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27-36 アキヒコ
別に、いきなり美少年やったからって、大崎 先生の株 が下がったわけやない。
むしろ一部で変な風に株価 がアップしていた恐 れはあるが。
皆 は、俺の言うことを聞いていたんや。三都の巫覡 の王の。
その名に恥 じない霊威 を発する、秋津 の暁彦 様の、ものすごい霊力 に、深く考えるまでもなく自然と平伏 していた。
それも、俺の、ではなかったやろな。
使うてる霊力 は紛 れもなく俺に由来 するもんやけど、俺自身はそのふんだんにある天地の恵 みを使いこなすだけの器量が なかった。
そやけど、おとんは違 う。見事 に使いこなしていた。
そして、それは……俺が本来ここにいる時、使いこなしているべき力やったんかもしれへん。
恐 み恐 み白 す、と相和(あいわ)する、二千名を数える巫覡 の祈 りが、冥界 を透 かす岩だなに、繰 り返 し木魂 した。
それは地を揺 るがす鯰 という神を、地の奥底 に再 び押 し戻 すための、霊的 な力合戦 やった。
鯰 様はクラクラ来ていた。明らかに酩酊 したようになっていた。
ふらりとよろけるような一歩で、足とも手ともつかん、でかい何かが、岩肌 の向こうから伸 びてきて、ずしんと六甲 の地面に振 り下 ろされた。
それだけで、神戸 は強い余震 に揺 れた。
祝詞 に誘 われ、ずるりと這 い出 してきた地の底の神が、ゆっくりと頭をもたげ、覆 い被 さるようなでかさで、祭壇 にいる俺を見下ろしてきた。
涎 とも何ともつかん滴 りが、どろどろと、洞穴 のような鯰 の口から流れ落ち、祭壇 を濡 らした。
水煙 を構 えた腕 で、おとんは祭壇 に立つ、虎 を指 し示した。
俺の腕 で。信太 のことを。あれを食えと、鯰 に教えた。
おとんを見据 える信太 は暗い目をしていた。
「本間 先生。正直に言う。ほんま言うたら俺は怖 い。こんなもんに食われんのはなぁ、バリ怖 いんやで。たまりませんよ。それでも、先生やったらまあ、生 け贄 になったってもええかな、と思えた。それがまさかこういう事になるとはなぁ」
誰 にも聞こえんような、ひそやかな声で、信太 は愚痴 った。
俺にはそれは、よう聞こえたわ。
「ちゃんと修行 してくれ先生。立派 な覡 になって。俺はそれをあの世から見てますから。先生がちゃんと、三都の巫覡 の王様になるのを」
先生はまだまだ、ほんまの自分の人生を、生きてないんとちゃいますか。
それで龍 に食われて死ぬなんてのは、俺にはあんまり可哀想 すぎるわ。
なんとかならんの、大先生。それともあんたは、自分の子でも、平気で食わせる鬼 なんか。
そうかもしれんな。鬼 や、あんたは。
怜司 がどんだけ、あんたのせいで苦しんだか、ちょっとは分かってやってくれ。
人でなしにも、心はあるんや。
虎 はそう、恨 み言 をおとんに吐 いたが、それは人の耳に聞こえるような、言葉ではなかった。
もしかしたら俺とおとんにだけ聞こえた話やったんかもしれへん。
おとんには、ちゃんと聞こえていたんやと俺は思う。そうでないと困 る。
信太 がそれを言いたかったのは、俺にやのうて、おとんにやったんやろうからな。
そやけど、おとんはなにも返事しいひんかった。
俺も信太 に、なんも言うてやられへんかった。
なんせ祝詞 を唱 えなあかん。鯰 様を操 ってんのは、他でもない、俺の唱える祝詞 の力で、それと拠 り合うように唱 えられる、皆 の祈 りの力やった。
いつのまにか、神戸 が祈 る声がした。
遠くのどこかで、教会の鐘 が鳴っていた。
なんで鳴ってんのかわからへん。もともと、そういう手はずやったんか。
あれはたぶん、三ノ宮 や六甲 にあった、キリスト教の教会がうち鳴らす、鐘 の音やろう。
それだけやない。寺の梵鐘 まで鳴っていた。
また別のどこかからは、イスラム寺院から響 く、アザーンの声が。
あるいは、お助けください、お救いくださいと、誰 にともなく、何に祈 ってよいかもわからんままに、家族や自分や、友達 や、誰 でもない誰 かの無事を祈 る、無数の人々の声がした。
それぞれ流儀 は違 ったやろう。祈 る相手もバラバラやけど、祈 る心のキモにあるもんは、同じやった。
死にたくない、死なんといてくれ、無事でいてくれと、ただ一心に祈 る言葉、そして、言葉にもならない、呆然 とした祈 りやった。
ひとつひとつは、ちっぽけな力やったかもしれへん。しかしそれが拠 り合わされて、しだいに強い思念 の糸になり、やがて揺 るぎない祈念 の引 き綱 になるのを、俺は感じた。
それは自然に起こっているんやない。俺がやっているんや。
俺を操 り、おとんがやっている。
お前の力は、こうやって使うんやでと、おとんはこの土壇場 で俺に教えていた。
いかにして強大な神と渡 り合 えばいいか。
それは単 に……言葉にすれば単純 や。
ただ神に、祈 ればええんや。皆 でな。
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