731 / 928
27-35 アキヒコ
あんたはほんまに雄大 な神やなあ。びっくりしたわ。恐 ろしゅうて敵 わん。
こんな強い神さんを今まで他で見たことない。神の中の神やないやろか。
そんな偉 い神さんに、偉 そうな口きいておこがましいんやけども、このあたりの地面には人間が住んでるんです。あんまり無茶苦茶 せんといてもらえないでしょうか。
もちろんタダでとは言いません。そんな図々 しいこと、よう言わへん。
あたりの住民をお助けくださる代わりに、この虎 を生 け贄 に捧 げます。
ウマいよう、この虎 。めちゃめちゃウマい。どんだけウマいか見当 もつかへんくらいウマい。
人間何千人ぶん。下手 したら何万人分より、ウマいかもしれませんよ。
どうやろう、この生 け贄 を受け入れて、また腹 減 って辛抱 たまらんようになるまで、静かにお眠 りいただけませんか。
もしもそうしていただけたら、あたりの住民は、あなた様に百年千年感謝 して、社 を建ててお祀 りし、年々歳々 、感謝 の祈祷 を怠 らんのですけども。
どうかそれで、手を打ってもらえませんやろか。
どうぞ、よろしゅう、お願い申し奉 る──。
それは祈 りや。そして同時に呪詛 や。
鯰 はうっかり、おとんの祝詞 を聞いてもうたんやろう。
耳心地 のええ話やった。心揺 さぶる言霊 やった。
そして、いったん心を捕 らえたら、決して離 さんように、がんじがらめにするような、強い呪縛 のある術法 やった。
お願いしますと祈 る、強い呪力 が、言葉という音の形で、俺の喉 から流れ出ていた。
それは一種の催眠術 みたいなもんらしい。
鯰 は明らかに、俺の、おとんの口車 に乗せられていた。
じっと見つめる巨大 な目が、祭壇 の上で頭(こうべ)を垂 れる、俺を見下ろしていた。
「恐 み恐 み白 す──」
囁 き声やのに、ずしんと腹 に響 くような霊威 をもって、俺の祈 る声はあたりに響 いた。
それは音ではなかったんかもしれへん。声に乗せた、霊的 な何かや。
只人 に、それがとういうふうに聞こえるんか、俺にはわからへん。普通 やったことがないから。
そやけど、その場に居合 わせた、霊振会 の皆々様 には、その声が、ちゃあんと聞こえていたやろう。
誰 も彼 も皆 、この世ならぬものの力を見る目を持ち、常 ならぬものの声を聞くための耳を備 えた巫女 やら覡 やら、式神 たちやらや。
祭壇 から響 く俺の声は、三都 の巫覡 の王を名乗るにふさわしい霊威 に満ちていた。
その偉容 に、神事 に馳 せ参 じた霊振会 の面々 は、自然と跪 いていたそうや。
「効 いてる、アキちゃん……聞いてるで……!」
囁 く声で、すっかり美少年モードの大崎 茂 がご注進 してきてくれた。
やめろ気が散る、俺に話しかけんといてくれませんか!
しかし勿論 、それは俺に話しかけてるわけやない。勘違 いすんな俺。お前やのうて、おとん大明神 にや。
「皆 にも唱和 させろ、茂 。なんのために、ここにぎょうさん集まっとるんや。仕事せえ。こういうのは、強いのがひとりより、ヘタレでも大勢 のほうがええんや」
霊振会 の皆 さん二千人ぐらい全部まとめてヘタレ呼 ばわりやった。
これについては皆 には黙 っといてもらいたい。
今さら揉 め事 なったら俺も秋津 の当主 として立場がない。針 のむしろや。そういうのは勘弁 してもらいたいんや。
「そや……そうやった……!」
焦 りまくって茂 ちゃんは、跪 いた姿勢 のまま、祭壇 の外に集 う皆 の衆 に向き直っていた。
「皆 も一緒 に祈 れ。ひとりでも多くの祈 りが必要なんや!」
大崎 先生、そやそや、そうやった、ってさぁ、忘 れてたんか。
あんた鯰 退治 はこれで二回目なんやろ。
自分で段取 りした神事 なんやないんか。
その段取 り忘 れてポカーンて見てるなんて、一体どんだけブッとんでもうてたんや、この時。
見とれとったんか、この俺様 の完璧 な祝詞 シーンに。
違 うよな! おとんの祝詞 シーンにやな!
なぜかむかつく! むかついたらあかんとこで俺はムカついているな!
霊振会 の皆 さんもやな、何かないのん。うわあ大崎 茂 若返 ってる、いきなり美少年なってるドン引きやとか、そういうのあるやろ。
無いねんなぁ、なにも。
内心どうかまでは知らんけど、えっザワザワこれ誰 やねんとか、そういうの一切 なしや。
変やない? 全員おかしいよ。
なんでそういう普通 でない出来事を普通 に受け入れてまうんや。
それでええんか霊振会 。
見た目ピチピチの美少年みたいになってもうてる大崎 茂 の命令でも、皆 さん素直 に聞いてた。
たとえほっぺたピンクでも、天下の大崎 茂 やからかな。
飛び出す液晶 テレビがもうすぐ発売やからかな。ポケットマネーが何億とかいう、ものすご金持ってる会長さんやからかな。そやからみんな言うこときくんか。
違 うな。たぶん皆 は大崎 先生の言うことを聞いていたんやない。
ともだちにシェアしよう!