720 / 928

27-24 アキヒコ

 そやけど、そのまっただ中では真剣(しんけん)そのものやん。俺の目も血走(ちばし)るよ。  なんや、よう分からん火が街のそこかしこで()えていた。  どこかで出た火事が、消すための水もなく街を()めていく。  家も人も全部()えてまう。  瓦礫(がれき)から()()される土埃(つちぼこり)も、すごいもんやった。  もうもうたる粉塵(ふんじん)の中で、みんな()()な目をしていたよ。  まるで一(ばん)ずっと泣いてたみたいな赤い目や。  (もど)ると、霊振会(れいしんかい)巫覡(ふげき)円陣(えんじん)を組んでいた。  その中央で、蔦子(つたこ)さんが()っているのを、俺は見た。  長い領巾(ひれ)を、赤い尾鰭(おひれ)のように、ひらひらとはためかせて(おど)る、青い(ころも)をまとった蔦子(つたこ)さん姿(すがた)は、なんでか俺には人魚(にんぎょ)のように見えた。  秋津(あきつ)巫女(みこ)()姿(すがた)を、俺はそのとき初めて見たんやと思う。  おかんは俺に、()うところを見せてはくれへんかったし、秋津(あきつ)家に残る()い手はもう、おかんと蔦子(つたこ)さんの二人(ふたり)っきりや。  蔦子(つたこ)さんがふわふわと優雅(ゆうが)()って、華麗(かれい)に地を()むと、そこから水が()いた。まるで噴水(ふんすい)の中で(おど)っているみたいやった。  六甲山(ろっこうさん)から(くだ)ってくる地下水が、神戸(こうべ)の街には縦横(じゅうおう)に走っている。  蔦子(つたこ)さんは、その水脈を見つけ、()いによって地下の水霊(すいれい)に働きかけたらしいわ。  そんなん、ひとくちに言われてもな。  そんなことできるんや。すごいな、うちの親戚(しんせき)。ほんまに、ただモンやない。  人も人でなしも、蔦子(つたこ)さんの神通力(じんつうりき)のお(かげ)で、(かわ)いた(のど)(うるお)すことができた。  俺も冷や水を頭っから浴びて、ちょっとは目が()めたわ。  神戸(こうべ)の水はめちゃめちゃ冷たかった。六甲山(ろっこうさん)雪解(ゆきど)(みず)やからな。  そうして人心地(ひとごこち)つき、数を数えると、霊振会(れいしんかい)巫覡(ふげき)の数は()っていた。  死んだか、はぐれたか、()げたのかは知らん。とにかく、五人に一人(ひとり)は消えた計算やった。  それについては、(だれ)(おどろ)きもせず、(なげ)きもしいひんかった。  俺らはそんなことをするために、ここに円陣(えんじん)を組んだわけではないらしい。  (おぼろ)が近道を見つけたんや。大崎(おおさき)先生がそう言うてたやろう。  そこは、見た目はただの、公園やった。どこにでもあるような。  そやから俺らは、公園にたむろっている、見るからに(あや)しい霊能者(れいのうしゃ)()れやった。  もっともそんなこと、わざわざ見とがめる人もおらへん。  なんでかな。その公園には、普通(ふつう)の人らもいっぱい()ったんやで。  (くず)れた家や、火から(のが)れて、開けた公園に(すわ)()んでいる人たちが、いっぱい()った。  ただ、俺らとその人らとは、ちょっとばかり(ちが)位相(いそう)におったんやないか。  蔦子(つたこ)さんの()いによって()いた水は、向こう側には見えてへんかったけど、でも、水道管が(こわ)れて断水(だんすい)していた水飲み場の水道から、突然(とつぜん)、水が出るようになった。  奇跡(きせき)やというて、向こう側の人らは喜んでいた。  なんせ断水(だんすい)してもうたら、飲み水もないんや。  みんな喜んで、その出所(でどころ)(あや)しい水を、平気で飲んでいた。  それで生き返ったようやった。  そういう人らの様子を、()()えた蔦子(つたこ)さんは、満足げに見ていた。自分が起こした奇蹟(きせき)が、人々を救うのを。  そして救われた人の(だれ)一人(ひとり)、自分に感謝(かんしゃ)しいひんのを、平気で笑って(なが)めていた。  俺はそれに、ちょっと(へこ)んだ。  俺って、(あま)い?  (あま)いかな、アキちゃんは。  ありがとう言うてくれと思うほうが間違(まちが)ってんのかな?  しょせん、俺は蔦子(つたこ)さんとは年期(ねんき)がちがうな。  ごめん、アキちゃん自意識(じいしき)過剰(かじょう)やねん。ええことしたら()めてもらいたいんや。ようやったアキちゃんええ子やなぁ言うてもらいたいねん。  どうせ餓鬼(がき)なんや俺は。自分のことだけで頭がいっぱいや。  俺が俺がって思うてしまうんや。とことん人間ができてへんな。もうあかん。  いやいや、(へこ)んでる場合やないって。もう行かなあかん。  アキちゃん仕事があんのやったわ。  今から死のうという(とら)が、(おぼろ)が開いた別の位相(いそう)への入り口のところで、俺を待っていた。  その入り口は、なんでかしらん、公園の小山のような、コンクリートでできた(すべ)(だい)の、中程(なかほど)にある横穴(よこあな)やった。 「なんでこんなとこに別世界への入り口があんの」  位相(いそう)やなんやには(くわ)しくないらしい(とら)が、(おぼろ)文句(もんく)を言う口調やった。 「あるんやもん、しゃあないやん。これでロックガーデンまで行ける」  コンクリの山に()()さっている土管(どかん)片腕(かたうで)をかけて、(おぼろ)はダルそうに答えた。 「いやいや、あのな、怜司(れいじ)。ここからロックガーデンまでバリ遠いで。それに、この土管(どかん)バリ(せま)いしな。どうすんの、これ……」 「どうすんのって、()っていくんや。四つ足得意(とくい)やろ。文句(もんく)言わんとさっさと行け。一本道やし、それにワープ的な仕様(しよう)になっとうから実測(じっそく)的な距離(きょり)をハイハイするわけやない」  信太(しんた)文句(もんく)言う時の(おぼろ)神戸(こうべ)(べん)やった。  それにワープ的な仕様(しよう)って。  まさか自分が生きているうちにワープを体験するとは、俺は思ってもみいひんかった。 「ワープってワープですかね」  ごくりと(つば)飲む口調で、瑞希(みずき)真剣(しんけん)()いてきた。

ともだちにシェアしよう!