737 / 928

27-41 アキヒコ

 ほんま言うたら(おれ)は、ここで(なまず)(とおる)を食わせ、(りゅう)には自分か水煙(すいえん)を、くれてやればよかったんやろ。  信太(しんた)()()む必要はなかった。  (おれ)はただ、あいつより、(とおる)水煙(すいえん)が、可愛(かわい)かっただけで、()()可愛(かわい)さに目がくらみ、(とら)が死んでもしゃあないわと、どこかで妥協(だきょう)したんやろ。  あいつも、それでいいと言うてたし。それでええわって、そういうことにしたかったんやろ。  お前の気持ちなんて、これっぽっちも分かってなかった。寛太(かんた)。  お前は今、神戸(こうべ)(のろ)悪鬼(あっき)になってもうてるかもしれへんけど、お前にとっては、(おれ)(おに)やろ。  血も(なみだ)もない。(いと)しい者を平気で殺す。そういう、(おそ)ろしい、(にく)い相手や。 「返してくれ、先生」  流れ出る血のように、とめどない(なみだ)をこぼして、寛太(かんた)(おれ)(たの)んだ。 「できひん。(おれ)には無理や。死んだもんを生き返らせるのは……」 「無理でもやれ!」  怒鳴(どな)寛太(かんた)の声は熱風(ねっぷう)のような霊波(れいは)になって(おれ)の体に()()せた。(おそ)ろしいような霊力(ちから)やった。 「お前が絵を()け……。信太(しんた)(たましい)(もど)ってこれるような、ものすごい絵を、一生かけてもお前が()け。お前が信太(しんた)を殺したんやないか。お前が責任(せきにん)をとれ……!」  (おさ)()まれた、化けモンみたいな声で、寛太(かんた)はゆっくりと(おれ)()()げながら、()(つの)った。  自分の体が少しずつ焼けこげるような(いた)みと、()える(きぬ)(にお)いがした。  (おれ)の体を(わし)づかみにするかぎ(づめ)のある手を、寛太(かんた)はがたがた(ふる)えさせていた。  その目から止めどなく流れ出る(なみだ)が、(ほのお)()れて、じゅうっと()ぜて、次々に白木の(ゆか)に落ちると、そこからなぜか、(すぎ)若芽(わかめ)が、どんどん()()すように()()てた。  それは、()える床板(ゆかいた)圧倒(あっとう)する(いきお)いで、(おれ)足下(あしもと)()()くそうとしていた。  濃密(のうみつ)な、(すぎ)(にお)いが立ちこめていた。深い深い、森の(おく)にいるみたいに。 「寛太(かんた)……すまん。(おれ)には無理なんや。けど、お前には、できるんやないか。お前は神戸(こうべ)不死鳥(ふしちょう)で……死んだもんでも、(よみがえ)らせる霊威(れいい)を、持っているんやろう。信太(しんた)はそう、信じてたやないか。お前がそうなんやって、ずっと言うてた。お前はほんまに、そうなんやないんか……?」  お前はほんまに神戸(こうべ)()んだ不死鳥(ふしちょう)で、ただ自分で自分の力をどう使うてええか、知らんだけ。  (おれ)がずうっと、秋津(あきつ)のぼんくらの(ぼん)やったみたいに、お前も自分の正体を、まだ知らんだけなんやないか。  五芒星(ごぼうせい)(かたど)っているらしい、祭壇(さいだん)の上から、寛太(かんた)の放つ(ほのお)は、外へ()れ出ていかんようやった。  ここは一種の結界(けっかい)で、(おれ)がやったんか、(だれ)仕業(しわざ)か知らん、寛太(かんた)はその内側に、()じこめられているらしかった。  その()じられた中で、何もかも()()くすような火と、()(いず)る生命とが、せめぎ合っていた。  まさにそれが、不死鳥(ふしちょう)寛太(かんた)の持っている霊威(れいい)やったんや。  伝説によれば、不死鳥(ふしちょう)は、()が身を焼き()くした(はい)の中から(よみがえ)り、ふたたび誕生(たんじょう)する神や。  死と生とが、終わりのない輪のように、永遠(えいえん)()(かえ)す。  不死鳥(ふしちょう)は時を、死を、超越(ちょうえつ)できる鳥や。 「信太(しんた)がお前を見つけた時、お前のいる周りに、数え切れんぐらいの、ひまわりの花が()いたって、言うてたやろ。今も見てみ、この(ゆか)の、もう材木になってる木から、どんどん芽が出て()びてるわ。これはお前が、やってんのやろ。(おれ)はなんにも、してへんのやし」  (おれ)がぶつぶつ言うたところで、それが寛太(かんた)の心に(とど)くのかどうか。  それでも寛太(かんた)は悲しそうに、自分の(なみだ)から生まれ出る、再生(さいせい)奇跡(きせき)を見下ろしていた。 「木なんか生えても、しゃあないねん……先生。信太(しんた)がおらん。死んでもうた……」  嗚咽(おえつ)して、寛太(かんた)は小さい子供(こども)みたいに、一心(いっしん)(なげ)いていた。  それがあんまり可哀想(かわいそう)で、(おれ)には言葉もなかった。  (おれ)のせいやという、自責(じせき)の念もあって、なんと言うていいか、それ以上なにも思いつかんかったんや。 「死んでもうた……」  ほろほろと、()(くず)れるように、寛太(かんた)(はし)から、ほどけるのが見えた。  (かみ)の先から、()える(ほのお)にゆらめく(かた)や、指先から、()えかすみたいなんが、ほろほろ風に飛ばされていく。  えっ。なにこれ。ヤバ……?  消えてもうて、それで終わり……?  そんな。  そら(たし)かに、こいつが(おに)になってもうて、(おれ)はそれを()って()てなあかん。そんなオチは(いや)やけど、これも、どうやろ?  これって、ちょっと……(おれ)はちょっと……。  そんなオタオタしてきた使えない(おれ)の、(いた)らないところを()めるように、ものすごドスの()いた、どっかで聞いたことあるような声がした。  祭壇(さいだん)の、下の方から。 「なにフェイドアウトしとんねん、寛太(かんた)! このドアホ!!」  (だれ)!?  (おれ)も思わず、その声のしたほうを見た。  水地(みずち)(とおる)やった。  なんや(とおる)か。  えっ、(とおる)!?  なんで()るねんお前。ホテルに置いてきたのに!

ともだちにシェアしよう!