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三都幻妖夜話(3)神戸編 27-37 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
27-37 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
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27-37 アキヒコ
鯰
(
なまず
)
は
確実
(
かくじつ
)
に、
祈
(
いの
)
りに
操
(
あやつ
)
られていた。 もう
骨
(
ほね
)
たちの
狩
(
か
)
り集めてきた人々の命を食おうとは、思うてもみないようやった。 おとんの
繰
(
く
)
り
出
(
だ
)
す
祝詞
(
のりと
)
が
示
(
しめ
)
す、
虎
(
とら
)
食って
満腹
(
まんぷく
)
のコースに、すっかり
魅了
(
みりょう
)
されてもうたらしい。
美味
(
うま
)
そうやなあと、ますます
滴
(
したた
)
る
涎
(
よだれ
)
を
垂
(
た
)
らし、ずらりと
鋭利
(
えいり
)
な
牙
(
きば
)
が
無数
(
むすう
)
に
渦巻
(
うずま
)
いて生えた
大口
(
おおぐち
)
を開いて、
鯰
(
なまず
)
は
信太
(
しんた
)
の
真上
(
まうえ
)
へ身を乗り出していた。
信太
(
しんた
)
はもう、それを見上げはしいひんかった。 ただじっと、目を
閉
(
と
)
じて立ち、かすかに
項垂
(
うなだ
)
れているだけやった。
怖
(
こわ
)
いんやろう。
誰
(
だれ
)
かて
怖
(
こわ
)
い。 俺もおとんに
操
(
あやつ
)
られてへんかったら、とても
正視
(
せいし
)
はできひんかった。
信太
(
しんた
)
があれに、食われようとするのを。 そやけど、おとんはじっと、それを見つめた。 そして俺に、お前は目を
逸
(
そ
)
らしたらあかんと、やんわり
叱
(
しか
)
る口調やった。
皆
(
みんな
)
は
怖
(
こわ
)
ければ、目を
背
(
そむ
)
けてもええやろ。
確
(
たし
)
かに
凄惨
(
せいさん
)
な
光景
(
こうけい
)
や。 そやけどお前はあの
虎
(
とら
)
の
主
(
あるじ
)
やろ。 あいつが死ぬのを、
見届
(
みとど
)
けてやらなあかん。 そして
憶
(
おぼ
)
えといてやらなあかん。
皆
(
みな
)
が気づきもしいひん、いずれ
忘
(
わす
)
れてしまう、
誰
(
だれ
)
のおかげで、この街が助かったか、
永遠
(
えいえん
)
に生きるというんやったら、お前は
永遠
(
えいえん
)
に、それを
憶
(
おぼ
)
えといてやらなあかん。 それぐらいしかないやろ。お前や俺に、してやれることは。 そやから、まっすぐ見つめなあかん。お前にしか見えへん、
現実
(
げんじつ
)
を。 そう話す、おとんの話は、親が
子供
(
こども
)
に教えこむ話というより、まるで同い年の
友達
(
ともだち
)
が、思いの
丈
(
たけ
)
を俺に語るようやった。 お前はそうは、思わへんかと、おとんは俺に
訊
(
き
)
いた。 俺はそれに、なんも答えられへんかったけど、目の前の
光景
(
こうけい
)
から、目を
逸
(
そ
)
らしはしいひんかった。
鯰
(
なまず
)
は手とも足ともつかん、
無数
(
むすう
)
の
蛇
(
へび
)
のような何かで、いかにも大事そうに、
信太
(
しんた
)
を
掴
(
つか
)
んだ。 これはなんという
美味
(
うま
)
そうな
虎
(
とら
)
やと、
慈
(
いつく
)
しむような
仕草
(
しぐさ
)
やった。
鯰
(
なまず
)
に
祈
(
いの
)
る、
大勢
(
おおぜい
)
の
巫覡
(
ふげき
)
の
言霊
(
ことだま
)
が、
押
(
お
)
し
寄
(
よ
)
せるように
渦巻
(
うずま
)
いていた。
儀式
(
ぎしき
)
は成功するやろう。 失敗する
余地
(
よち
)
なんかあらへんくらい、おとんの
祝詞
(
のりと
)
は
完璧
(
かんぺき
)
やった。
許
(
ゆる
)
してくれとは、俺は
信太
(
しんた
)
には
祈
(
いの
)
らんかった。
痛
(
いた
)
くて苦しいかもしれへん。俺を
恨
(
うら
)
め。 お前をこんな目に
遭
(
あ
)
わせたんは俺や。 俺をずっと、
