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27-32 アキヒコ

「俺はもう死んだんや、(しげる)。ほんまやったら、この世にはおらん。そんな男がのこのこなぁ、息子(むすこ)かわいい言うて、いちいち()けて出てたら、とんだ親バカやないか。暁彦(あきひこ)ももう一人前(いちにんまえ)にならんとおかしい(とし)や。一人でやらせよと思うてたんやけども……」  そう言うて、おとんは、じいっと俺を見下ろした。 「まだまだ赤ん坊(ややこ)やなぁ、ジュニア」  おとんは気味(きみ)良さそうに、俺のことも笑っていた。  俺はポカーンとしたまま、それを見上げた。  ふっふっふやないねん、おとん。  俺、これから死ぬんやで。死ぬ。  死ぬっていうのは、大の男でもガタガタ言いたいようなことなんや、現代(げんだい)では!! 「やらせるて、何をやらせますのんや、お兄ちゃん」  不思議(ふしぎ)そうに、おかんはおとんに()きついたまま、そう(たず)ねた。  ()きついてないと、立つところもないしな、きっとそのせいやな! 絶対(ぜったい)そのせいや。 「(なまず)やで、お登与(とよ)(なまず)様がなぁ、また起きてもうたんや。お前のせいやないで。お前はちゃんと祭事(さいじ)()ませたんやけども、不測(ふそく)事態(じたい)が起きたんや」  おとんは、にこやかに説明したけど、おかんはそれを、今、初めて聞いたらしかった。  しん、と静まりかえったままの、おかんの顔が、見る()に俺の知らん形相(ぎょうそう)へと変わった。  それも、そうや……(おに)みたいな顔かもしれへんわ。  美しいけど、めちゃめちゃ(こわ)い。  おかんはたぶん、激怒(げきど)したんやと思うわ。 「うち、そんなん、聞いてしまへんえ。いつからどすか。お兄ちゃん、いつから知ってはったん?」 「いつからて、最初からやで」 「最初て、いつどすか」 「そりゃあ、お登与(とよ)、ふたりで世界一周に旅立つ前からや。というかやな、それを知ったさかい、旅に出たんやないか」 「なんで……なんでどす。なんでや、お兄ちゃん。そんな時に、うちが()らんで、暁彦(あきひこ)に何ができるやろ。この子はなんも知らんのどす。うちはこの子に、鬼道(きどう)のことは、まだなぁんも仕込(しこ)んでへん。一人で留守居(るすい)に残されて、一体何ができますやろか!」 「そやなぁ……お前がそばに()るかぎり、暁彦(あきひこ)はずうっと赤ん坊(ややこ)のままやろ。お前が可愛(かわい)可愛(かわい)い言うて(あま)やかすさかい、こんなんなってもうたんやないか?」  おとんの声は(やさ)しかったけども、冷たかった。  ()りつける刀身(とうしん)のよう。地下深くを流れ下る、(こご)えた水のようやった。  俺は、おとんはおかんには、べったり(やさ)しいんやと思うてた。  おかんが俺に(やさ)しいように。(あま)(あま)いお兄ちゃんなんやとばっかり。 「鬼道(きどう)はつらいか、登与(とよ)。お前がこの子を()がしたい気持ちは俺にもわかるんやけどな。そやけど結局、どこにも()()なんぞないやないか。戦うんやったら戦い方を、死ななあかんのやったら、死に方を、教えてやらなしょうがない……なぁ、暁彦(あきひこ)。お前は結局、俺の子で、どこまでいっても秋津(あきつ)(ぼん)なんやろう?」  ()げられへん。()げるとこなんて、どこにもあらへん。  結局お前も、()げる度胸(どきょう)は、なかったんやろう。  おとんは、そういう目で俺を見ていた。優しく語りかけるおとんの声やない声が、俺には聞こえた。  なあアキちゃん、俺とお前は()たもの親子やなあ。お前がなんで、結局ここに()るのかは、俺には手に取るようにわかるよ。  その太刀(たち)やろう、アキちゃん。水煙(すいえん)やなあ。  (こわ)い神やで、そいつは。  秋津(あきつ)の男を(くる)わせる妖刀(ようとう)なんや。  お前もどないなるかなあと、心配はしてたんやけど、結局そうなったなあ?  俺の手にある水煙(すいえん)を、じいっと見つめて、おとんは笑った。にやぁり、と。  俺はなんや、おとんにハメられたような気がした。  お前の好きに生きればええよと、俺を(はげ)ましたくせに。それでも水煙(すいえん)(わた)していった。  そうすれば、こうなることは、おとんには読めてたんやないか。  水煙(すいえん)からは、(のが)れられへん。それは秋津(あきつ)の男の血の中に書いてある、血筋(ちすじ)の定めや。  おとんも俺を、()がすつもりはなかったんや。  おかんが結局ずっと、俺を自分の結界に()じこめて育てたように、おとんも俺を、どこへもやらへん。  俺ら秋津(あきつ)血筋(ちすじ)のモンには、()()はないんや。  先祖(せんぞ)代々、俺らが歩いてきた道は、()げる脇道(わきみち)なんかはない、一本道やった。  鬼道(きどう)って、そういうもんやねん。  まさしく(おに)になるための、()()のない一本道や。 「暁彦(あきひこ)(なまず)冥界(めいかい)眷属(けんぞく)で、地霊(ちれい)の一種や。黄泉(よみ)の神々に(いの)れ。祝詞(のりと)は俺が教えてやるわ。()りましになって神懸(かみが)かりしろ」  なんのこっちゃやで。やめてくれへんか、そんな、専門(せんもん)用語のオン・パレードは。  そやけど、こんなもん、まだ日常(にちじょう)会話のうちやったで。  神懸(かみが)かりしろて。そんな(すご)そうなこと。  何をすんのかと思たら、単におとんとフュージョンやないか。結局それなんやないか。  いややで、俺は。なんか、それ、言うたらあかん感じに、気持ちええんやもん。  そんなん、人前ではとても、()ずかしいてやられへん。

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