元にいた。
それは勿論 、瑞希 やったやろう。
俺の腰 まで届 くような、でかい犬やった。
夜中に俺の血肉 を食らって、こいつも成長していたらしい。
なんで亨 を置き去りにして、瑞希 は連れてきたんか、俺にはようわからへん。
いや、正直に白状 すると、俺はたぶん、こいつのことなんか忘 れてもうてた。
何かにつけ一杯 一杯 で、この時、でかくて黒い猟犬 が、温かい鼻先を俺の脚 に擦 り寄 せてくるまで、瑞希 もおるわということを、忘 れてた。
堪忍 してくれと、俺は瑞希 の柔 らかい毛並 みを撫 でた。
指先に触 れるその感覚が、俺を少し正気に戻 した。
そうや俺は、ひとりで戦うわけやない。霊振会 の巫覡 がわんさと居 るし、その式神 たちだって居 る。
俺にも居 るやん、式神 くらい。
信太 が俺の半歩先に立った。
目の醒 めるような黄色い宮廷服 やった。
あくまで眩 しい男や。でもその輝 くような黄色は、闇 の障気 のたちこめる風景の中で、神聖 な光を放 って見えた。
信太 はもともと絵やったらしいが、ただの絵やない。魔除 けの絵やった。
不吉 の方角、いわゆる鬼門 とかいうのから進入してくる鬼 やら邪気 をやっつけるための、防衛 の呪術 として描 かれた虎 の絵でな、宮廷 の守り神やったんや。
つまり信太 は生まれた時から、皇帝 陛下 のボディガードで、主 を邪気 から守るためにいた。
「先生、斥候 やりましょか。道を作れと、ご命令を」
「お前が死んだら儀式 はどないなるんや」
斬 り込 もうという信太 に、俺は案外 、打算的 なことを言うていた。
言われた信太 は、にやっと笑った。悪戯 っ子 みたいな笑 みで。
「そら困 るけど、俺が死ぬわけないですよ。あれっぽっちの骨 ではな。恐 いのは、鯰 と龍 だけや。その、おっかねえのに、急いで会いにいかなあかん」
ご命令をと、信太 は恭 しく俺にお辞儀 をしてみせた。
胸 のあたりで両手を握 り、拝 むように腰 を折る、中国風の作法 やで。
俺はそれに、うんとかすんとか言うたやろうか。とにかく信太 は行く気満々らしかった。
「お前も来い、瑞希 ちゃん」
「えっ、なんで俺?」
信太 が命じると、犬がぎょっとしたふうに言うた。
「なんでって、俺ひとりやと活躍 しすぎやもん」
「そんなん気にせえへんから、気にせず行ってきてください」
「いやいや、そんなん言わんと、瑞希 ちゃんも一緒 に行こう。骨 やで、ワンワンの大好きな骨 。いっぱいあるで」
「いやいや、俺は骨 なんか食わへんのです」
瑞希 は俺と一緒 にいたかったらしいわ。それでうだうだ言うとったんやけど、いつまでもうだうだは言うてられへんかった。
ズバーン、みたいに水煙 が怒鳴 った。
「はよ行かんか、獣 どもが、イラッとするわ! さっさと行って掃除 しろ!」
焼けた鱗 が鳴るような、金属 的な怒鳴 り声 やった。
俺はそれでちょっと目が醒 めた。水煙 が、化けもんやということを、たぶん始めて認識 した。
ケツ叩 かれた犬のように、びっくりした声で鳴き、俺の足元にまとわりついていたでかい猟犬 が駆 けだした。
それより速い俊足 で、信太 も薄暗 い障気 の中へ、苦しむふうも全く見せず、笑った顔で突撃 していった。
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