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27-29 アキヒコ

 ぐっと堪(こら)えて、再(ふたた)び化(ば)けの皮(かわ)をかぶった朧(おぼろ)様の、それが捨(す)て台詞(ぜりふ)やった。  信太(しんた)はそれに苦笑(くしょう)した。 「あいつはちょっと、泣いたほうがええんや……」  独(ひと)り言(ごと)みたいに、そう言うて、信太(しんた)はまた鯰(なまず)と向き合(お)うた。  そしてもう、振(ふ)り返(かえ)りはしいひんかった。  その時、見たのが、信太(しんた)が見た、最後の朧(おぼろ)の姿(すがた)やったと思う。  それっきりやった。二人(ふたり)は。  どんなに長く付き合(お)うたとしても、別れる時にはそんなもんかもしれへんけども、いくら可愛(かわい)ない言うたかて、仮(かり)にも一時は連(つ)れ添(そ)ったようなもんなんやないの。虎(とら)と雀(すずめ)は。  そやのに、こんなんでええの。  そうドギマギしてたんは俺だけか。  皆(みんな)、さっさとやろかみたいな雰囲気(ふんいき)で、実際(じっさい)にさっさとやった。  ぽつねんと突(つ)っ立(た)っている朧(おぼろ)の姿(すがた)の哀(あわ)れっぽさに、後(うし)ろ髪(がみ)ひかれているのは俺だけで、誰(だれ)もそれには頓着(とんちゃく)してへんかった。  八割方(はちわりがた)仕上がっていた祭壇(さいだん)に、後から運(はこ)び込(こ)まれた、神事(しんじ)のための神棚(かみだな)のようなもんが置かれ、鏡(かがみ)が祀(まつ)られ、立てられた柱には真新(まあたら)しい榊(さかき)が飾(かざ)られた。  準備(じゅんび)は着々と、あっと言う間に進み、俺は大崎(おおさき)先生に促(うなが)されて、白木(しらき)の床板(ゆかいた)のうえに上がった。  どうしても気になって、振(ふ)り向(む)いて見下ろすと、朧(おぼろ)はじいっと信太(しんた)の背(せ)を見つめていた。  どことなく、恨(うら)んだような目で。  そうして佇(たたず)んでいると、確(たし)かに奴(やつ)も鬼(おに)のようやった。  青白い血の気(け)のない顔が、怖(おそ)ろしいほど真っ白な美貌(びぼう)で、背景(はいけい)には崩(くず)れ落(お)ちた街と、それを焼(や)き尽(つ)くすような猛火(もうか)が見えた。  それを背負(しょ)って立(た)つ朧(おぼろ)は、肩(かた)を落としていたが、かすかに唇(くちびる)を噛(か)みしめて、爛々(らんらん)と鋭(するど)い視線(しせん)を信太(しんた)の背(せ)に向けている表情(ひょうじょう)は、今にも食らいついて来そうな鬼(おに)の面構(つらがま)えやった。  虎(とら)はきっと朧(おぼろ)にとって、美味(うま)そうやったんやろう。  食うても食いきれんような強い神で、愛してくれた。  おとんの代打(だいだ)に、ちょうど都合(つごう)がよかったんやろう。  そやけど結局(けっきょく)、あいつは逃(に)げ切(き)れへんかったんや。おとんが好きやっていう、自分の感情(かんじょう)から。  全速力で逃(に)げても、逃(に)げ切(き)れへんかったんやろう。  逃(に)げたかったか。お前は。  それで恨(うら)んで、そんな目で信太(しんた)を睨(にら)むんか。  そやけど、それは、信太(しんた)のせいではないと思うで。お前が悪かったんや。  それとも、俺のおとんが悪かったんかな。  それとも、誰(だれ)も悪くはなかったんか。  ただどうしようもない、運命の悪戯(いたずら)か。  朧(おぼろ)にとっては、俺のおとんが、運命的な相手やったんやろな。  ただその相手と、別の運命によって、引(ひ)き離(はな)されただけや。  そして朧(おぼろ)は信太(しんた)とも、引(ひ)き離(はな)されようとしていた。  それをやる運命の神は、どこを探(さが)さんでも、目の前にいた。  目の前の崖(がけ)の中に、繭(まゆ)にくるまる地虫のような姿(すがた)をした、鯰(なまず)と呼(よ)ばれる神が。  この神の、ほんの僅(わず)かの身じろぎが、俺ら人の子の、運命を弄(もてあそ)ぶ。  しかし神には悪気はないやろ。ただ普通(ふつう)に生きているだけで、この神は、地を揺(ゆ)るがすほどの力を持っているんや。  祈(いの)るしかない。  祈(いの)るのが、俺の仕事や。  拝(おが)み屋の息子(むすこ)やさかいな、アキちゃんは。  そのやのに俺は、どないして祈(いの)ればええのか、その作法(さほう)も知らんかった。  なぁんも知らんねん、アキちゃんは。今までずっと、絵だけ描(か)いて生きてきた、ぼんくら息子(むすこ)なんやもん。  祈祷(きとう)の代打(だいだ)は、大崎(おおさき)茂(しげる)大先生がした。  霊振会(れいしんかい)の皆々様(みなみなさま)が見守るなか、鏡(かがみ)と太刀(たち)と酒を捧(ささ)げて、大崎(おおさき)先生は厳(おごそ)かに歌うような調子で、鯰(なまず)に何か語りかけていた。  鯰(なまず)がそれをどのくらい聞いていたのか、俺には分からん。  神に人の声を聞かせようとしたら、それには強い通力(つうりき)が必要なものらしい。  特に鯰(なまず)のような、あんまり人間に頓着(とんちゃく)しいひん、人の話聞いてへん神さんに、こっちの話を聞いてもらおうと思ったら、それなりの霊力(れいりょく)を注(つ)ぎ込(こ)まなあかん。  ただブツブツ祈(いの)っとったら、ほうほう、なるほどねって聞いてくれるような、生易(なまやさ)しい神さんやないんや。  祈(いの)る大崎(おおさき)先生のこめかみからは、汗(あせ)が滴(したた)り落(お)ちた。  俺はただそれを、脇(わき)で畏(かしこ)まって見ているほかに、できることがなかった。  なんで秋津(あきつ)家の一族が、三都の巫覡(ふげき)の王として、長年崇(あが)められてきたか。  それは、うちの血筋(ちすじ)には、神々と交感(こうかん)できる強い素養(そよう)があったからや。  それは、血筋(ちすじ)の始祖(しそ)の出生(しゅっせい)に由来(ゆらい)する力や。  うちの初代の暁彦(あきひこ)様は、半神半人(はんしんはんじん)やった。  神のごとき通力(つうりき)を持っていた。  半分くらいの割合(わりあい)で神さんたちの仲間やった。  片親(かたおや)は水煙(すいえん)で天人(てんじん)なんやし、月読(つくよみ)や海神(わだつみ)が祖父(じい)さんみたいなもんや。  神々にとっては、うちの一族は遠縁(とおえん)の親類(しんるい)なんや。

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