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27-43 アキヒコ
「お前がほんまに信太 を愛してんのやったらな、あいつを蘇 らせたい一心 で、不死鳥 としての霊力 に目覚めるやろうって、信太 はそれに賭 けたんや。あいつは信じてたんや、お前のことを。ほんまに不死鳥 やって。その賭 けに、命張 ってもええわっていうくらい、お前のことを想 ってくれてたんや」
バンバン祭壇 の床 を叩 いて、亨 は力説 していた。
そ、そういう話やったっけ。そうやったような気もするけど。
えっ。でも、あれやない?
神戸 を救うためとか……その部分はどこいったんや。
お前この話のピンク色の部分しか見てへんやないか。
それは……それでええんか?
それもな、アキちゃん黙 っといた。息が詰 まってたから。
「愛や! それが信太 のお前への愛なんや! なんという、慈 しみという愛や!」
最後んとこスタジオ・ジブリの『風の谷のナウシカ』の台詞 のパクリや。
そやけど寛太 は気が付かんかったらしい。
観 たことなかったんかな、『風の谷のナウシカ』。
俺、アニメには正直あんまり興味 ないんやけど、それでもジブリのは一応 ひととおり観 てんねんけどなあ。
「信太 ……」
感動したんか、寛太 はやっと俺の首を絞 めてた手をゆるめてくれた。
アキちゃん、めちゃめちゃ呼吸 した。生きてるって実感 があった。
「信太 ……俺、絶対 に見つけるから。信太 の魂 ……必ず見つけて、また、生き返らせてみせる」
「そうや。羽 ばたけ神戸 のフェニックス!!」
亨 もめちゃめちゃノリノリで寛太 を激励 していた。
ものすご厳 しいけど、ものすご人情深 い、鬼 コーチみたいやった。
そんなんでええのかって思うけど、余計 な口を差 し挟 む余裕 は俺にもまだ無かった。
実はほんまに若干 、窒息 しかかっててんで。
死にかけてたんやで俺も! 殺されかかってた!
そんな、ぜえぜえ言うてる俺の目の前で、寛太 は鮮 やかに、また赤と金色の燃 えさかる鳥の姿 に変転 していた。
その光にはもう邪悪 なところは一点もなかった。
あくまで眩 しい、愛に燃 える神聖 な火の鳥や。
ばさばさと優美 に羽 ばたき、不死鳥 は金色のかぎ爪 で、すっかり杉 の若芽 の草原みたいになった祭壇 の上を数歩歩いたが、それを助走 に、ふわりと重さを感じさせない動きで、天に舞 い上 がっていった。
ぽろぽろとこぼれた涙 が華麗 やった。
その涙 には、すでに、愛 しいものの再生 を祈 る霊威 が秘 められていた。
具体的には、それが、怪我 や病気を治す霊薬 やったということや。
飛び去る寛太 の風圧 と、それに乗った涙 のしずくを浴びて、じりじり焼けこがされていた俺の火傷 がみるみる完治 した。
自分で治したんかもしれへんけど、床 からまた盛大 に杉 の芽 がにょろーっと伸 びてきていたから、たぶん不死鳥 の涙 の効用 や。
俺はそれを感じつつ、ヘトヘトんなって座 り込 んでいた。
ものすご疲 れた。
儀式 にも疲 れたし、寛太 にビビったのも疲 れた。
おとんとのフュージョンにも疲 れた。神懸 かりって疲 れるんやで。
正直もう、くたくたや……。
そんなジュニアの状態 に、おとんも察 しはついていたんやろう。もう、神懸 かっとく必要はないしな。それでおとんは、にゅるっと俺の中から出ていった。
出るのは出るので、背筋 がぞわっとしてもうて、気色 悪かった。
「よう頑張 ったな、アキちゃん。ようやった」
おとんがにこにこして褒 めてくれた。
「お兄ちゃん……」
おかんが、ものすご激怒 した声のままやった。
「なんやねん、お登与 。そないな怖 い声出して……」
「どういうことどすか。説明しておくれやす。儀式 はこれで無事終わったんですやろ。なんで暁彦 ひとりにこんな危 ない目ぇをさせたんか、ウチにもようわかるよう、きちんと説明しておくれやす」
ぴしゃぴしゃと、おかんは言った。怖 かった。
「……いやいや、まだ終わってへん。まだ前半戦 や」
おとんはにこにこしていたが、気まずそうやった。作 り笑顔 やった。
「前半戦 てなんどすか。後半戦 にはなにがあるんどすか」
「龍 や。新しい龍 がな、神戸 から天にお昇 りになるんや。その時に、ここら一帯 を食うてしまうという、お蔦 ちゃんの予知 でな。ヴァチカンの人らも、そないなことが予言書 に書いてあった言うて、なんとかせえて頼 んで来てはるらしい。……なんとかせなな?」
おとんは事 も無 げに説明しようとしたらしいが、話聞いてるおかんの顔が、みるみる怒っていくのを眺 め、だんだんその笑顔 にも無理が出てきた。
最後のほう、ほとんど無理すぎる笑い方やった。
「なんとかするって、どないするんどすか」
「どない、って……それはまあ、普通 、生 け贄 やろ。伝統的 には」
「うちの知る限 りでは、龍神 や海神 には覡 を捧 げるのが普通 どすな?」
「そやな。お前はほんまに女だてらに昔からよう勉強してるわ」
おとんは少々、わざとらしいまでの褒 める口調やった。
そやけど、おかんは当然、そんなもんでは誤魔化 されへんかった。
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