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27-28 アキヒコ
「変えられへんの。なんかもっと、マシなふうには。暁彦 様が死んで、あのバカ虎 も死んで、この坊 まで死ななあかんもんなん? 他 に、もっと、死んでもかまへんような奴 がいくらでもおるやん。俺 とか、茂 ちゃんとかさ」
「誰 が死んでもかまへんような奴 やねん……」
どこまで本気で言うてんのかわからん朧 に、大崎 先生は煮 え切らん突 っ込 み方をしていた。
そやけど朧 は冗談 で言うてたわけやなかったらしい。
「居 るやん。もう充分 生きた奴 とか、生きててもしゃあないようなのがさぁ……なんでそういうのが生 け贄 に選ばれへんの?」
憎々 しげに朧 は言うたが、狐 がそれを窘 めた。
それともチクリと一噛 み、やり返してやっただけかな。
「そんな命なんかもろても美味 くないからですやろ。今を盛 りの活 きのええのや、まだまだこれからの柔 い若芽 を、引き毟 るようにして食うから美味 いんですやん。そうやろ、朧 ちゃん。自分かて覚 えがあるやろ。泣 き喚 いて逃 げる得物の方が美味 いて、昔はそう言うてたで、君も」
狐 にそう言われると、朧 も立 つ瀬 がないらしかった。
苦笑 して項垂 れたまま、朧 はまたぼやいた。
「ほんなら、あれもこれも、その報 いかな。俺 は悪さしたつもりはないで。腹 が減 るから食うてただけや。必要以上に食い散らかした覚えはあらへんわ。力をつけるのには、人の精気 を食うしかあらへん。それには人を食うしかないんや。並 の人間を相手にするんやったらそうするしかない。それが鬼 の所行 やというんやったら俺 は鬼 やろけどな。それでも、腹 の減 るもんはしゃあないやん。それも自然の摂理 や!」
朧 は少々キレてるようやった。
痛 いところを突 かれたんかな。
怒ることもあんのやな、こいつも。
それも長年、気心 の知れてた狐 が相手やったからやろか。
俺 は朧 が怒ったところは、見たことがない。
見たことがないといえば、こっちもそうや。狐 もいっつも余裕 の笑顔 で、にこにこ愛想 良くて、怒ったところなんか見たことない。
それでもこの時は、怒っているように見えた。
「あの神さんも、そうして生きてるんです。ただの自然の摂理 や。朧 ちゃんみたいに、死にたい死にたい言うて、ふにゃふにゃした活 きの悪いのんは、鯰 様かて、食うても力にならへんのや。甘 いんやで、あんた。死んだからってどないなんのや。あてつけか、それは? そんなことしたかてな、なんの意味もないんやで!」
ギャオーンて言うてる秋尾 さん、ちょっとケモノの本性 出てた。
目が怖 かった。牙 もちょっと出てた。
ほんまに怒ってんのやなって、見た目に分かった。
ガツン言われて、朧 はちょっと、グッと来たらしかった。
そやけど狐 の話は無視 した。知らん顔して、祭壇 の上で鯰 を見上げている信太 の背中 に、呼 びかけていた。
「怖 じ気 づいたやろ、信太 。そろそろ俺 が代わってやろか?」
その声には、からかうような、恩着 せがましい響 きがしたが、どことなく、縋 り付 くようでもあった。
朧 は信太 に惚 れてはおらんかったんかもしれへんけど、それでもどこかで、虎 に縋 って生きてきたんやろう。
そやけど信太 は振 り返 らへんかった。
ただじっと、鯰 を見上げていた。
鯰 もその巨大 な目で、信太 を見下ろしているように、俺 には見えた。
「誰 にもの言うとうのや怜司 。俺 に怖 いもんなんかあるか。強い強いタイガーやのに……」
そうやろか。俺 は正直、めちゃめちゃ怖 いけど、鯰 様。タイガーやないからかな?
そやけど、やっと振 り返 った信太 は、確 かに怖 いモンなんか無さそうな、余裕 の笑 みやった。
「諦 めろ、怜司 。お前は死なれへん。その狐 の言うとおりやわ。死んだところで意味あらへんのやしな。報 いというなら、これがそうやろ。悪さしたわって後悔 してんのやったら、これがお前の生 き地獄 なんや。ここで生きて、罪 を償 え。人界 に尽 くして、お前も神になれ。それがお前の罪 の報 いや。暁彦 様のおらん世界で永遠 に生きていけ。何人も数えきれんぐらい人を殺した奴 が、そんな簡単 にラクになれるわけないやろ」
逃 げるな怜司 、俺 も逃 げへん。
怒鳴 った後の囁 き声で、虎 はそう言い、それは甘 く優 しいように聞こえた。
俺 はその声に、朧 が一瞬 、泣きそうな顔をするのを見てもうた。
見たらあかんかった予感 。
なんで見てもうたんかな。ついつい見てもうてんな……。
その表情 は、ほんの一瞬 で押 し隠 されたが、正直に言おう。可愛 かった。
それが全然可愛 くない朧 様の、化 けの皮 の下の下にある本性 のように見えた。
「……好きにしろ。寛太 泣いても知らへんからな!」
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