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27-30 アキヒコ

 そやから、只人(ただびと)一心不乱(いっしんふらん)祈祷(きとう)せな、聞いてもらわれへんような話でも、秋津(あきつ)の子がぼそっと言えば、えっ、なに? って、祖父(じい)ちゃんたちは聞いてくれる。  それでこそ、天地(あめつち)の()でし血筋(ちすじ)末裔(まつえい)ってもんやろ?  そこが教養(きょうよう)のないぼんくらの俺が、大崎(おおさき)(しげる)大先生に対して持っている、血筋(ちすじ)アドバンテージやないか。  まぁ、大崎(おおさき)先生かて、伏見(ふしみ)大権現(だいごんげん)さんにはツーカーらしいけどな。  そやけど、人格(じんかく)もないような、野生(やせい)の神さんとも交感(こうかん)できるのは、秋津(あきつ)直系(ちょっけい)である、俺の特技(とくぎ)やないか。 「聞いてはるような気がせんな……」  しばらく(いの)ったものの、大崎(おおさき)先生は(あせ)()れた顔で、突然(とつぜん)ぼやいた。  (たし)かに(なまず)様は聞いてなかった。猛烈(もうれつ)スルーして、お食事に(はげ)んでおられた。 「ヘタレやな(しげる)。そんなんやからお前はヘタレやというんや」  容赦(ようしゃ)なく水煙(すいえん)批判(ひはん)していた。 「そう言うけどやな、水煙(すいえん)……こんな(あら)ぶる神と交感(こうかん)できる巫覡(ふげき)はそうそうおらんのやで」 「アキちゃんが()る。アキちゃんに(いの)らせろ」 「しかしこいつは祝詞(のりと)なんぞ上げられんやろう」  (あき)れたというより、(こま)ったなぁという目で、俺は大崎(おおさき)先生に見られた。  すんません、祝詞(のりと)はちょっと無理ですね。経験(けいけん)ないです。 「この(さい)、形式なんぞどうでもええのや。アキちゃん、やってみろ。お前の言葉で(いの)ればええんや」  ()かす口調で、水煙(すいえん)が俺を(うなが)し、それを聞いていた大崎(おおさき)先生はぎょっとした。 「いやいや、ちょっと待て、それはさすがに失礼やで、水煙(すいえん)……」  大崎(おおさき)先生の(あわ)てっぷりを見たら、それがどんだけトンデモなことかは何となく(さっ)しがついた。  水煙(すいえん)も実はけっこう無茶するタイプなんかもしれへん。  自分が神なだけに、神に対してフリーダムすぎるというかな。  自分が無礼講(ぶれいこう)のほうが好きというのがあって、(みんな)もそうやと思いすぎなんやないか。  神さんは本来、礼儀(れいぎ)にうるさいもんや。特に初対面(しょたいめん)ともなるとな。 「(だれ)かが(なまず)(わた)()わねば、この神事(しんじ)は進まへんのやないか。作法(さほう)が大事というなら、蔦子(つたこ)にやらせてみるか?」 「あかん……お(つた)ちゃんは連日の予知で(つか)れとる。通力(つうりき)を使い果たしたら、万が一のこともあるんやぞ」  幼馴染(おさななじ)みを(いたわ)るふうな大崎(おおさき)先生の意見に、水煙(すいえん)は少し、むっとしたようやった。 「それもやむを得んやろ。血筋(ちすじ)の定めや。秋津(あきつ)の子が(いの)れんというなら、(だれ)がこの神を(しず)められるんや?」  そうや。俺がやるしかない。秋津(あきつ)家の名にかけて。この地震(じしん)の神さんを、(しず)めてみせなあかんのや。  そやのにまさか、練習してなくて、やり方が分かりませんなんてな。そんな格好悪(かっこうわる)いこと、この土壇場(どたんば)で言えるわけあらへん。  たとえそれが事実やとしてもや。  どないすんねんアキちゃん、どないすんの!  うわあ、どうしようどうしようどうしよう!  あっ、そうや! こういう時こその神頼(かみだの)みやないか。(こま)ったときの神頼(かみだの)みや。  思い出せ(みんな)。俺にはありがた~いご先祖(せんぞ)様が()るやないか。  半神半人(はんしんはんじん)やったというご先祖(せんぞ)様の、当のご本人や。  俺を(のろ)ったついでに、(こま)ったことあったら電話しいや言うてはったやないか。早速(さっそく)あれを(ため)す時や。  そうやろ水煙(すいえん)、あいつを()ぼう!  そやのに俺の無言の提案(ていあん)に、水煙(すいえん)はものすご顔をしかめた。  太刀(たち)モードやし、そういうのが見える(わけ)やないんやけども、俺には見えた。見えるかのようやった。 「あかん……安易(あんい)にあいつを()び出すな。言いたないけど、お前の先祖(せんぞ)悪党(あくとう)やった。(なまず)を見たら、(しず)めるどころか、これを支配(しはい)して一(あば)れしようとするやろう。下手(へた)をすると、お前を乗っ取って、秋津島(あきつしま)征服(せいふく)(ふたた)(ねら)わんとも(かぎ)らん」  なんて悪い子なんや先祖(せんぞ)!  そんなご先祖(せんぞ)様を持ってもうて俺は苦労するわ。  ちっとも役に立たへんやないか。なんのための(のろ)いやねん。  ただの(のろ)いやないか、これは。うっかり()んだら、アキちゃんがダーク・アキちゃんになってまうんやで。 「あいつを()ぶくらいなら、暁彦(あきひこ)()べ」  えっ、(だれ)? どの暁彦(あきひこ)?  もちろん俺のおとんやないか。暁雨(ぎょうう)のほうや。  暁彦(あきひこ)が多すぎやねん。名前使い回すのもうやめてくれ! 「えっ、()ぶんか」  俺はちょっと引いた。この()(およ)んでも、おとん(だの)みは負けた気がする。 「なにっ、()べるんか!?」  大崎(おおさき)先生は、それはそれはびっくりしはったようやった。  よ、()べる……と、思う。けど? 「なんやねん、そんなんやったら、なんでもっとサッサと()んどかんかったんや! この仕事にお前のおとんほど向いている(げき)はおらんのに」  大崎(おおさき)先生は全身ワナワナ来てもうたみたいやった。  むちゃくちゃ俺のアホさに腹立(はらた)ってもうたみたいやった。  俺もさすがに恐縮(きょうしゅく)した。  なに。実は俺が、おとん、ちょっと来てくれ~って(いの)れば、それで()むような話やったん?

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