恨
(
うら
)
んでくれてかまへん。 俺はずっと、お前のことを
憶
(
おぼ
)
えとく。 お前が
神戸
(
こうべ
)
を、俺が
守護
(
しゅご
)
する
三都
(
さんと
)
を救う、
生
(
い
)
け
贄
(
にえ
)
になってくれたことを、
忘
(
わす
)
れへん。
誰
(
だれ
)
が
忘
(
わす
)
れても、たとえ俺が死んでも、お前の苦しみのことは、俺の
魂
(
たましい
)
に
刻
(
きざ
)
んでおくから。 そう
祈
(
いの
)
る俺を、
信太
(
しんた
)
はほんの、
一瞬
(
いっしゅん
)
だけ見た。 その食い入るような黄金の目と、見つめ合えたのは
一瞬
(
いっしゅん
)
やった。
鯰
(
なまず
)
はとうとう、
信太
(
しんた
)
を食うことにした。 一口でぱくりと。一気にごくんと。
呑
(
の
)
もうと思えばできるやろうに、なんでか
奴
(
やつ
)
は、味わって食った。 たぶん
美味
(
うま
)
かったんやろ、本当に。 足から
呑
(
の
)
まれて、
信太
(
しんた
)
は悲鳴をあげた。でもそれは、もう人の声やのうて、
虎
(
とら
)
の
咆哮
(
ほうこう
)
する声やった。 あんまり
辛
(
つろ
)
うて、
人型
(
ひとがた
)
でいられんかったんやろう。見る間に
変化
(
へんげ
)
して、元の
正体
(
しょうたい
)
である、
巨大
(
きょだい
)
な
虎
(
とら
)
の
姿
(
すがた
)
になっていた。 それでも
信太
(
しんた
)
は、
逃
(
に
)
げはしいひんかった。とらえた
鼠
(
ねずみ
)
を少しずつ食うような、
残酷
(
ざんこく
)
な
怪物
(
かいぶつ
)
に、おとなしく食われていた。 俺はもう悲鳴どころか声ひとつ出えへん気分やった。
祝詞
(
のりと
)
どころやない。 俺が
一人
(
ひとり
)
で事にあたっていたら、ここであっさり
儀式
(
ぎしき
)
は失敗しとったんかもしれへん。 しかし、さすがはおとんと、言わなしゃあない。 おとんは少しも
揺
(
ゆ
)
るがず俺を
操
(
あやつ
)
り、
儀式
(
ぎしき
)
を続けさせた。 それでも、おとんが泣いてるような気がして、俺には
不思議
(
ふしぎ
)
やった。 おとんにとって、
信太
(
しんた
)
はちょっと、気にくわん
奴
(
やつ
)
やったんやないか。
朧
(
おぼろ
)
をとられて、
焼
(
や
)
き
餅
(
もち
)
のひとつやふたつ、あったんやないか。 場合によっては、死ねばええわ、ざまあみろと、思いはしいひんかったんか。
生
(
い
)
け
贄
(
にえ
)
にされて、苦しむ式(しき)を見て、おとんは泣いてた。 こんなことは俺は
子供
(
こども
)
のころから何度も
数知
(
かずし
)
れずやった。 あの
虎
(
とら
)
は俺のことを、
鬼
(
おに
)
やと言うたやろ。 ほんまにそうや。あいつの言うとおりや。 お前には、こんなことはさせとうないという、お
登与
(
とよ
)
の気持ちもよう分かる。 そやけど、
暁彦
(
あきひこ
)
、この仕事はお前にしか、できひんのや。 お前は俺を
越
(
こ
)
える、
比類
(
ひるい
)
ない
覡
(
げき
)
になれるやろ。
逃
(
に
)
げてもええとは、俺はよう言わん。 こんな
恐
(
おそ
)
ろしい神が、
三都
(
さんと
)
にはうようよいてんのに、
守護
(
しゅご
)
する
者
(
もん
)
が
誰
(
だれ
)
もおらず、なんの力もない
民
(
たみ
)
が、
恙
(
つつが
)
なく幸せに生きていけるわけがあるやろか。 あの
虎
(
とら
)
のように、お前も
覚悟
(
かくご
)
するしかないんや。 お前はこの都(みやこ)の
安寧
(
あんねい
)
のために
捧
(
ささ
)
げられた、
生
(
い
)
け
贄
(
にえ
)
なんや。
秋津
(
あきつ
)
の
家督
(
かとく
)
を
継
(
つ
)
ぐとは、そういうことや、
暁彦
(
あきひこ
)
。
恨
(
うら
)
むんやったら俺を
恨
(
うら
)
め。 お前をどこにも
逃
(
に
)
がさへん。お前はこの
三都
(
さんと
)
を守る、
人柱
(
ひとばしら
)
になるんや。
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椎堂かおる
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