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27-41 アキヒコ
ほんま言うたら俺 は、ここで鯰 に亨 を食わせ、龍 には自分か水煙 を、くれてやればよかったんやろ。
信太 を巻 き込 む必要はなかった。
俺 はただ、あいつより、亨 や水煙 が、可愛 かっただけで、我 が身 可愛 さに目がくらみ、虎 が死んでもしゃあないわと、どこかで妥協 したんやろ。
あいつも、それでいいと言うてたし。それでええわって、そういうことにしたかったんやろ。
お前の気持ちなんて、これっぽっちも分かってなかった。寛太 。
お前は今、神戸 を呪 う悪鬼 になってもうてるかもしれへんけど、お前にとっては、俺 が鬼 やろ。
血も涙 もない。愛 しい者を平気で殺す。そういう、恐 ろしい、憎 い相手や。
「返してくれ、先生」
流れ出る血のように、とめどない涙 をこぼして、寛太 は俺 に頼 んだ。
「できひん。俺 には無理や。死んだもんを生き返らせるのは……」
「無理でもやれ!」
怒鳴 る寛太 の声は熱風 のような霊波 になって俺 の体に押 し寄 せた。恐 ろしいような霊力 やった。
「お前が絵を描 け……。信太 の魂 が戻 ってこれるような、ものすごい絵を、一生かけてもお前が描 け。お前が信太 を殺したんやないか。お前が責任 をとれ……!」
抑 え込 まれた、化けモンみたいな声で、寛太 はゆっくりと俺 を締 め上 げながら、言 い募 った。
自分の体が少しずつ焼けこげるような痛 みと、燃 える絹 の臭 いがした。
俺 の体を鷲 づかみにするかぎ爪 のある手を、寛太 はがたがた震 えさせていた。
その目から止めどなく流れ出る涙 が、炎 に触 れて、じゅうっと爆 ぜて、次々に白木の床 に落ちると、そこからなぜか、杉 の若芽 が、どんどん湧 き出 すように萌 え出 てた。
それは、燃 える床板 を圧倒 する勢 いで、俺 の足下 を埋 め尽 くそうとしていた。
濃密 な、杉 の匂 いが立ちこめていた。深い深い、森の奥 にいるみたいに。
「寛太 ……すまん。俺 には無理なんや。けど、お前には、できるんやないか。お前は神戸 の不死鳥 で……死んだもんでも、蘇 らせる霊威 を、持っているんやろう。信太 はそう、信じてたやないか。お前がそうなんやって、ずっと言うてた。お前はほんまに、そうなんやないんか……?」
お前はほんまに神戸 が喚 んだ不死鳥 で、ただ自分で自分の力をどう使うてええか、知らんだけ。
俺 がずうっと、秋津 のぼんくらの坊 やったみたいに、お前も自分の正体を、まだ知らんだけなんやないか。
五芒星 を象 っているらしい、祭壇 の上から、寛太 の放つ炎 は、外へ漏 れ出ていかんようやった。
ここは一種の結界 で、俺 がやったんか、誰 の仕業 か知らん、寛太 はその内側に、閉 じこめられているらしかった。
その閉 じられた中で、何もかも焼 き尽 くすような火と、萌 え出 る生命とが、せめぎ合っていた。
まさにそれが、不死鳥 ・寛太 の持っている霊威 やったんや。
伝説によれば、不死鳥 は、我 が身を焼き尽 くした灰 の中から蘇 り、ふたたび誕生 する神や。
死と生とが、終わりのない輪のように、永遠 に繰 り返 す。
不死鳥 は時を、死を、超越 できる鳥や。
「信太 がお前を見つけた時、お前のいる周りに、数え切れんぐらいの、ひまわりの花が咲 いたって、言うてたやろ。今も見てみ、この床 の、もう材木になってる木から、どんどん芽が出て伸 びてるわ。これはお前が、やってんのやろ。俺 はなんにも、してへんのやし」
俺 がぶつぶつ言うたところで、それが寛太 の心に届 くのかどうか。
それでも寛太 は悲しそうに、自分の涙 から生まれ出る、再生 の奇跡 を見下ろしていた。
「木なんか生えても、しゃあないねん……先生。信太 がおらん。死んでもうた……」
嗚咽 して、寛太 は小さい子供 みたいに、一心 に嘆 いていた。
それがあんまり可哀想 で、俺 には言葉もなかった。
俺 のせいやという、自責 の念もあって、なんと言うていいか、それ以上なにも思いつかんかったんや。
「死んでもうた……」
ほろほろと、燃 え崩 れるように、寛太 が端 から、ほどけるのが見えた。
髪 の先から、燃 える炎 にゆらめく肩 や、指先から、燃 えかすみたいなんが、ほろほろ風に飛ばされていく。
えっ。なにこれ。ヤバ……?
消えてもうて、それで終わり……?
そんな。
そら確 かに、こいつが鬼 になってもうて、俺 はそれを斬 って捨 てなあかん。そんなオチは嫌 やけど、これも、どうやろ?
これって、ちょっと……俺 はちょっと……。
そんなオタオタしてきた使えない俺 の、至 らないところを埋 めるように、ものすごドスの利 いた、どっかで聞いたことあるような声がした。
祭壇 の、下の方から。
「なにフェイドアウトしとんねん、寛太 ! このドアホ!!」
誰 !?
俺 も思わず、その声のしたほうを見た。
水地 亨 やった。
なんや亨 か。
えっ、亨 !?
なんで居 るねんお前。ホテルに置いてきたのに!
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