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27-24 アキヒコ
そやけど、そのまっただ中では真剣 そのものやん。俺の目も血走 るよ。
なんや、よう分からん火が街のそこかしこで燃 えていた。
どこかで出た火事が、消すための水もなく街を舐 めていく。
家も人も全部燃 えてまう。
瓦礫 から吐 き出 される土埃 も、すごいもんやった。
もうもうたる粉塵 の中で、みんな真 っ赤 な目をしていたよ。
まるで一晩 ずっと泣いてたみたいな赤い目や。
戻 ると、霊振会 の巫覡 は円陣 を組んでいた。
その中央で、蔦子 さんが舞 っているのを、俺は見た。
長い領巾 を、赤い尾鰭 のように、ひらひらとはためかせて踊 る、青い衣 をまとった蔦子 さん姿 は、なんでか俺には人魚 のように見えた。
秋津 の巫女 が舞 う姿 を、俺はそのとき初めて見たんやと思う。
おかんは俺に、舞 うところを見せてはくれへんかったし、秋津 家に残る舞 い手はもう、おかんと蔦子 さんの二人 っきりや。
蔦子 さんがふわふわと優雅 に舞 って、華麗 に地を踏 むと、そこから水が湧 いた。まるで噴水 の中で踊 っているみたいやった。
六甲山 から下 ってくる地下水が、神戸 の街には縦横 に走っている。
蔦子 さんは、その水脈を見つけ、舞 いによって地下の水霊 に働きかけたらしいわ。
そんなん、ひとくちに言われてもな。
そんなことできるんや。すごいな、うちの親戚 。ほんまに、ただモンやない。
人も人でなしも、蔦子 さんの神通力 のお陰 で、乾 いた喉 を潤 すことができた。
俺も冷や水を頭っから浴びて、ちょっとは目が醒 めたわ。
神戸 の水はめちゃめちゃ冷たかった。六甲山 の雪解 け水 やからな。
そうして人心地 つき、数を数えると、霊振会 の巫覡 の数は減 っていた。
死んだか、はぐれたか、逃 げたのかは知らん。とにかく、五人に一人 は消えた計算やった。
それについては、誰 も驚 きもせず、嘆 きもしいひんかった。
俺らはそんなことをするために、ここに円陣 を組んだわけではないらしい。
朧 が近道を見つけたんや。大崎 先生がそう言うてたやろう。
そこは、見た目はただの、公園やった。どこにでもあるような。
そやから俺らは、公園にたむろっている、見るからに怪 しい霊能者 の群 れやった。
もっともそんなこと、わざわざ見とがめる人もおらへん。
なんでかな。その公園には、普通 の人らもいっぱい居 ったんやで。
崩 れた家や、火から逃 れて、開けた公園に座 り込 んでいる人たちが、いっぱい居 った。
ただ、俺らとその人らとは、ちょっとばかり違 う位相 におったんやないか。
蔦子 さんの舞 いによって湧 いた水は、向こう側には見えてへんかったけど、でも、水道管が壊 れて断水 していた水飲み場の水道から、突然 、水が出るようになった。
奇跡 やというて、向こう側の人らは喜んでいた。
なんせ断水 してもうたら、飲み水もないんや。
みんな喜んで、その出所 の怪 しい水を、平気で飲んでいた。
それで生き返ったようやった。
そういう人らの様子を、舞 い終 えた蔦子 さんは、満足げに見ていた。自分が起こした奇蹟 が、人々を救うのを。
そして救われた人の誰 一人 、自分に感謝 しいひんのを、平気で笑って眺 めていた。
俺はそれに、ちょっと凹 んだ。
俺って、甘 い?
甘 いかな、アキちゃんは。
ありがとう言うてくれと思うほうが間違 ってんのかな?
しょせん、俺は蔦子 さんとは年期 がちがうな。
ごめん、アキちゃん自意識 過剰 やねん。ええことしたら褒 めてもらいたいんや。ようやったアキちゃんええ子やなぁ言うてもらいたいねん。
どうせ餓鬼 なんや俺は。自分のことだけで頭がいっぱいや。
俺が俺がって思うてしまうんや。とことん人間ができてへんな。もうあかん。
いやいや、凹 んでる場合やないって。もう行かなあかん。
アキちゃん仕事があんのやったわ。
今から死のうという虎 が、朧 が開いた別の位相 への入り口のところで、俺を待っていた。
その入り口は、なんでかしらん、公園の小山のような、コンクリートでできた滑 り台 の、中程 にある横穴 やった。
「なんでこんなとこに別世界への入り口があんの」
位相 やなんやには詳 しくないらしい虎 が、朧 に文句 を言う口調やった。
「あるんやもん、しゃあないやん。これでロックガーデンまで行ける」
コンクリの山に突 き刺 さっている土管 に片腕 をかけて、朧 はダルそうに答えた。
「いやいや、あのな、怜司 。ここからロックガーデンまでバリ遠いで。それに、この土管 バリ狭 いしな。どうすんの、これ……」
「どうすんのって、這 っていくんや。四つ足得意 やろ。文句 言わんとさっさと行け。一本道やし、それにワープ的な仕様 になっとうから実測 的な距離 をハイハイするわけやない」
信太 に文句 言う時の朧 は神戸 弁 やった。
それにワープ的な仕様 って。
まさか自分が生きているうちにワープを体験するとは、俺は思ってもみいひんかった。
「ワープってワープですかね」
ごくりと唾 飲む口調で、瑞希 が真剣 に訊 いてきた。
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