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27-33 アキヒコ
やられへんのやけど、やられてもうたら、しゃあないな。
無節操 やな、俺のおとん。妹でも息子 でも躊躇 なしやで。
せやけど霊振会 の皆 さん、驚 きはしたけども、ちっとも引いてはらへんねん。
なんか、これ、普通 みたいやで、神懸 かり。
こっちの業界では、さほど突飛 なことではないらしいで。
確 かにおとんも今や神で、死んでもうてて幽霊 やからな。人に取 り憑 いたりできるんやろう。
その、取 り憑 かれる奴 が、俺やていうだけの話で。
別にちっとも変やない?
ただ、なんかこう、その時の気持ちよさが、人には言えへん感じやっていうだけで?
あかんて、おとん! ほんまにもう、勘弁 してくれ!
ひょい、と御柱 のてっぺんから、身軽に飛 び降 りたおとんは、姫 抱 っこしていたおかんを大崎 先生のそばに降 ろすと、ひょい、とまた簡単 そうに、俺に憑依 した。
うわあそんな、ちょっとそこまでみたいなノリで、俺ん中に入ってくんな!
初代様といい、これは秋津 の得意技 なんか。中に入るにもほどがある!
俺はまたもや、おとんに着られた。
どっと全身に汗 が噴 き出 た。
俺の手の内側から、もうひとつの手が、ぴたりと指の先まで寄 り添 って、水煙 の柄 を握 り直 すのが感じられた。
そしてその瞬間 、びくりと太刀 が震 えるのも。
『お前、ちょっと見いひん間に、えらい開眼 したなあ。前にやったときとは、比 べモンにならん漲 り方や』
にやにや言うて、おとんは俺の内側に漲 る霊力 を褒 めた。
これでもかなりセーブしてんのやで。一時は、栓 の締 め方がわからんようになって、霊力 ダダ漏 れで溶 けかけたんやで。
俺がぼやくと、おとんは笑ってた。
それは大変やったなぁ、ジュニア。無事でなによりや。
おとんが来たからには、もう何も心配いらへん。
そう言うて、おとんは俺の体を操 って、祭壇 の真 ん前 にいた大崎 先生を、ぐいと押 しのけた。
大崎 先生はえらい素直 に、俺に押 しのけられていた。
食い入るような目で、じっとこっちを見つめたまま。
「アキちゃん……戻 ってきたんやな……」
「そうやで、茂 。えらい爺 んなったなぁ、お前は。情 けないことや」
嘆 かわしいと、そういう口調でおとんに言われ、大崎 先生が真 っ赤 になるのを見た。
怒ってんのか、爺 さん。
まさか恥 ずかしいんやないやろな。
恥 ずかしいのか?
そんなん俺が恥 ずかしいわ!
そんな目で俺を見るな! 頼 むからやめてくれ!!
爺 に赤面して見つめられても嬉 しない! それは俺の守備 範囲 に入ってへんのや!
やめて! やめてくれ頼 むから!
やめ……って、あれ?
大崎 先生は、おとんに貶 されて、よっぽどショックやったんかな。
たぶん度 を超 えてショックやったんやろなぁ。
見る間にもやもやと容姿 が歪 んで、真 っ赤 に紅潮 した顔も醒 めんまま、若返 ってもうた。
効 いてたんやなあ、ダーキニー様のくるくるドーンが。
大崎 先生も、もう半分、人間やめてもうてたんやで。
だって普通 の人間やったら、七十八十の爺 さんやったのが、いきなり十代の男の子には戻 られへんやろ?
そんなん奇跡 すぎやんか。
「と……歳 なんか、とってへんわ!」
確 かにな、と思えることを、大崎 先生は吠 えるように言うた。
俺は内心、ものすごあんぐりしていたけども、それを顔には出せへんかった。
表情筋 をおとん大明神 に完全に支配 されていたせいや。
おとんは、ぷっ、と、いかにも面白 そうに笑い、それきり大崎 先生に知らん顔をした。
それに大崎 先生は、さらに赤い顔になった。
なんか恥 ずかしかったんやろな。ちょっと言われたくらいで、六十歳 以上若返 ってもうたというのはな。
なんかちょっと過剰 反応 しすぎやな。やりすぎや。
でも、それ、ちょっと可愛 いな。
可愛 いような気がしてもうたわ。俺も。
なんでか言うたらな、言わんでも分かると思うけど、大崎 先生て、若 い頃 にはけっこう可愛 かったんやな。
うん。何というかやな。なんとはなしに、瑞希 系 やな。ケモノ系 や。
狐憑 きやし。耳とか尻尾 とか似合 いそうやな。
いやいや、ちょっと待って、あかん。そんなことを考えたら俺はどないなってしまうのか。
この件 については最大限 、冷静に、できる限 り気を遠くに持たなあかん。
あれの正体はしわしわの爺 や。ジジイ。ジジイやで、しっかりしろ俺、大崎 先生はよぼよぼの爺 さんなんや。
しかも性格 が悪い。俺も今までどんだけイビられたことか。むかつくな。
それをゆめゆめ忘 れる事なかれやで、俺!
顔可愛 いからって、全部許 せるような気持ちになったらあかんのやで。
『茂 なぁ、ケツに伏見稲荷 の紋 に似 た痣 がある。それで親が伏見稲荷 に連れていったらしいんや。ただの偶然 と思うんやけどなあ、確 かに似 てんのや、その痣 な』
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