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27-38 アキヒコ
わかってくれ、アキちゃん。辛 いやろうけど、伏 して頼 む。この都 を守る、巫覡 の王になってくれ。
お前のほかに、それをやれる奴 はおらへん。
三都 を守護 する、鬼 になれ。
そう祈 る、おとんの口調が泣いていて、この人も、鬼 とは言え、自分の子を食わせるのんは、辛 いんやろなと、俺は思った。
俺も辛 い。そうやけど。俺はもう、始めてしもた。
いつからやったやろ。いつも逃 げてて、思えばヘタレやった俺が、逃 げるのをやめたのは。
たぶん亨 と、出会ってもうたからやろ。
あの夜、ホテルのバーで、なんでかあいつと出会ってもうて、あいつがおらんと生きてられへんような気がしてん。
俺がなんでもない、ただの人でも、あいつはかまへんて言うんやろうけど、これは見栄 かな。
いつも逃 げてる、ヘタレのままやと、俺はあいつにふさわしい相手になられへんような気がしてん。
俺のほんまの、ほんまのところを、あいつに全部、見てもらいたかってん。
俺がほんまは、三都 の鬼 でも、あいつは俺を、愛してくれるやろか。
アキちゃん好きやって、そんな俺の正体を見ても、ずうっと変わらず、そう言うてくれるか。
そんなの無理でも、俺にも無理やってん。ずうっと自分を偽 って、騙 し騙 しやっていくには、俺はあんまり、水地 亨 が好きすぎた。
ほんまもんの俺を、あいつに見てもらいたかってん。たとえそれが、鬼 でも蛇 でも。精一杯 、全力で生きてる俺を、あいつに見せたかったんやと思う。
俺でも目を背 けたいような、ほんまもんの俺を、あいつが好きやと言うてくれたら、俺もやっと、本当の自分の人生を生きることができる。
向き合いたかってん、自分が生まれ持った運命と。
今までずうっと、その勇気がなかったけど、でも、もう、逃 げ隠 れしたらあかんような気がしてん。
亨 のことを、好きやって思った、その瞬間 からずっと。
逃 げるのんは、もうやめやって、そういえば信太 も言うてたな。
信太 はいったい、何と向き合おうとしたんやろ。
いったい何を覚悟 して、何に命を賭 けたんや。
その結論 は、南のほうから飛来 した。
一見 、真 っ赤 に燃 える火の玉やった。
ものすごい速度で突 っ込 んできた、白熱するほどの火の塊 が、あっという間もなく、虎 を食うてる鯰 に激突 していた。
六甲 の岩肌 のような、ひどく固いらしい鯰 の体に叩 き付 けられた、燃 えさかるでかい火球 は、よう見れば鳥やった。
不死鳥 や。
俺がまだ、平和そのものやったヴィラ北野 の中庭で、寛太 に描 いてやったのと同じ、真 っ赤 に燃 える鳥が、炎 のようなオーラの中にいて、鋭 い金のかぎ爪 で、鯰 に食らいついていた。
山が軋 むような、恐 ろしい声で、鯰 が呻 いた。
悲鳴というより、不愉快 そうな声やった。
痛 いのか、熱いのか、何かそういうものは感じたようやったけど、それが何か、鯰 にとって、脅威 やという感じではなかった。
せっかくの食事の最中に、飛んできた虫に刺 されてもうて、不愉快 やったわという程度 や。
鯰 はどれだけ、強大な神なんやろう。この神を倒 せるやつなど、どこにもおらへん。
たとえそれが、倍にも育った、巨大 な不死鳥 でもや。
寛太 はアホやし、そんなことも分からんかったんやろうか。
不死鳥 は明らかに、鯰 を攻撃 していた。
金色の鋭 い嘴 とかぎ爪 で、蠢 く鯰 の咀嚼 する口元を、一心に引 っ掻 き、こじ開けようと必死やった。
皆 、騒然 とした。
神聖 なる神事 で、鯰 様をなんとか宥 め賺 して説 き伏 せようとしているときに、何をすんねんお前はという、そんな空気やった。
おとんが小さく、舌打 ちしたような気がした。まずいなと、おとんも思うたんやろ。もしこれで、神事 が失敗するようなら、大事(おおごと)やった。
そやけど寛太 の特攻 は、鯰 を痛 めつけるというより、ほとんど自傷 みたいなもんやった。
強すぎる相手に戦いを挑 んでも、傷 ついてるのは不死鳥 のほうや。
悲鳴のような鋭 い鳴き声を上げ、不死鳥 は無我夢中 で鯰 を突 っついていた。
今すぐやめさせなあかん。
そう思いはしたけど、俺の体は動かんかった。
どないして止めたらええのか、見当もつかんかったし、なんで寛太 がそんなアホなことをしてんのか、理由がわかってる身では、やめろと言うのも鬼 な気がして。
そやけど、ほんまは、俺が止めなあかんかったはずや。
俺が祭主 で、鯰 様を接待 している神官なんやし、粗相 があってはまずいやろ。
でも結局、俺は修行 が足らんかったわ。情 が勝ってもうて、鬼 になりきられへんかった。
「あかんで、寛太 。お前は下がって、大人 しいしとけ。お前いったい、どないしてここへ来たんや……?」
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