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27-35 アキヒコ

 あんたはほんまに雄大(ゆうだい)な神やなあ。びっくりしたわ。(おそ)ろしゅうて(かな)わん。  こんな強い神さんを今まで他で見たことない。神の中の神やないやろか。  そんな(えら)い神さんに、(えら)そうな口きいておこがましいんやけども、このあたりの地面には人間が住んでるんです。あんまり無茶苦茶(むちゃくちゃ)せんといてもらえないでしょうか。  もちろんタダでとは言いません。そんな図々(ずうずう)しいこと、よう言わへん。  あたりの住民をお助けくださる代わりに、この(とら)()(にえ)(ささ)げます。  ウマいよう、この(とら)。めちゃめちゃウマい。どんだけウマいか見当(けんとう)もつかへんくらいウマい。  人間何千人ぶん。下手(へた)したら何万人分より、ウマいかもしれませんよ。  どうやろう、この()(にえ)を受け入れて、また(はら)()って辛抱(しんぼう)たまらんようになるまで、静かにお(ねむ)りいただけませんか。  もしもそうしていただけたら、あたりの住民は、あなた様に百年千年感謝(かんしゃ)して、(やしろ)を建ててお(まつ)りし、年々歳々(ねんねんさいさい)感謝(かんしゃ)祈祷(きとう)(おこた)らんのですけども。  どうかそれで、手を打ってもらえませんやろか。  どうぞ、よろしゅう、お願い申し(たてまつ)る──。  それは(いの)りや。そして同時に呪詛(じゅそ)や。  (なまず)はうっかり、おとんの祝詞(のりと)を聞いてもうたんやろう。  耳心地(みみごこち)のええ話やった。心()さぶる言霊(ことだま)やった。  そして、いったん心を()らえたら、決して(はな)さんように、がんじがらめにするような、強い呪縛(じゅばく)のある術法(じゅつほう)やった。  お願いしますと(いの)る、強い呪力(じゅりょく)が、言葉という音の形で、俺の(のど)から流れ出ていた。  それは一種の催眠術(さいみんじゅつ)みたいなもんらしい。  (なまず)は明らかに、俺の、おとんの口車(くちぐるま)に乗せられていた。  じっと見つめる巨大(きょだい)な目が、祭壇(さいだん)の上で頭(こうべ)を()れる、俺を見下ろしていた。 「(かしこ)(かしこみ)(もお)す──」  (ささや)き声やのに、ずしんと(はら)(ひび)くような霊威(れいい)をもって、俺の(いの)る声はあたりに(ひび)いた。  それは音ではなかったんかもしれへん。声に乗せた、霊的(れいてき)な何かや。  只人(ただびと)に、それがとういうふうに聞こえるんか、俺にはわからへん。普通(ふつう)やったことがないから。  そやけど、その場に居合(いあ)わせた、霊振会(れいしんかい)皆々様(みなみなさま)には、その声が、ちゃあんと聞こえていたやろう。  (だれ)(かれ)(みな)、この世ならぬものの力を見る目を持ち、(つね)ならぬものの声を聞くための耳を(そな)えた巫女(みこ)やら(げき)やら、式神(しきがみ)たちやらや。  祭壇(さいだん)から(ひび)く俺の声は、三都(さんと)巫覡(ふげき)の王を名乗るにふさわしい霊威(れいい)に満ちていた。  その偉容(いよう)に、神事(しんじ)()(さん)じた霊振会(れいしんかい)面々(めんめん)は、自然と(ひざまず)いていたそうや。 「()いてる、アキちゃん……聞いてるで……!」  (ささや)く声で、すっかり美少年モードの大崎(おおさき)(しげる)がご注進(ちゅうしん)してきてくれた。  やめろ気が散る、俺に話しかけんといてくれませんか!  しかし勿論(もちろん)、それは俺に話しかけてるわけやない。勘違(かんちが)いすんな俺。お前やのうて、おとん大明神(だいみょうじん)にや。 「(みな)にも唱和(しょうわ)させろ、(しげる)。なんのために、ここにぎょうさん集まっとるんや。仕事せえ。こういうのは、強いのがひとりより、ヘタレでも大勢(おおぜい)のほうがええんや」  霊振会(れいしんかい)(みな)さん二千人ぐらい全部まとめてヘタレ()ばわりやった。  これについては(みな)には(だま)っといてもらいたい。  今さら()(ごと)なったら俺も秋津(あきつ)当主(とうしゅ)として立場がない。(はり)のむしろや。そういうのは勘弁(かんべん)してもらいたいんや。 「そや……そうやった……!」  (あせ)りまくって(しげる)ちゃんは、(ひざまず)いた姿勢(しせい)のまま、祭壇(さいだん)の外に(つど)(みな)(しゅう)に向き直っていた。 「(みな)一緒(いっしょ)(いの)れ。ひとりでも多くの(いの)りが必要なんや!」  大崎(おおさき)先生、そやそや、そうやった、ってさぁ、(わす)れてたんか。  あんた(なまず)退治(たいじ)はこれで二回目なんやろ。  自分で段取(だんど)りした神事(しんじ)なんやないんか。  その段取(だんど)(わす)れてポカーンて見てるなんて、一体どんだけブッとんでもうてたんや、この時。  見とれとったんか、この俺様(おれさま)完璧(かんぺき)祝詞(のりと)シーンに。  (ちが)うよな! おとんの祝詞(のりと)シーンにやな!  なぜかむかつく! むかついたらあかんとこで俺はムカついているな!  霊振会(れいしんかい)(みな)さんもやな、何かないのん。うわあ大崎(おおさき)(しげる)若返(わかがえ)ってる、いきなり美少年なってるドン引きやとか、そういうのあるやろ。  無いねんなぁ、なにも。  内心どうかまでは知らんけど、えっザワザワこれ(だれ)やねんとか、そういうの一切(いっさい)なしや。  変やない? 全員おかしいよ。  なんでそういう普通(ふつう)でない出来事を普通(ふつう)に受け入れてまうんや。  それでええんか霊振会(れいしんかい)。  見た目ピチピチの美少年みたいになってもうてる大崎(おおさき)(しげる)の命令でも、(みな)さん素直(すなお)に聞いてた。  たとえほっぺたピンクでも、天下の大崎(おおさき)(しげる)やからかな。  飛び出す液晶(えきしょう)テレビがもうすぐ発売やからかな。ポケットマネーが何億とかいう、ものすご金持ってる会長さんやからかな。そやからみんな言うこときくんか。  (ちが)うな。たぶん(みな)大崎(おおさき)先生の言うことを聞いていたんやない。

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