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27-23 アキヒコ
いつもの師匠 は、どこへ行ってもうたんやろう。
冴 えへん髭 モジャのおっさんで、どうってことない、どこにでも居 るような、奥 さんを愛してる、普通 の人となんも変わらん剣道 の道場主 やったのに。
「鬼道 のことは、只人 に説いて聞かせても、どうせ分からんのや。考えるな。考えても答えはない。お前はお前の仕事をせえ」
師匠 は俺の目を見つめて、早口にそう教えた。
見つめ返す目の奥 に、俺と同じ世界を視 ている、闇 があった。
瓦礫 にはさまれた女は、恨 みの涙 に泣き咽 びながら、まだ俺のことを罵 っていた。
たぶん、この人には俺のほかに、恨 めるもんがなかったんやろう。
なにかを恨 み、罵 っていないと、耐 え難 いような悲しみが、その時あの場にあったんや。
俺はそれを、全身で受けた。そうする以外に手がなくて。
でも、ほんま言うたら俺は、感謝 されたかった。
助けてやったのに、なんで文句 言われなあかんねん。ほっときゃよかったんか、こん畜生 と思った。
そうして恨 むと、俺も悲しかった。
自分は正義 のヒーローのつもりで、人助けをしたのに、現実 はそんな単純 やなかった。
ええことしたわというオチやったはずが、俺は恨 みに背 を焼かれ、泣く泣く逃 げなあかんかった。
虚 しくて、悲しかった。
俺はお前らのために、神戸 を助けるために、今から死ななあかんのやぞと、俺は内心ぼやいた。
俺を誰 やと思うとんねん。
なんでそんな、俺に感謝 の欠片 もない奴 らのために、俺は死ななあかんのや。
納得 できひん。納得 できひんて、俺もたぶん、誰 をともなく恨 んでいたやろう。
こんなところへ俺を追いつめた、運命の悪戯 を恨 んだ。
この世で一番恐 ろしいのんは、鬼 でも蛇 でもない。人間の恨 みや。
助けたつもりが、俺は浅はかやったろうか。未 だにそれは、わからへんのや。
それの答えは誰 にもわからんと、皆 、口をそろえて言うわ。
鬼道 には、わからへんこと、割 り切 れへんことばかりがあって、あれは正しい、これは間違 いなんていう、学校で習う算数のようにはいかへんのや。
自分が正しいとは思わんことやと、大崎 先生はいつも言う。
いかにも、俺は正しいという面(つら)でやで。
何が正しい行いかなんぞ、伏見 の大権現 さんでもわからへんわと、大崎 先生はいつも笑って言う。
儂 らはな、頑張 ったかて誰 にも褒 めてはもらわれへん。只人 には、見えへん世界でやる仕事やさかいな。
力があれば、化けモンやと畏 れられ、忌 まれるだけの存在 や。お前が期待しているような、正義 の味方とちゃうんやでと。
「魔 がさしたな、坊 」
俺を迎 えに来たのは、その大崎 茂 大先生やった。
ぽんぽん肩 を叩 かれて、恨 みつらみで思わず棒立 ちになってた俺は我 に返った。
「儀式 に行かなな。気持ちはわかるが、この街の死人 を全部助けて回るのは無理なんや。朧 が近道を見つけたらしいわ。そこから先はすぐやさかい、大した人手もいらへんし、余 った奴 らは人助けに回そうか」
街に残れば、龍 に食われて死ぬかもしれへん、そんなところに残ってくれるのんが、何人おるかはわからへんけど、頼 んでみよかと、大崎 先生は俺を励 ました。
俺はそれに、頷 くことも、拒 むこともできへんまま、ただ黙 りこんで、水煙 の柄 を握 りしめていた。
そうやった。俺が絶対 に龍 を止められるとは限 らへんのや。
今からでも、逃 げればまだ助かる道はあるかもしれず、なんで霊振会 の皆 が逃 げへんのか、そのほうが不思議 なんやな。
なんでやろう。逃 げようなんて選択肢 は、俺の中にももう無かった。
突 き進 むしかないと、その時にはもう何の理由もなくそう思っていた。
目の前に危機 があり、それをなんとかせなあかんていうので頭がいっぱいになってて、自分だけそこからトンズラこけるかもなんてことは、一ミリも思わへんかった。
それも不思議 やな。
しかしそれは、誰 のためなんや。
助けたところで、神戸 の人らのうち何人が、俺らに感謝 してくれる?
誰 も知らん。誰一人 、俺がなぜ死んだか知りもせんような薄情 な街で、なんで俺らが、たったひとつしかない大事な命を張 らなあかんのや。
それが虚 しく、悔 しい気がした。
もう止 めたい。俺はつらい。
そやけど、俺らがもしここで退けば、鯰 は止まらへん。もっともっと、数知れんぐらいの人が死ぬやろう。
俺らが命がけで守らへんかったら、この街は滅 ぶ。
そしてそれは俺のせいなんや。
俺のせいやと、俺はそれを全部、ひとりの背 に背負 い込 んでいた。
あまりにも何もかも思 い詰 めすぎて、もう訳 がわからんようになってもうてた。
アキちゃんな、もうフラフラやねん。もう、フラッフラ。
もう頭フラッフラでな、なぁんも分からんようになってもうててん。
ただもう、必死。必死。必死やねんなぁ。
おかしいやろ。傍目 に見てると。
俺もおかしいよ。後になって思えば。
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