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27-20 アキヒコ
酒場で踊 る気楽さで、朧 が訊 ねた。
大崎 先生は骨 を切 り捨 てながら、笑っていた。
「ええなあ、そろそろ、ひとさし舞 おか」
うんうん、と朧 が微笑 で頷 くと、そこらにあった倒 れかけの電柱 のてっぺんに、黒くてもじゃもじゃのダスキンみたいなのが、ぽかんぽかんと現 れた。
あれに口があるって知らんかった。
そやのに黒ダスキンどもは大口 あけて、突然 しゃべり出した。
瑞希 の声で。それは宴会 のときに録音されてた音みたいやった。
『えっ、そんなん言われても、俺知らないですよ。ハクション大魔王 なんて』
なんの話。
水煙 の柄 を握 り直 しながら、俺は力が抜 けた。
骨 も抜 けたみたいやった。
『ええから、ええから。知らんでも歌詞 出るから。適当 に歌えばええから。いっしょに歌 てやるやん瑞希 ちゃん……はいはいマイク持つ持つ』
むちゃくちゃ強引 な口調でマイク押 しつけてる朧 の声がして、えっそんなと争うようなノイズが混 ざり、無理矢理に曲のイントロが始まっていた。
ハクション大魔王 ていうのは、昔のアニメや。俺も実物はよう知らん。
なんか昔流行 ったもんらしい。
そしてその主題歌が『ハクション大魔王 の歌』ていう、そのまんまタイトルな歌やけども、朧 の好きな歌らしい。
なんでそんなもんが好きなんやて訊 くと、この歌はな、式神 暮 らしの悲哀 を的確 に表現 した名曲なんやって。
聞くと切なくなってくんのやって。
アニメ『ハクション大魔王 』に登場する魔神 ハクション大魔王 は、壷 に囚 われていて、くしゃみで召喚 され、使役 されるという、悲しい運命の魔物 で、しかもあんまり万能 ではない。
むしろ役に立たないことのほうが多い。そのへんがリアルやと、やつは思うらしいねん。
そもそも一般 社会ではフィクションでしかない存在 の魔神 や式(しき)やいう連中から、うわっこれリアルや言われても、アニメ作った人もびっくりしはるやろけどな。
式神 仲間の間では、『ハクション大魔王 』リアルやという話には定評 があるらしい。DVDボックス持ってる奴 もおるらしい。もちろん朧 も持ってる。
ハクション大魔王 の描 いてあるTシャツまで持っているらしい。
やつがそんな昭和アニメのファンやというだけでも、俺の美学がちょっと傷 つくのに、まして朧 がハクション大魔王 のTシャツ着てるときがあるなんて、チラッと想像 の段階 でもアウトや。
しかもそんな衝撃的 な話に、こんな緊迫 の場面で出会 うてしまうというのは、俺にとっては予想もせんかったような衝撃 やった。
斬 ったはった、生きるの死ぬのの大合戦 とちゃうの、これ。
もちろん、そうや。状況 はなんも変わってへん。
実際 俺の目の前で、誰 だか知らん霊振会 の覡 が一人 、ものすごい跳躍 で飛びかかってきた骨 に、喉首 食いちぎられて死んだ。
俺はそのホラー映画 なみの場面に自分でもびっくりするような悲鳴を上げた。
アホみたいな曲を聴 かされて、大抵 の骨 はぽかんと我 を忘 れたようになっていたが、中には余計 に激昂 して、襲 いかかってくる奴 がいた。
そいつらこそが倒 さなあかん敵 やった。
骨 の髄 まで鯰 (なまず)の手下の、地獄 の眷属 どもや。
「アキちゃん、ぼやっとするな! 来るで!」
俺の横 っ面 をひっぱたくような声で、水煙 が怒鳴 ってきた。
それで我 にかえらんかったら、ちょっとヤバかったかもしれへんな。
鋭 い爪 のある骨 の手刀 の一閃 が、俺の喉首 をかすめていった。
焼けるような痛 さがあったけど、そんなことには構 ってられへん。
一太刀 二太刀 と切り結び、俺は結局、その骨 を自分では仕留 められへんかった。
背後 におった新開 師匠 の助太刀 が、骨 の眉間 をとらえ、そいつは歯噛 みするようにカタカタと、歯を打ち鳴らしながら崩 れ落 ちていった。
命取られるとこやった。
冷 や汗 だらだら垂 らしながら、俺は気がついた。
ひとつは、今のこの骨 は、神戸港 の白い結婚 船で戦ったやつと同じ、見慣 れん体術 を使うということ。
もうひとつは、霊振会 の軍勢 は、骨 と戦うためにやのうて、俺の護衛 として戦っているということや。
厳密 には、俺と信太 を守ってんのやろけど、信太 には自分で自分を守るだけの力がある。
そやのに斎主 である俺には、まだそれだけの力がなかった。
なんで俺は、この土壇場 で、力が及 ばんのやろ。
二十一年も生きてて、いったい何をやってきたんやと、ほんまにその時、腹 の底から後悔 したわ。
普通 でないのが嫌 やって、そんなの餓鬼 臭 い我 が儘 やったな。
人にはみんな人それぞれの、自分にしかない道があったやろうに、なんで俺はその道を、もっと一生懸命 歩いて来なかったんやろ。
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